ぬいぐるみ


「見てみて、お姉さんっ! ディスティニーパレードだよ!」


 俺たちは、チュロスを片手にパレードを観ている。

 氷崎はすっかり篠塚に懐いたようであった。


「氷崎さん、写真撮ろうね! 思い出いっぱい作ろうよ!」


「うんっ! 次話でモンスターパレードだそっと! あっ、あ、あんたも写真入りなさいよ……」


 氷崎は篠塚に対する態度と打って変わって、少々ツンツンした感じで俺に言った。

 まあ、中学生だ。多感な時期だしな。


「俺が撮ってやろうか?」

「駄目っ! 新庄も一緒に入るの!」「お兄さんも――」


 俺の声に被せるように二人は言った。

 ならお言葉に甘えよう。




 パレードだけじゃなかった。

 俺たちはムッキーを探しながら色んな場所……篠塚いわくディスティニーワールドを巡った。


「ここはFPSみたいに銃でゾンビを倒すアトラクションだよ。とりあえず三人チームで高得点目指そ!」


「……ゾンビか……、なんとも言えない設定だな……」


「最新のアトラクションだね! ていうか、お兄さんには絶対負けない!」


「悪いな。負けるつもりはない」


「二人ともすっかり仲良しね。でもチームワークが大事だからね!」


「な、仲良しなんかじゃないし! お、お兄さんは私の事、パ、パグ子って言うし」


「間違ってないだろ? パグ子や」


 そんな軽口を叩きつつ、アトラクションに挑む。

 妙にリアル感あふれるゾンビを銃で倒していった。


「し、新庄!! 後ろ後ろ!!」

「あわわ!? お姉さん危ない!」

「……銃が妙に手に馴染む。――ここは俺に任せて先に行け!」

「死亡フラグ立てないでって、新庄! 私も一緒だよ!」



 無事、生還してアトラクションを出ると、モニターに成績が発表された。

「一位だよ! やったねお姉さん! ……ついでにお兄さんも」

「あははっ、新庄の動きシームレスだったもんね」

「ああ、生き残るために必死だったからな」


 係の人が俺達に近寄ってきた。

「おめでとうございます! 一位の方にはこちらの景品をお渡しします」


 俺たちはムッキーの小さなぬいぐるみキーホルダーを手渡された。ちゃんと三人分ある。


 篠塚はそれを見ながら俺たちに言った。


「えへへ、三人ともお揃いだね! じゃあ、次行こ!」


 氷崎はぬいぐるみを見ながら嬉しそうな顔をしていた――







 クマのプン太の乗り物に乗っている時は――


「このクマは随分とおっさん声してるな」


「新庄っ! プン太さんに失礼だよ! プン太さんはディスティニーワールドの妖精さんなんだからね」


「う、うわ、はちみつの海に溺れて喜んでるって!? あっ、プン太さんの友達が集まって来た――。と、友達……、友達……なんて……」


「氷崎さん、写真撮ろ! ほら、笑顔笑顔! 新庄……なに真剣な顔してんの?」


「い、いや、あそこに黒いプン太がいるだろ? なあ、あれは?」


「うん? そんなの見えないよ。それよりも写真写真」


「あ、ああ、き、気のせいか? いや、禍々しい気配が……、は、早くここから出よう……」


「ぷぷぷっ、あんたクマのプン太の乗り物で怖がってるの? 私よりも歳上なのに……、あははっ!」





 写真を沢山撮った。

 篠塚と二人っきりの時とは違った楽しさがあった。

 ツンツンしているけど、意外と素直な氷崎は、次第に表情が豊かになっていった。


 時間が経つのは早く感じる。

 氷崎は時計を何度も見ていた。

 終わりを迎えるのが惜しい。もっと続いて欲しい。

 きっとそんな風に思っているんだろう。


 これっぽっちの時間では傷なんて忘れる事が出来ない。

