勉強


「早く席につけ、HRを始める。――委員長」


 先生が教室に入ると生徒達に緊張感が増す。

 普段、無駄口を言わない先生は怒るとすごく怖い。

 それでいて生徒の面倒を文句言わずに処理をするので、生徒から慕われている。


「は、はいっ、きりっ! れっ! ちゃっせきっ!」


 先生は淡々と行事の説明をしていく。

 中間試験はもう直ぐだ。入学して直ぐの遠足は学校なりに生徒たちの親睦を深める目的があったようだ。


 学期末には期末試験もある。


 ……義妹は大丈夫であろうか? あいつは普段の成績は恐ろしく悪い。

 奇跡的というか、変な馬力があって、入試の時に神がかった点数を取ったらしいが……。

 ――もう俺には関係ないか。……ディスティニーのお土産をお義母さんに渡さなければ……。


 テストよりも、編集部に挨拶をしに行くほうが緊張する。

 ただの学生なのに、冴子さんに先生と言われる方がむず痒い。


「というわけで、遊ぶのもいいがちゃんと勉強はしろよ。では、解散」





 学校は不思議な場所だ。

 大勢の他人が集まって席を並べて勉強をする。

 人が集まるとグループができ、何故か上下関係も出来てしまう。

 それはそうだ。赤の他人なんだから、どうしたって合う合わないがある。


 リア充グループに近寄らない地味目な男子グループ。

 運動女子だけで固まっているグループ。


 学生たちの他人に対する評価はとてもシビアであった。

 自分にとって不利益な友達は――関わらないようにする。

 空気を読むというやつだ。


 入学当初、悪い噂があった俺に関わる生徒はほとんどいなかった。


「なあ、新庄、なんかパグ子の更新が止まってないか? ったく、楽しみにしてんのによ」


 あんりは、教室では俺のことを新庄と呼ぶ、それに元のヤンキー言葉に戻る。


「ああ、隔日更新になっているな。……きっと忙しいんだろ」


「そっか……、誘って大丈夫だったか? め、迷惑じゃなかったか?」


「受験はまだまだ先だからな……、大丈夫だ。返事もちゃんと来ただろ?」


「すっごく楽しみにしてるって……」


「なら大丈夫だ」


 あんりは優しいからパグ子の事を心配してしまう。

 学校で俺たちみたいな扱いを受けていないか――

 頭にそれがよぎってしまう。

 どうしたって、学年が違って学校も違えば、助けるのも難しい。


 幸い、パグ子は都内の学校に通っていた。

 会おうと思えばすぐに会える。

 ……あんりの悲しむ顔を見たくない。なら元気づけなきゃな。





 ************




「おいしー!! ねえ、真君、これって真君が作ったんでしょ!? すごくない? うわぁ〜〜」


 今日は気合を入れてお弁当を作った。

 最近の昼休みは、空き教室を狙って、誰もいないところで昼食を取ることにしていた。他人の視線が面倒であるからだ。

 一人では食べ切れないほどの量であった。


 もちろん、あんりもママお手製のお弁当があるけど、つまみ食いくらいお腹的に大丈夫だろう。


「好きなもの食べろよ。あんりの好きなミニハンバーグだぞ」


「へへ、覚えててくれたんだ。カレーも好きだけど、ハンバーグ美味しいんだよね〜、いただきます!」


「それにしても……、本当に口調ががらっと変わるな」


 あんりは口をもぐもぐさせて、食べ終わってから俺に言った。


「んー、だってさ、教室ってなんか特殊な環境でしょ? 変な風に意識しちゃうから、あれくらいが丁度いいのかな? 身を守るっていうか、勝手にそうなっちゃうの」


 それは――俺もわかる。

 俺も完璧に偽物の笑顔を消し去ったわけじゃない。

 時には必要な場面もある。


 ――気を抜くとどんな目に合うかわからない。鋼の意思で初心を貫き通せばいい。


「……大丈夫だ。あんりはどっちの口調でも可愛らしいぞ」


「ま、真君……、もう。流石にヤンキー口調は可愛くないって……。あっ、真君も教室では私の事を篠塚って呼ぶもんね」


「……あ、ああ、少し恥ずかしい。それに……変な勘違いされたらあんりも困るだろ?」


 あんりはケロリとした口調で言った。


「ん、なんで? 別に全然困らないよ……、って、ち、違うよ? ほら、あのさ、ほ、他の人だったら絶対嫌だけど――真君は――大切な友達だから……」


「……ああ、そうだな。別に構わないか。すまない、変な気を回して」


 友達というものが出来たことがない俺たちにとって、距離の取り方がわからない。

