良薬
「うわぁー! 面白かった! やっぱり何度来ても飽きないね!」
ホラーハウスから出た私たちは数分ぶりに日の光を浴びる。
この季節では珍しく晴天で、遠足びより。
……こんなに遠足を楽しんだのって……いつ以来ぶりかな?
もう覚えていない。
だって、私、篠塚あんりにとって、遠足はバツゲームみたいなものだったから。
誰も一緒に回ってくれない。
待ち合わせの場所には誰もいない。
私を笑いものにする。
どこで間違えたかわからないけど……、私はいつもクラスのリーダー的なリア充女子に目の敵にされていた。
「あんりと遊ぶやつはハブにしちゃおー」
「あいつぶさいくだよ」
「男子も構わないでね!」
意味がわからなかった。ただの大人しいだけの地味子だったのに。
中学に上がっても変わらなかった。
クラスの中心的な女子から目の敵にされてしまう。
私は何もしていないのに……。
「あいつ私の彼に色目使いやがった」
「ていうか、眼鏡だっさ」
「キモオタはこっちみんなよ」
私の心はまだ未熟だった。謂れのない言葉の暴力は心を疲弊させる。
私は……毎日部屋で泣いていた。
そんな私にも学校の図書室で友達が出来た。
――桃ちゃ、ん……。
初めて会話した時は、お喋りするのなんて久しぶりで、口がうまく回らなかった。
桃ちゃんも、おどおどしていたけど、お互い趣味が似ているからすぐに仲良くなれた。
何でも信用して話す事ができる友達。二人なら大丈夫って思っていた。
でも、桃ちゃんは……、他のリア充女子と仲良くなってから変わってしまった。変えられてしまった。
……思い出すと胸が苦しくなる。
友達という言葉で私を――惑わす。
友達だから、と言って、無理なお願い事をする。
友達に教えちゃった、と言って、二人の秘密を言いふらす。
友達だからいじってあげる、と言って――、いじめと変わらないのに。
人ってこんなにも人間関係で変わってしまうのか、と思い知らされた。
――友達ってなんだろ? こんな関係が友達なら――私はいらない。
そう思ってしまった。
自分の心を強く保てばいい。誰にも関わらなければ苦しくならない。
心を、感情を殺せば楽になると思った――
でも、私には家族がいた。
優しいお姉ちゃんに、ほんわかしたママ。カッコいいパパは海外出張中だけど、毎日メールが届く。
私にとって家族だけが信じられる存在だった。お姉ちゃんから小説を書くことを教わった私は負けない心を手に入れた。
感情を殺す事なんて私には出来なかった。
だけど……家族以外の誰とも仲良くなろうと思わなかった。
――あれ、楽しいのになんで昔の事思い出しちゃったんだろ?
やっぱり、傷は消せないのかな……。
新庄と一緒にいて、すごく楽しいのに、すごく嬉しいのに、すごく面白いのに――
それでもふとした瞬間に昔の事を思い出しちゃうんだ。
どうしようもなく弱い、私の心が嫌になる。
……私よりも新庄の方がずっと辛い目にあっているのに。
隣にいる新庄を見ると、青白い顔をしていた。
――えっ!?
「……ポ、ポメ子さんや、ホラーハウスって怖すぎじゃないか?」
いやいやいやいや、あれは子供でも怖くないって!
「し、新庄って怖いの苦手なの? あははっ、顔ヤバいって!」
いつも冷静な新庄が怖がっているなんて、すごくおかしかった。
「い、いや、あそこには絶対ヤバい霊的な何かいただろ……。もしかして、俺だけしか……」
「そんなのいないって! ここは夢の国だよ?」
「……すまん、ポメ子さんお願いが……」
新庄はおどける時とか、照れている時は私の事をポメ子って呼ぶ。
ポメ子って呼ばれるのは嫌いじゃない。特別な……言葉に聞こえるんだ。
「手を握っていいか? 少し不安で……」
「え!? あ、う、うん……、そ、それで落ち着くなら……」
そういえばさっきまで私はホラーハウスに入るまでの間、ずっと新庄の袖を掴んでいた。ホラーハウスに入ってからは、袖を掴んでいない。
……物理的な繋がりは、心が落ち着く。
あれ? まって? そういえば……私……袖を掴んでいる時って……、昔の事なんて思い出した事ない。心の傷なんて考えたことない。
も、もしかして?
そんな事を考えていると――
ちょっ、心の準備が……。
新庄は私の手を優しく掴んだ。
ふわりと包み込むように私の手に触れる。
一瞬の躊躇のあと、手のひらに力が伝わって来た。
新庄から温かさを感じる。まるで身体全部が温かくなるみたいだ。
――あっ……れ? 悲しくないのに……涙が出てきそうだった。嬉しいだけなのに……。
やっぱりそうだ……。心が満たされる。
昔の事なんてどうでもいいと思えてくる。心の傷なんて忘れてしまう。
あははっ……、新庄……凄いね。
「ふぅ……、中々ハードなホラーハウスだった。俺はもう大丈夫だ……、お腹空いただろ? レストランに移動しなきゃな」
新庄の顔色はまだ良くない――なら。
「えっとね。も、もうちょっとこのままでいいかな? あのね、多分なんだけと、手を繫ぐと……昔の嫌な事が消えていくんだ……」
新庄の前だと素直になってしまう自分がいる。
お姉ちゃんにも見せない姿。
新庄は私に微笑んでくれた。
嘘の笑顔じゃない……、私の事を心の底から心配している優しい笑顔――
私はそんな笑顔を見たら――何故か胸の奥から知らない感情がこみ上げて来た。
温かいけど、切ない……、ドキドキするけど苦しくない……。
うん、よくわからないけど、きっと悪い感情じゃない。
「じゃあこのまま……、て、手を繋いで……歩くか?」
きっと顔が真っ赤になっていると思う。
でも仕方ない、これは傷を忘れるため……。うん、そういう事にしておこう!
「えへへ、じゃあそうしよ! し、新庄の顔色治んないしね!」
「あ、ああ、行こうか――、うん? あれはなんだ……?」
新庄は私と手を繋いだまま、ホラーハウスの出口を見ていた。
そこには小さな……中学生くらいの少女が一人ぼっちで立ち尽くしていた。
制服を着ているから、私たちと一緒で学校の遠足に来ているんだと思う。
少女は所在無く辺りを何度も見渡している。
明らかに様子がおかしかった。
不安と諦めと……絶望の表情は――昔の私を見ているようであった。
泣きそうな顔なのに、涙を押し殺している。
この感覚が分かるのは経験者だけ。
家族と――新庄以外と、誰とも関わりたくないのに――あの少女が気になって放っておけなかった。
だって、あの少女は――昔の自分を見てるみたいで。
「ご、ごめん、新庄。お昼遅くなっても大丈夫? ……あ、あの子に、は、話しかけてもいいかな?」
新庄の握る手が強くなる。
知らない子に話しかけるなんて、普段の私からは想像も出来ない。
それでも――一人ぼっちであんな顔してる子を――
「――篠塚、謝ることじゃない。大丈夫だ、俺が一緒にいる」
新庄の言葉に勇気が湧いてきた。
――私は新庄と手を繋いだまま――少女の元へ歩き出していた。
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