真とあんり


「それでは解散だ。明日は休みだが、あまり遅くまで遊んでいるなよ。私達も引き続き園内を巡回するからな」


 先生からの解散が出た後、集合場所に集まった生徒たちのほぼ全ての生徒が再入園をするために動き出した。

 俺たちは人の流れが落ち着くまでその場で待っていた。


 残った少数の生徒たちは、この後どこかに行く算段をつけている。

 何もディスティニーだけが遊ぶ場所じゃない。都内には色々な遊技場がある。


 パグ子のためにもムッキーを見つけなきゃな。


「篠塚、今度こそムッキーを探すぞ」


「うんっ! 写真撮って氷崎さんに見せようね!」


 俺たちは園内へ向かおうとすると、先生が近づいてきた。

 先生も生徒を監督するために園内へと向かう必要がある。


「やあ、君たち。ディスティニーは楽しんだか? ああ、言わなくてもわかる。顔に書いてあるな。ちゃんとムッキーに会えたか? 彼は恥ずかしがり屋で王様だからな、ちゃんと見つけてあげろよ」


 なんだか珍しかった。先生がこんなに喋るなんて……。

 篠塚が先生に質問をした。


「先生っ! 先生ってディスティニーに大切な思い出とかあるんですか? 今日はとても優しそうに見えます!」


「篠塚、私はいつも優しいぞ。……まあ、思い出があるといえばある。ふんっ、さっきまでバタバタしていたから、あいつのために園内の写真でも撮るか……。ほら、お前らはさっさと行って来い。あまり遅くなるなよ」


「了解です」

「はーい、わかりました!」


「……まったく、口調まで可愛くなって――」


 先生はブツブツ言いながら俺たちから離れていった。

 確かに篠塚の口調はずっとこんな感じだ。

 なんだか幼くなったというか、自然になったというか。

 でも、強気な感じで喋っている時も、強い違和感を感じるわけじゃない。

 きっと、あれも篠塚の一部であるんだろうな。


 どちらも嫌いじゃない。


「あれれ? 新庄どうしたの? 早く行こ!」


 俺たちは園内に入って、とりあえずベンチに座った。

 やはりこの空間は不思議な世界観であった。

 誰もが夢の国の住人になれる。優しくなれる。不思議な出会いがある。


「ああ、ポメ子さんや、ムッキーは転移でもできるのか? パレードでちょっとだけ姿が見えたと思ったらいなくなっていた。まったく……、いや、待て? 夢の国の住人? なら住人に聞いてみるか」


