かぶり物
不思議な気分であった。
遠足がこんなにも楽しいものだとは思わなかった。
周りの目が気にならなかった。隣に誰か一緒にいるだけで、こんなに違うんだ。
――いや、これは篠塚だから良かったんだ。
俺と篠塚はタッキーと別れたあと、ゆっくりと園内を歩く。
遠足に来る前は、お祖父ちゃんの家で、何度も何度も二人で行くところを考えた。
どんな風に園内を巡るか話し合った。
――いざ、着いてみたら……、いつもの俺たちのペースであった。
のんびりとしたマイペースな空気。
気張らず肩肘を張らず、自然体で過ごす。
もちろん篠塚のテンションは高い。俺もいつになく心がワクワクしている。
非日常感を大いに楽しんでいる。
なるほど、遊園地ってこんなにも楽しい場所であったんだ。
空いている乗り物にも乗ったけど、どちらかと言うと、園内の雰囲気を満喫している。次の目当てのホラーハウスに行く途中、キャラクターショップで立ち止まっていた。
「――新庄っ! ほら、タッキーの耳があるって! 新庄絶対似合うって!」
「まて、流石に俺が耳をつけるなんて無理だろ?」
「うーん、ちょっとだけ試して見ようって!」
篠塚はショップに置いてあったタッキーの耳を俺の頭にスポッとかぶせる。
……まさか俺の人生で、耳をつけるとは思わなかった。
恥ずかしくて鏡が見れない。
「やっぱり似合うよ。……じゃあ新庄はどの耳が好き?」
「俺か? 耳には少しうるさいぞ? だてに異世界小説を書いていない……これは猫の耳か……これは狐か……、むっ、こ、これは?」
「あっ、うさぴょんの耳だよ。不思議の国に迷い込んだプリムを追いかけるイケメンバニーボーイ。ちょっと試して見ようか?」
意外と普通の設定だな。
そういいながら篠塚は耳を装着した。
なるほど――
「……ど、どう? に、似合ってる?」
その耳は反則ではないか? 似合ってると言えば似合っているとしか言いようがない。少し照れた篠塚が……恥ずかしくて見てられなかった。可憐さが爆発しそうであった。
俺は横を向いたまま返事をする。
「あ、ああ、に、似合ってる。ま、まるでうさぴょんみたいだ……」
「ちょっと、新庄こっち見なって! あー、照れてるんだ! えっと、彼は『我の名はうさぴょん、高貴なるバーパルバニーの末裔、我は愛しのプリムのために命をかけてここを守り通すぴょん!』って最後のセリフが有名なんだよ! 1万の軍勢と一人で戦ううさぴょんの泣ける名シーンだよ!」
思わず照れ臭さが吹き飛んでしまった。
やっぱり設定がおかしいぞ? なんだその過激なファンタジー設定は?
……遠足が終わったら観る必要が出てきた。気になる。
篠塚はうさぎ耳を手でピコピコとフリフリさせる。
――くっ、獣人好きとしてはそれは反則だ。
篠塚は俺の態度に満足したのか、耳を置いて俺の袖を引いた。
「ホラーハウスに行こ! その後はディスティニー食堂でご飯食べよ!」
「あ、ああ、わかった」
いきなり袖を引かれると驚いて胸が跳ね上がってしまう。
篠塚の後ろ姿を見ると、綺麗な首筋がほんのりと赤くなっていた。
――恥ずかしいのは一緒か……。ならいいか。
前を歩く篠塚は俺の袖をずっと掴みながらホラーハウスを目指した。
ふと、篠塚は振り向いた。
「えっとね、新庄が迷子になったら困るから。……ひ、一人になったら寂しいし」
「……大丈夫だ。どこにも行かない。……離れたらどこまでも探し続けるぞ」
「う、うん……、ありがと!」
袖を掴む力が少しだけ強くなった気がした――
***************
ホラーハウスは中々の盛況っぷりであった。
平日ということもあり、並ぶ時間は大体50分ほどである。
俺には長いのか短いのか判断がつかなかった。
「50分か〜、結構短くて良かったね」
「そうなのか? 一話を書ける時間だぞ?」
「そうなの。休日はもっと混んでいるんだから! ……話していたらあっという間だよ」
「なるほど、なら篠塚にここのホラーハウスのストーリーを教わるか」
「うん、任せて!」
俺たちは最後尾に並び始めた。
大勢の人が並んでいるけど、感覚的にどんどんと前に進んで行く。
俺は篠塚の話を聞きながら、時折注釈を求め、意見を言いつつ、並んでいる事と時間を忘れてしまいそうになった。
ふと、列を作っているロープの向こう側から視線を感じた。
顔も知らない女子生徒と……義妹と目が合ってしまった。
微妙な距離感。まるで今の俺たちを表しているようであった。
「あばばばばばばっ!? あ、あんな事言ったのにもう会っちゃったよ!? は、遥、恥ずかしい!! あわわ、遥はただの置物……置物……」
義妹は俺から背を向けて、固まってしまった。
確かにあの真面目なセリフの後にすぐに出会ってしまうなんて……まったく義妹らしい。
遥の隣にいた女子生徒も俺から顔をそらした。
遥と同じクラスの子か?