 お互い変な遠慮をしてしまう。そうかと思うと、極端に距離が近いときもある。


 ……一緒にいて……心が踊るから構わない。



 その時、俺の携帯から着信音がなった。

 非常に珍しい――


「あれれ? 珍しいね?」


「ああ……、噂をしてたら……、パグ子だ」


 俺はスマホを取って通話ボタンを押す。

 パグ子の声が聞こえてきた。


『あっ……、お、お昼休みで迷惑じゃなかった……? こ、こんにちは、新庄お兄さん』


「全然問題ないぞ。電話なんていつでもいいぞ。それにしても珍しいな? あんりもそばにいるぞ」


 俺は電話をスピーカーモードにした。


「パグ子ちゃん〜、こんにちは!」


『あー、いちゃいちゃしてるところごめんなさい? 篠塚お姉さん、こんにちは! えっと、こ、今度のカラオケなんだけど……すごく楽しみにしてたんだけど……、学校の中間試験があるから……難しくて……。私あんまり頭良くないから勉強頑張らないと……』


「そうか……、学業が優先だからな。カラオケはいつでも行ける。テストが終わった後でもいいんじゃないか?」


『あ、う、うん! 本当にごめんなさい……、行くって言ったのに……。――へへ、もう来るなって言われるかと思ったよ。……えっと、ね、新庄お兄さん、私勉強頑張って新庄お兄さんと篠塚お姉さんと同じ学校に行こうと思っているんだ。……少し成績足りないけど、まだ間に合うって、先生が言ってくれて……』


 なんともむず痒い感じであった。

 俺たちがいるからこの高校に入りたい。嬉しい言葉じゃないか。

 なら、俺たちができる事をしよう。

 小説の更新もきっと、勉強を頑張っているからなんだな。


「なんなら勉強会でも開催するか? 俺もあんりも勉強は成績は悪くないほうだ」


『え、いいの? ……うん、教えてくれると嬉しい。えっとね……、――あっ、ちょっと、あんた何してんのよ!? そ、それは私の肉じゃがだって!!』


 電話の奥から声が聞こえてきた。


『むむっ、しかし、弁当を分け合うっと言っていたじゃないか? かわりのこの唐揚げを氷崎にあげよう。ああ、電話中だったな。失礼した。……しかし、俺で良ければ勉強を…………、む、これももらおう』


『え、あんた勉強できるの!? って、あんたそれは私の食べかけだよ!? や、やめて!! ――お兄さんごめん! ちょっと、手間がかかる友達で……。じゃあまた連絡するね! 篠塚お姉さんにもよろしくね! あっ、ふふふ、お姉さんの事、あんりって呼んでるんだね! じゃあね!』


 なにやらドタバタと音がした後、電話が切れた。


 あんりは嬉しそうに俺に言った。


「氷崎さん良かったね。ちゃんと友達って言える人が出来たんだね。カラオケに行けないのは残念だけど」


「ああ、更新してない理由も勉強らしいな。……本当に良かった」


 見えない悪意はどこにでもある。

 だけど、信じられる人が一緒なら……大丈夫だ。


「まあ、カラオケにはいつでも行けるだろ? 中間テスト終わったらカラオケに誘ってみよう。その後受験のアドバイスをすればいいさ」


「そうだね! うんっ! 勉強は大事だもんね!  ふふ、でも嬉しいね? パグ子ちゃんがこの学校に入りたいって言ってくれて」


「そうだな……。というか、あいつ、書籍化の作業があるだろ? 確か、打診は俺よりも早かったはずだ」


「え、えっと……、だ、大丈夫かな?」


「……どのくらいの学力かわからないが、効率のいい勉強方法を教えるか……」


「あはは……、私は書籍化作業の流れをアドバイスするね」


 誰かのために何かをするということが、心を穏やかにさせる。

 パグ子も大切な友達だ。


 本当に心の底から安堵した。

 パグ子に友達……みたいな人が出来て良かった。……男性だったか……一度会って話してみないとな。どんな馬の骨かわからん。見極めないと……。


 あんりは俺の顔を見て笑いながら言った。


「あはははっ、真君、お父さんみたいな顔してるって!」


「そ、そうか? ほ、ほら、弁当食べよう、遅くなってしまうぞ?」


 俺は照れ隠しをしながら、篠塚の弁当を箸でつつく。


「あっ、それって私の食べかけ!?」


「そ、そうか、す、すまない。お、俺は気にしないから――」


「わ、私も真君なら大丈夫だけど、少し恥ずかしいね……」


 お互い顔を赤らめながらも、穏やかな昼休みを過ごした――

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