「ちょ、新庄? だ、大丈夫? べ、別に無理してムッキーを探さなくていいよ? ほら、夜ご飯食べて園内をゆっくり散歩して花火見てパレード見て帰ろ!」


「……それはゆっくりと言うのか? ……まあ楽しいから構わないが」


 周りを見渡すと、女子高生と写真を撮っているタッキーと目があった。

 本当に目があったからわからないが……、そんな気がした。


「ちょっと聞いてくる」


「し、新庄、私も一緒にいくよ!」





 丁度女子高生がいなくなり、タッキーは一人? 一匹になっていた。


「タッキーさん、ムッキーは現在どこにいるかわかるか? 探しても見つからない。手がかりが欲しい」


「ちょ、新庄、タッキーがわかるわけないでしょ!? ほ、ほら、行こ?」


「たぬ? ……たぬたぬ、たぬー」


 タッキーは空を指差した。

 空? ……やはりわからんか。

 仕方ない、広い園内を無理に探すよりも、自然と見つける事ができるだろう。


「篠塚、やはりわからん。……篠塚がムッキーに会うのを遠足の前から楽しみにしてたからな。なんとかしたいが……」


「ふふ、新庄ありがと、でも大丈夫だよ。ほら、そのうち逢えるって! まだ見てないワールドに行こ!」


 篠塚は俺の手を取って走り出した。


「おい、ちょっと、待って――」


 手を繋ぐのが自然であった。

 お互いの気持ちが通じ合える。

 広場にうちの学校の生徒達がいるが、俺たちには関係ない。


「駄目ー、待てないよ! 後少ししか時間ないじゃん! うわっ!?」


 ほら、転びそうになるだろ? 手を繋いでいるから俺が支えられる。

 手を繋いでいるから守ってあげられる。


「そそっかしいな。……時間は残り少ないが……篠塚の隣にはいつもいるつもりだ」


「う、うぅ、ニャ、ニャン太が恥ずかしい事言ってる……」


「大丈夫だ。そんなの今さらだ――」





 スペースワールドのアトラクションでも、ワールドレストランで食事を食べている時も、俺達の話題は尽きなかった。


「氷崎さんからメッセージあったよ! なんか、あの後変わった人とお友達になれてサイゲリアでお話してるんだって!」


「ああ、友達とは言ってなかったがな……、メッセージもツンツンしてたが、元気そうで何よりだ。きっと大丈夫だ」


「うん、あの時、勇気を出して話しかけて良かった……、じゃなきゃこんな風になれなかったもんね」


 そうだ、俺たちは行動を起こした。それが引き金となって、今の結果が起こった。

 俺が小説を書いていなければ篠塚と出会うことさえなかった。

 いや、話す事さえなかった……。……本当にそうなのか?