「は、遥!? ちょ、なんで新庄君がここにいるんだよ……、う、うぅ……、に、逃げよう。うぅぅ、陰キャには眩しすぎるよ……、って、遥、前進んでるって。も、もう」
「馬鹿、何も感じるな! 私達は置物だよ!」
「……お、置物……、ふ、ふふっ、クズの腐女子の私にお似合いね……ふふ、ふふ……」
よし、俺も見なかった事にしておこう。
幸い距離もあるし、彼女達は次のターンで建物に入りそうだ。
……それに義妹の隣の人は見たこともない生徒だ。俺には関係なさそうだな。
「ん? 新庄どうしたの?」
「いや、視線を感じたから知っている人かと思ったが違った」
「……あんまりじろじろ見ちゃ駄目だよ。……そ、それに……新庄って、も、モテるから……友達になりたい子が多いかもよ……」
「大丈夫だ。俺はただの陰キャだ。それに、篠塚以外と話す事なんて考えられない。無理だ。信じられない」
「う、うん、わ、私も、新庄以外はまだ信じられない、かな……。えへへ」
そうだ。俺たちは根本的にまだ誰も信じられない。
例えば、義妹に懐かしさを感じたとしても、斉藤さんとの図書室での会話を思い出したとしても、幼馴染との記憶を思い出したとしても。
――今はまだ信じられない。
俺と篠塚は見えない何かで繋がっている。それは小説かも知れない。それはお互いの状況かも知れない。それは友達という言葉なのかも知れない。それは笑顔かも知れない。
ただ一つ確実に言える事がある。
――俺は篠塚を心から信じている。
「きっと、長い付き合いになるんだろうな。……先生の友達みたいに」
「あははっ、そうだね。まだ出会って少ししか経ってないけど……私もそう思うよ。ねえ、新庄、これからも色んなところに行こね!」
「ああ、ひとまず……俺と出版社に行くのを付き合ってくれ。一人じゃ心細くてな」
一度、打ち合わせで行かなくてはならない。編集長にも挨拶をしなければならないらしい。
「もちろんだよ! 違う出版社も見学したかったし! 私は、パンケーキ屋さんとか、ピクニックに行ってみたいな。あとあと、カラオケとか? ……行ったことないから……」
そうだ、俺たちにはまだまだ時間がある。
それでも学生の頃の時間は有限だ。――なるほどな、今この瞬間を大切にしろ、か。
きっとこの先も、篠塚と一緒に出かけたり、執筆したり、書籍化を目指したり――
沢山の思い出ができるんだろう。
いつまで続くかわからない。でも、いつまでも続きそうな予感がする。
ふと、義妹の祝電という言葉を思い出してしまった。
俺と篠塚が二人で歩く未来を想像してしまった。
想像の中の篠塚はウェディングドレス姿であった。
胸の奥から感じる気持ちに――俺はなんとも恥ずかしい気持ちになってしまった。
「あれ? 新庄、顔赤いよ? 熱あるの?」
篠塚は俺の額に手を当てようとする。
俺は何故か恥ずかしくて逃げてしまった。
「だ、大丈夫だ。――まあ、なんだ、これからもよろしく頼む」
「うん? もちろん! 沢山遊ぼうね! あと、連載負けないから!」
「望むところだ。俺も恋愛ジャンルで勝負しよう」
その後も、二人で話していたら直ぐ建物の中に入ることができた。
待ち時間なんて俺たちには関係無かった。
掴まれている袖から篠塚を感じられる。
――だから大丈夫、俺たちはきっと二人でいられる。
そう思いながら俺は妙に威圧感があるホラーハウスへと足と踏み入れた。
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