3人


 神崎さんと別れた、俺たちはオフィス街近くにある繁華街を目指すことにした。

 繁華街に近づくに連れて人が多くなってきた。


 俺とあんりは手を繋ぎながら知らない街を歩く。

 とても新鮮であった。こんな風に誰かと知らない街を歩いた事なんて無かったから。


「そう言えば、神埼さんに作品の批評をしてもらうのを忘れていた……」


「同じ出版社の先輩だからいつでもできるよ! ……それに、神崎さん、真君の事気に入っちゃったと思うよ?」


「……そうなのか? 俺は何もしてないぞ?」


「それでも、そうなの! 女の子にはわかるんだから! ……へへ、神崎さん、小説喜んでくれて良かった。私も前に進むんだからね」


 あんりが最近、昔の編集さんと連絡を取っているのを聞いていた。

 もしかしたら書籍化に向けて動いているのかも知れない。

 俺はあんりの短編や昔の作品を読んだ事はあるが、今書いている作品をまだ読んでいない。


「――ああ、楽しみにしてる。ちゃんと俺にも読ませてくれよ?」


「あっ、う、うん、ちょ、ちょっと恥ずかしいけど……、出来上がったら一番初めに読んでもらうからね! 私の自信作……、真君と出会わなければ出来なかった作品だもん」


 俺たちは商店が連なる坂を登り、神社の前を通り過ぎた。

 食べ物屋さんは多いが、カフェ的な店は未だに見当たらない。


「ところでパンケーキ屋はどこにあるんだ? 肉まん屋は見かけたが――」


「うんっとね、坂の一番上らしいよ。お姉ちゃんオススメのお店だからきっと美味しいよ! それに――」


 あんりは俺に半歩近づく。身体が触れ合う距離であった。


「真君とゆっくり歩いているだけで楽しいもん!」


 一人よりも、二人で同じ景色を見ていると、楽しさが倍増する。

 喜んでいるあんりを見ていると――小説の続きが書きたくなってきた。


「ふふっ、真君、帰ったら執筆しようね?」


 なんだ、ばればれじゃないか……。


「そんなに俺はわかりやすいか? よく無表情と言われたが……」


「私にはわかるよ? へへ、もっとお互いの事知っていこうね!」




 坂を上がっていくと、段々と地元に根付いた商店街の雰囲気になってきた。

 おせんべい屋さんや、昔ながらの純喫茶店があり、活気がある八百屋さんを通り抜ける。沢山の人が笑顔で歩いている。


 オフィス街から少し歩いただけで、街歩きをしている人がこんなにいるなんて思わなかった。

 小さな本屋さんを通りがかった時、神崎さんの本が平積みされているのを確認できた。やっぱり凄いな。俺もいつか――


「そういえば、パグ子ちゃんはいつ来るのかな? あれから連絡ある?」


 あんりと一緒にいたらパグ子の事をすっかり忘れていた。

 まあ、テストなんて日頃勉強していれば半日くらい休んでもどうってことない――はずだ。自分の感覚を人と照らし合わすのは難しいが――


 俺はスマホを確認した。

 メッセージは届いていない。


 が――、坂の上で知っている人影が見えた。

 パグ子が男に話しかけながら歩いていた。

 随分と移動が早いな……。あの背の高い男がパグ子の友達か?


「……あんり、あそこにパグ子がいるぞ?」


「あー、本当だ! ……うわぁ、プリプリしてる風に見えてデレデレしてるね……」


「ああツンデレだからな、見てて甘酸っぱい感じだ。胸が焼けてくる」


「ねー、もう少しひと目を気にしてもいいのにね? すっごくいちゃいちゃしてる風に見えるよ! もうっ、パグ子ちゃーん!」


 あんりは大きな声を出して手を振った。

 パグ子は俺たちに気がついたのか、あたふたしながら挙動不審な動きをしていた。

 隣にいる男は妙に冷静である。柔らかい視線をパグ子に向けていた。


 ……なんだか不思議な雰囲気の男の子だ。パグ子に対して親愛を感じるが……、そうしようと努力している感じだ。


 パグ子は男の手を引いてこちらへ向かってきた。

 そ、その手はなんだ?




「はぁはぁ、篠塚お姉ちゃん!! 会いたかったよ!!」


 パグ子は出会うなりあんりに抱きついてきた。

 あんりは優しくパグ子の頭を撫でる。


「うん、よしよし。――勉強頑張っているもんね? テスト大丈夫そう?」


「う、うん……、多分平均より上は行けそう……。――新庄お兄ちゃんもこんにちは」


 パグ子はあんりの腕の隙間から顔を出して俺に挨拶をする。

 少し恥ずかしいのか、言ってから俺から顔をそらした。


「えっと、パグ子ちゃん、そこにいる男の子って……」


 男は、腰を下ろして地面に生えている花を見つめていた。

 ……おい、大丈夫か?


「ど、堂島!? あ、あんた何してんのよ! ほ、ほら、挨拶して!」


 男は立ち上がって、俺たちに向き直った。

 妙な貫禄がある。地味に見えるけど……、本当に年下なのか?


「むむ、失礼、はじめまして新庄さん、それに篠塚さん。ちさの友達の堂島と申します。……さて、俺はここまでだ。ちさ、あとは楽しんで来い」


「え、あ、あんたも一緒に行くんじゃないの……」


 パグ子は少しだけ残念そうな声を出した。


「……俺はちさから感情というものを教えてもらっている。今はちさ以外の人と深く知り合うつもりはない。まだ未熟だからな。……それに、ふむ、この人たちならきっと大丈夫だろう」


「そっか……、なら仕方ないのかな……。少しだけ堂島も感情が分かってきたもんね。帰ったら勉強教えてね? 絶対だよ!」


「ははっ、もちろんだ。沢山問題を作っておくぞ。……夕方には迎えに行く。その時は、今日の事を俺に教え聞かせてくれ。――それに、あのにゃん太という作者の恋愛小説の説明も終わっていない。続きを頼む」


 ――おい、ちょっと待て? 俺の恋愛小説の説明だと!?


「パ、パグ子、どういう事だ!?」


 堂島はそんな俺の言葉を無視して、パグ子しか見ていない。

 パグ子の頭をポンポンと撫でた。


「ふむ、やはりちさの頭を撫でると何かの感情が生まれてきそうになる……。それでは失礼――」


 堂島は坂の下を降りていった。……駅はそっちじゃないぞ?

 ただ歩いているだけなのに恐ろしく速い……。なんだあいつは?

 いや、まて、俺の恋愛小説の説明ってなんだ!?


「パグ子や……、後で話を聞こうか……」


「ひゃ、ひゃい!? お、お姉ちゃん……お兄ちゃんが……」


「真君、パグ子ちゃんを困らせないの! ふふ、パグ子ちゃんが元気で良かったよね?」


「……まあいいか。パグ子、お腹空いたか?」


 パグ子はあんりに隠れながら俺に言った。


「う、うん、ご飯食べてないからペコペコだよ。……えっとね、お兄ちゃん……ひ、久しぶりに会えて、う、嬉しいよ……」


 そう言ってパグ子はあんりの胸の中に再び隠れてしまった。

 まったく……。そんな顔したら何も言えないじゃないか。

 これが、目に入れても痛くないという事か?


 パグ子はあんりの腕から出てきて、恐る恐る俺の手を取った。

 あんりはそれを見て、笑いながら俺のもう片方の手を取る。


 三人で手を繋ぐなんて、久しぶりだ。

 俺たちはディスティニー以来の三人で、パンケーキ屋に向かう事にした。

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