力量
「はぁ……、あんたランカーのにゃん太先生ね? 作品は読んだ事あるわ」
神崎さんはばっちりメイクの瞳で俺を見つめる。
すごく冷静ぶっているけど……さっきまでひどかったよな?
俺たちはとりあえず、落ち着いて話ができそうなコーヒーチェーン店に入った。
「あんり、砂糖二個でいいな? ミルク追加でもらうか?」
「へへ、ありがと、真君――、カフェオレだから飲めるよ」
神崎さんはテーブルを手でポコンと叩いた。周りに気を使ったのか非常に弱々しい音であった。
「って、話聞きなさいよ! なによこの甘々な雰囲気は!? わ、私だってポメ子先生と話したいじゃんっ!」
俺は店頭で買っておいたクッキーを神埼さんの目の前に置いた。
「な、なによ……、食べていいの? ……中々気が利くじゃない。あ、ありがと……」
甘いものを食べると心が落ち着くからな。
隣に座っているあんりが俺の手を掴んだ。俺は優しく手を握った。
「あんりと神崎さんは、前の出版社での知り合いってことでいいんだよな? 神崎さんは久しぶりにあんりに会えてすごく嬉しくて質問攻めをしてしまった――」
神埼さんは小さな口で行儀よくクッキーをハムハムと食べる。まるでハムスターみたいだ。なんだか可愛らしいな。俺たちの一個上らしいけど、パグ子みたいに年下に見える。
「べ、別に、さ、寂しかったわけじゃないわよ? ひ、久しぶりだったのと、締め切り終わったテンションで、つい――、それに目標だったポメ子さんが執筆してないから……」
あんりが俺の手を少しだけ引っ張る。
「神埼さん、さっきは私も言葉が荒かったね。ごめんなさい。……学校で色々あって、本を出したあと執筆するの辞めちゃったの……、でもね、安心して? 私――今、物語書いてるよ――すごく面白いからね」
物語を書いている、といった時のあんりの声は力強かった。
絶対的な意思を感じられる。
あんりの手に更に力が込められる。
「――真君と出会えたからなんだ。過去に何があったかなんてどうだっていいんだ。今、この瞬間が私にとって一番素敵な時間だから。――ふふっ、読んで見る? あと少しで10万文字だからね」
神崎さんは訝しみながらも、頷いた。
あんりは神崎さんにスマホを渡す。
「……ポメ子さん、そんなに自信過剰じゃなかったのに……、やっぱり、この男のせい? とりあえず、さらっと……さらっと――」
画面を見た瞬間、神埼さんの様子が変わった。
読んで数分も経っていない。
あんりは基本的に文字数をためてから投稿するタイプであった。
俺は数話しかストックがない。
神崎さんは無言でスマホをフリックする。
隣に座っているあんりは、俺の肩に頭を乗せてきた。
神埼さんがぎゃーぎゃー言うかと思ったが、眼中にない。神崎さんは夢中でスマホを見つめていた。
神埼さんは時折、優しい顔になったり、笑顔を見せたり、目を潤ませたり――
感情がすごく伝わってくる。
見てるこっちが嬉しくなってきた。
当たり前だ――あんりの小説は面白いに決まってるだろ。
俺たちは神崎さんが読み終わるまで寄り添っていた――
神崎さんは読み終わるとスマホをあんりに返した。
なんとも言えない顔をしていた。
「面白い……よ。面白すぎるじゃん!! はぁ、すごく悔しい――、初めてポメ子さんの作品を見た時の気持ちになれたじゃん」
神崎さんは嬉しそうだけど悔しそうな顔をしていた。
そんな顔を見ると、神崎さんが作家なんだと実感できた。
神崎さんは椅子に深く座り直してココアを一口飲んだ。
「……書いてないって編集から聞いた時はすごく寂しかったの。だ、だからね……、きょ、今日は会えて……、本当に嬉しかった……。ひ、ひっく……みんな、いなくなっちゃうから――寂しかった。……本当に戻って来れて……良かった……。」
神崎さんは涙を流していた。ギャルメイクが崩れるのなんて気にしていない。
泣いているけど嬉しそうであり、絶対私も負けない、という気持ちが伝わってくる。
あんりは優しくほほえみながらハンカチを神崎さんに手渡した。
「ほら、神崎さん、可愛いお顔が台無しだよ? ……大丈夫、今度は筆を止めない。だから、神崎さんに負けないんだから! 真君と二人ですぐに追い抜いちゃうからね!」
神埼さんは涙と鼻水を垂らしながら俺に迫って来た。俺の胸ぐらを弱々しくつかみ、顔を近づける。
「――にゃん太先生、あんりを……、ありがとう……」
それだけ言って、顔が近くて恥ずかしくなったのか、真っ赤な顔を俺からそらした。
ひとしきり泣いたら落ち着いたのか、神埼さんはクッキーを齧っている
なんだかチラチラと俺の見ているような気がするが……きっと気のせいだろう。
「えっとね、神崎さん、私達この後パンケーキ食べに行くけど、一緒に行く?」
「ああ、せっかく俺たちは知り合えたんだ。色々先輩の話を聞きたいしな」
神埼さんは小さく首を振った。
「ううん、今日はいいや。あ、で、でもね、また今度誘ってほしいわ……。い、今は、この気持ちを……ここで執筆したいじゃん!」
すごく共感できる。
執筆したい時に執筆をする。
それが最高の作品につながる。
「うん、じゃあまた今度ね! テストが終わってから会おうね!」
俺たちはその後、連絡先を交換して席を立とうとした。
「あっ、そうだ。か、神崎さんにお願いがある……」
神崎さんは早速ノートパソコンを取り出して執筆準備に入っていた。
「ん? どしたの?」
「……サ、サインをもらっても大丈夫だろうか? その……、勇者テツロウは――俺も心を救われた作品で――」
神崎さんはちょっとだけ照れた様子で頷いた。
「う、うん、だ、大丈夫。……えっと、ま、真君へ、で良いのかな?」
こんな事を誰かに頼むのは初めてだ。
「は、はい……、お願いします」
何故だがぎこちない俺と神埼さん。
そんな俺たちのやり取りを、あんりは温かい目で見守ってくれていた――
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