 そもそも俺たちは今日知り合ったばかりだ。

 出会って数時間、でも時間なんて関係ない。




 俺たちは入り口付近の中央広場のベンチに座っていた。

 今まで撮った写真をみんなで見返している。


「あー、結局ムッキー見つけられなかったな。氷崎さんと一緒に見つけたかったのに……」


「えっと、うん……、残念だよね」


 返事をしているけど、意識は帰りのバスの中を想像しているのかも知れない。

 明日の学校を考えているのかも知れない。

 俺たちではどうしようもない事柄。


 それでも――


「氷崎――、そろそろ時間だ。俺たちも一度集合場所に戻らなければならない。……氷崎はそのまま帰るんだろ?」


 現実に引き戻す役目は俺でいい。

 ムッキーと篠塚は氷崎に夢を見させてあげればいい。


「……う、うん。そ、そうだよ! そんなの言われなくても……分かってるよ……」


「なら行こう。……大丈夫なんて言えない。頑張れなんて言えない。だが……」


 俺は氷崎の頭を優しく撫でた。

 義妹を思い出してしまう。


「――俺と篠塚は氷崎と――繋がりが出来たんだ。いいか、誰も信じない俺たちが一緒にいられたんだ。このまま別れるなんて寂しいだろ? ……また、一緒にここに来よう」


「……お、お兄さん……、ひぐっ……。……ふ、ふん、わ、分かったわよ。ま、またあんたと一緒に遊んであげるわ」


「えへへ、仲良しだね! 氷崎さん良かった! 連絡するね!」


 篠塚は氷崎の手を取って立ち上がった。

 そして、園外へと向かう。


 その歩みはゆっくりであった。

 みんな無言だけど嫌な空気ではない。


 氷崎の学校のバスが見えてきた。

 不安そうになる氷崎を見たら――俺も手を繋いであげたくなった。

 小さな手を取る。


「……あ、お兄さん……」


「――――」


 言葉なんて今は必要ない。隣にいてあげればいい。


 そのままバスの近くまで俺たちは歩く。



 氷崎は一度大きく深呼吸をして……俺たちから手を離した。


「――篠塚お姉さん、それに新庄お兄さん……今日はありがとうございました。……すごく楽しかったよ……。思い出……沢山……本当に、ありがとう……。必ず連絡します! 絶対無視しないでね! それじゃあ!」


 満面の笑みを浮かべる氷崎を、俺と篠塚は見つめる。

 走り去っていく氷崎を見送りながら、俺たちは寄り添った。




 ***************





 本当はすごく怖かった。

 バスになんて向かいたくなかった。

 あのままずっとディスティニーにいたかった――


 でも、それじゃあ、前に進めない。

 三人で撮った写真を見ると――心が温かくなるんだよ。

 こんな気持ち初めて……。


 だから、私は大丈夫。また二人に会うために――


 バスの中では、生徒たちは疲れて眠りこけていた。

 もちろん、私を置いてきぼりにした生徒もいるけど、もうどうでもいい。

 関わらなければ辛くならない。


 スマホで撮った写真だけどずっとずっと見ていた――

 よし、今の気持ちを忘れないように、サイトにメモを……。

 ……あれ? 


 小説サイトのメッセージが来ていた。


『ポメ子です! 今日は楽しかったね! ふふふっ、可愛い氷崎さんに会えて良かったよ! 今度はムッキー見つけようね! あっ、小説も読み始めたよ! 今度感想書くからね〜!』


 ――し、篠塚お姉さん? え、な、なんで!? ポメ子さんって……え、どうして?


『パグ子や、ディスティニーの経験を糧に執筆するんだ。……ランキング負けないぞ。ニャン太より』


 ――ニャン太って……新庄お兄さん!? え、ま、まさか……、ランカーさんじゃない!?