「どうしたの?」


 篠塚がいない学校生活なんて考えられない。

 ……きっと、俺が小説を書いていなくても篠塚とは友達になっていたかも知れない――いや、絶対友達になっていた。

 小説なんて関係ない。


 俺は篠塚と一緒にいたいんだ。


「あー、もしかして氷崎さんがいなくなって寂しいの? ふふ、結局は新庄に懐いちゃったしね」


 俺は首を横に振った。


「……篠塚がいてくれれば、それでいい」


 篠塚の顔がみるみるうちに真っ赤になってしまった。

 手をバタバタを振る。


「わ、わわっ!? し、新庄……、もう……そんな事言っても氷崎さんも友達でしょ?」


「もちろんだ。あいつは俺達の友達だ。……なんとも言えないが、俺にとって篠塚は特別なんだよ。……おかしいな? 俺は何を言っている?」


 夜のレストランのテラス席。

 俺たちは行き交う人々を見ながら話してをしていた。

 みんな笑顔であった。

 きっと、色々なものを抱えている人もいるはずだ。

 笑顔は人を優しくさせる。


 篠塚はムッキーのぬいぐるみを弄びながら俺に言った。


「う、うう、わ、私だって……、し、新庄は……特別だよ。あーもう、恥ずかしいからやめよ!」


「ああ、確かに――、ん? あれは――」


 俺は続きの言葉を切った。

 俺の視線の先にはムッキーらしきキグルミがいた。


 篠塚は立ち上がった。

「新庄、ムッキーだよ! 捕獲開始しよ!」


「捕獲はしないが、すぐに行こう。これが最後のチャンスだ!」


 俺たちはすぐに会計をして店を出た。








「あっちの魔女の城の方向に行ったかも!」


「篠塚、走っちゃ駄目だ。よくわからないが、きっと追いかけちゃ駄目なんだ。ゆっくり、園内を散歩しながら行こう」


「そっか、ムッキーも追いかけられたら逃げちゃうよね? うん、ゆっくり行こ!」


 俺たちは走るのをやめてゆっくりと歩いて魔女の城へと向かう。

 近くでパレードがあるのか、人混みがすごかった。


「うぅ、人が多いね。……はぐれちゃいそう……」


 俺は半歩だけ篠塚に近づいた。肩が触れ合う距離。

 繋いでいる手が熱くなる。


「ま、迷子になったら大変だろ……、離れるな」


 篠塚は無言で小さく頷いた。


 俺は人混みから篠塚を守るように前に進む。

 家族連れ、カップル、友達通しの集団。

 ルートを見つけて、人混みが篠塚にぶつからないように歩く。


 ふと――手の感触が消えた。

 俺は焦った。手を虚空に彷徨わせた。


 さっきよりも近い距離から声が聞こえる。それと同時に、俺の腕に――温かい感触が伝わった。


「……こうすればはぐれないよ。……ま、前見てね!」


 篠塚は俺の腕に、自分の手を絡ませていた。

 俺は上ずった声しか出なかった。


「あ、ああ、は、離れるな――」


 自分の体温が急上昇しているのを感じる。

 心の奥にある何かの感情が熱くなっていた。





 人混みを無事に抜けると、そこは魔女に城の前であった。

 俺と篠塚は人混みを抜けた後も手を組んでいた。


「えっとね、も、もうちょっとだけ、いいかな? ひ、人酔いしちゃったかも」


「あ、ああ、か、構わない……、それにしてもここは人がいないな」


 魔女の城の前は人が全然いなかった。

 みんなパレードに夢中だったり、パレードの時を狙って乗り物に乗っているのかもな。それにしても人がいなさすぎる。まるで……俺たちだけの特等席みたいであった。


 篠塚は魔女の城を見つめて呟いた。


「今日は楽しかった。本当に楽しかったよ。……まさか自分に友達ができるなんて思わなかった」


「……俺も楽しかった。こんなに楽しかったのは初めてだ」


「へへっ、初めて見た時の新庄って、すごくニコニコしてたけど、嫌な笑顔だったんだよ?」


「それを言うなら篠塚だって、敵対心と威圧がすごかったぞ。まさにヤンキーだ」


「……うん、奇跡ってあるんだね。だって、私は家族以外誰も信じられなかった」


「俺は自分以外誰も信じられなかった」


「そんな私達が――」


「信じ合える友達に出会えた」


 なんだ、この胸の奥から湧き上がっていく感情は?

 篠塚は友達だ。大切な大切な友達だ。

 それ以上の感情なんて――思い浮かばない。


 心に押し込めた感情が吹き出しそうであった。

 感情なんて無くしたと思った。

 だけど、俺も人間だったんだ。


 感情なんて無くす事は出来ない。

 俺は篠塚と出会えて――


 遠くからパレードの音が聞こえる。

 俺と篠塚は腕を組みながらその音を聞く。


 多分、これが幸せな時間なんだろう。

 俺は――幸せになっていいのか? 


 篠塚は声を零した。


「あっ、花火だ……、綺麗――」


 空に花火が打ち上がった。

 篠塚は空を見上げる。


「ああ、本当に――綺麗だ」


 花火を見ている篠塚がすごく綺麗であった。

 この世のものとは思えないほどの美しさ。

 儚く消えてしまいそうなほどの可憐さ。


 ……ああ、特別な友達――だから、な。





 篠塚は俺の視線に気がついたのか、俺を見つめた。


「えいっ!」

「――――っ!?」


 掛け声とともに俺を――抱きしめてくれた。

 胸の鼓動が早くなる。

 篠塚の柔らかさと温かさで心が穏やかになってくる。

 俺の胸に顔を埋めながら小声で囁いた。


「……こうすると落ち着くんだよ。全部忘れられそう。……だって、新庄は私の特別な――大切な――だもん。……花火の間だけ」


「――――ああ」


 俺は目を閉じて、篠塚を優しく抱きしめた。

 心から湧き上がる気持ちが――全てを癒やしてくれる気がした。

 過去の事なんて忘れられる。




 こんなにも愛しい人が――俺にできるなんて――




 最後の花火の音が聞こえてくる。まるで俺達を祝福しているみたいだ。


 もう自分に嘘をつけなかった。

 篠塚は俺にとって大切な友達であり――世界で一番――愛しい人だ。



 最後の花火の音が終わった。

 俺たちはどちらからともなく、身体を離す。

 魔女の城を背に、ディスティニーワールドを二人で見渡す。


 ――ここが俺達の思い出の場所になるんだな。


 離れても未だに心は繋がっている。


「新庄……、ねえ、真君って呼んでいい、かな?」


「ああ、俺はあんりって呼ぶぞ?」


 俺たちはおかしくなって笑いあった。

 いつもどおりの自然体の俺たち。いや、いつもよりも絆が深まった気がする。


「あんり、そろそろ帰ろう」

「うん、真君、行こ! あっ、そう言えばムッキーに会えなかったよ……」


 俺はずっと魔女の城の扉の辺りで、変な気配を感じていた。きっと人がいなかったものこの気配のせいだろう。

 怖くて見なかったけど――


「あんり、あそこ――」

「あっ、ムッキーだ!! 真君、行こ!!」


 俺たちは手を繋ぎながらムッキーの元へ走る。

 二人で笑い合いながら――




 一人ぼっちの世界は怖かった。

 感情なんて壊す事が出来なかった。

 傷ついた心は癒えないと思っていた。


 ――自分の心が壊れて、手遅れだと思っていた。


 愛しい人ができるなんて思わなかった。

 誰も信じられなかった俺が――篠塚に出会えた。


 だから、俺は走りながら叫んだ。


「あんり! 俺と出会ってくれてありがとう! 俺はあんりの隣にずっといる!」


「私も真君の隣にずっといるからね! 嫌だと言っても離れないよ! これからもよろしくね!」


 ――手遅れなんかじゃない。

 俺たちはここから始まるんだ!!



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