ママさん
朝の投稿を終え、ムッキーぬいぐるみが付いているバッグを手に持つ。
ムッキーを見るとあの遠足の日を思い出す。
……二度と戻らないと思っていた感情。俺がはっきりと自分の心を意識できた特別な日。
「――よし、準備オッケーだ。いくか」
俺はお祖父ちゃんの家を出た。
住宅街を歩くとすぐにあんりの家が見えてきた。
家の前を掃除しているお母さんと目が合う……。
いつ見てもママさんとは思えない若々しさであった。
「あらあら、新庄君、おはよ〜。今日も爽やかボーイだね。――ちょっと待ってね! あんりちゃん〜」
「さ、爽やか……、お、おはようございます」
お母さんは玄関に向かいドアを開けて大きな声を出してあんりを呼ぶ。
玄関の奥からガタガタと音がしてきた。
「新庄君が来たよ〜。あらあら、そんなにドタバタしないの。ほら、リボンが曲がってるわよ……」
「う、ううぅ、は、恥ずかしいって。あっ、ママ、今日も新庄君の家で執筆するからね」
「あら、ご飯は?」
「ううん、今日はちゃんと帰ってから食べるよ」
「あらあら」
あんりが玄関から出てきた。
少し急いでいたのか、息を切らしていた。
俺を見ると満面の笑みを浮かべる。
「へへっ、おはよう、真君! ――ママ、行ってくるね!」
「ポメ子さんや……髪が……アホ毛が……」
「いいのいいの、気にしないから!」
お母さんは笑顔で手を振りながら俺に言った。
「新庄くん〜、今度夕食食べに来てね〜! いってらっしゃい〜」
「は、はい……」
俺はママさんにお辞儀をしてあんりと学校へ向かうことにした。
「はぁ、お母さんは真君とお話したいんだってさ。全く、からかわれるのが目に浮かぶよ」
あの遠足の日以来、俺とあんりは一緒に学校へ行く。俺があんりの家の前を通ったとき、ママさんが俺を呼び止めた。そしたら、あんりが家から出てきた。
そんなことを繰り返しているうちに、時間をちゃんと決め、どうせなら一緒に学校へ行こう、という流れになった。
「家に行くことは構わないが……、何かお土産とか持っていく必要あるか?」
「え、ええ!? そ、そんなにかしこまらなくていいよ! 私が真君のうちに行く感覚でいいって」
「ああ、そういえばあんりはママさんの前だと新庄って呼ぶんだな?」
「あ、あれは……、だって……恥ずかしいじゃん……」
「そういうものか?」
「そういうものなの!」
あんりは恥ずかしそうに自分の頭をかく。
ディスティニーのあと、あんりは学校では元のヤンキーっぽい服装と口調に戻っていた。服装は前よりも大人しいが……。
なんでも、よくわからない生徒に話しかけられて面倒らしい。
……俺と二人でいるときは、普段通りの口調であった。
俺たちの距離は縮まった。ディスティニーのあの時、確かに二人の心が通じ合った。
「ねえねえ、あれって、真君の幼馴染さんじゃない? なんか揉めてるよ?」
あんりが遠くのコンビニの前を指差した。
そこには、義妹と斎藤さん、幼馴染の宮崎……、それに如月と……顔がわからない女子生徒――ホラーハウスで義妹と一緒にいた地味な女子だ。
それに、宮崎の友達のなんとか桃さんと……、ディスティニーの駐車場で他の生徒を諌めていた大柄な男子がいた。
……勢揃いだな。
義妹の「あばばばばっ!! そんなわけないよ! 奈々子はキモいけど――」という大声だけが聞こえてくる。
「……少し遠回りしていいか? あそこを通るのはちょっと……」
「あははっ、わちゃわちゃしてるね……、ま、喧嘩してるみたいじゃないから関係ないかな?」
「ああ、全く持って俺たちには関係ない」
道を変えようとしたら、横から声をかけられた。
……同じクラスの女子生徒だ。……名前は……。
「おはよっ! 新庄君! ……えっ!? も、もしかして名前覚えてないのかな! 三月です! 三月をよろしくお願いします!」
ディスティニー以来、俺に話しかけてくる生徒も増えてきた。
女子生徒が多いが、非常に困る。
前みたいに敬語を使って壁を作るわけではないが……。
――悪いが、ポメ子さんとパグ子以外は、まだ信用できない。
声の質でわかる。空気感で理解できる。
言葉が軽い。見知った感覚であった。
面倒事は避けて通る。それでも、むやみに敵を作る必要はない。
「ああ、三月さん……、それでは失礼」
俺は三月の横にいる友達に目配せをした。彼女たちは俺に関わろうとしない。
きっと、彼女たちも面倒が嫌いなんだろう。
「あっ、ちょっと何すんのよ!? わ、私は――」
「ごめんね、新庄くん、三月は連れてくから!」
「篠塚さんも邪魔しちゃってごめん! 三月バカだから!」
三月は友達に連れられて去っていった。
「……なんだか疲れた。拒絶をしているのにな……、ああ、そういえば、いつもあんりと一緒にいるから、誰かに呼び出される事はなくなったから良かったが」
「あははっ、私もそうだよ。男子が話しかけてくる事はほとんどないよ。無視しちゃうしね」
「学校って面倒だな」
「……うん、色んな人がいるからね」
全くもって厄介である。
俺はあんりと静かに過ごしたいだけだ。時折、男子生徒と話すくらいは問題ない。
誰かと付き合えば付き合うほど、地雷が待っている。
俺もあんりも、一歩間違えればまた攻撃されるかもしれない。
「うん? どうしたの、真君?」
あんりが悲しむ顔なんて絶対見たくない。
――大丈夫だ。俺が必ず守る。
「ああ、何でもない。……なんか遠回りするのもしゃくだな」
「真君? ――あっ!? せ、生徒がいるって!?」
俺はあんりの手を優しく握りしめた。
「す、すまん、いやだったら――」
「い、いやなわけないじゃん! ……えっと、まいっか。こうすれば話しかけてくる人も減るかもだし! うん、そうよ! ほら、真君、行こ!」
俺たちは堂々と手を繋いで歩き始めた。
道行く生徒の目を無視して、学校へ向かう。
コンビニの前を通る時は一瞬だけ静寂ができた。
義妹も斎藤さんも宮崎も口を噤んでいた。
学校は面倒な場所だ。
だけど、俺とあんりが初めて出会った場所だ。
だから、二人で静かに過ごせればいい。
「あ、真君、今週末だよね? お姉ちゃんのところへ行くのって?」
「ああ、土曜日だ。……土曜でも仕事しているんだな」
「あははっ、色々大変らしいよ。ねえ、私も――」
「家まで迎えに行くからな。遅れるなよ」
「……あ、うん! もちろんだよ!」
俺たちの青春を取り戻すのには、まだ手遅れじゃない。
これから二人で――たくさん思い出を作ればいい。
「ねえねえ、その後にさ……カラオケ行こうよ!」
「カラオケか……、確かに興味がある。よし、終わったら行くぞ」
不器用な俺たちだけど、あの日のフードコートから青春が始まっていたんだ。
俺はあんりの手を強く握りしめる。
あんりも笑顔で答えてくれた。
「あっ、氷崎さんもカラオケ行くかな?」
「ああ、連絡しておこう」
きっと、俺たちなら大丈夫。
どんな事が起こっても乗り越えられる――
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