 驚いている私の横に座っている男子が不思議そうな顔で私を見た。

 大丈夫、私は……




「な、なによ、あんたには関係ないでしょ?」


 一度も喋った事が無い男子。友達もいなくて、地味な彼はなんていうか、その……ロボットみたいな人であった。


「……なるほど、氷崎のそんな顔は見たことがない。……驚かせてすまない、その、悪いと思ったが……氷崎が見ているサイトが気になって――」


「は、はっ? あんたも私の事馬鹿にするの?」


「馬鹿にする? すまない、俺にはそんな感情はない。全て消去させたからな。……それなのに、そのサイトを見ている氷崎の表情が気になった。無理を承知ですまない。……それはなんだ?」


 地味な顔をしている男子は、本当に何もわからないといった顔をしていた。

 いつも一人ぼっちな彼は、クラスの空気を読まずに行動する。クラスメイトは彼の面倒を見るのが嫌で、関わらないようにしていた。


 私は二人のメッセージを見て、にやけていたかも……。


「こ、これは小説サイトよ。沢山の人の物語が詰まっているのよ。……小説ってわかる?」


「……概念としては理解してる。読んだ事もある。だけど、全く理解できなかった」


「はっ? しょ、小説の面白さがわからないの!? じ、人生損してるわ。……ていうか、私が書籍を出すことは知ってるんでしょ」


「うん? 書籍? よくわからない。氷崎が最近一人でいる事くらいしか理解していない。……なあ、試しに読んで見ていいか?」


「え、ええ……」


 彼は「失礼」と言いながら、私のスマホの画面をスクロールする。

 私の小説の画面が一瞬で下の方へ移動した。

 ……え、これって読んだの?


 彼は目を閉じて私に言った。


「……すまない、内容は理解した。追放されたキョウスケ君が覚醒するのは分かった。だが、彼はなんで追放されたんだ?」


「はっ? なんでって……、なんでわかんないのよ!?」


「ああ、言っただろ? 俺は感情がわからん。そんなもの、あの小学校の時に消えてなくなった。……だが、その小説は非常に興味が出てきた。人の感情が沢山書かれてある。……俺に、感情が作れるなら……、なあ、氷崎、俺に小説の説明をしてくれないか?」


 なんだろう。すごくペースが乱される。

 新庄お兄さんとは違って、人間味がなさすぎる。

 ……でも、彼の目は真剣であった。純真な心が私には眩しい。


「はぁ……、仕方ないわね。でも、今はみんな寝てるから、また今度ね。喋っていたら目立つから。……ねえ、あんた名前なんだっけ?」


 名前がわからない位、関わりが無かった生徒。でも、なんだか……。

 彼は髪をかきあげて、無駄に目をキラキラさせて答えた。

 ――え? 新庄お兄さん並の超超イケメン? 本当に中学生!? ふ、老けてない? ――ま、顔なんてどうでもいいけど。


「ああ、俺の名前は……堂島尊どうじまたけるだったな。氷崎、バスから降りたらサイゲリアに行くぞ。俺は知りたい。君がどうしてそんな顔をするようになったか――」


 ……、やっぱり変な人だな。

 でも、悪い人じゃない。感覚でわかる。この人天然だ!


「ふふ、気になる? なら後で話してあげるから静かにしようね。ほら、とりあえず着くまで寝てなよ」


「むむ、仕方ない。善処しよう――」


 それっきり堂島君は目を閉じて静かになった。

 ……本当に変わった人だ。妙に古臭い言い方ね。


 でも、なんか嬉しかった。私の変化に気付く人がクラスにいるなんて……。

 ……もしかしたら――あとで馬鹿にされたり、裏切られるかも知れない。


 私がお兄さん達と出会わなかったら、笑う事なんて出来なかった。

 隣にいた堂島君を、地味で変な男子としか認識しなかった。


 本当に彼を信じていいかわからない。私には関係ないって突っぱねて、学校生活を一人で地味に過ごした方がいいのかも知れない。


 なんか、堂島君の寝顔を見ていたらそんな事を考えるのが馬鹿らしくなって来た。


 ……はぁ、小説書こっと! きっと素敵な話ができそう! 新庄お兄さんには負けないぞ! 



 私は今日という日を忘れない。

 絶対に絶対に忘れない。

 二人に出会えた大切な日。


 篠塚お姉さんと新庄お兄さんと、また会うために――私は――小説に想いを込める。


 私はムッキーのぬいぐるみを胸に抱きしめた。

 ――心が二人の温かさに包まれていく感覚になった。






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