始まりの朝
外に出ると眠気が一気に冷める。
真っ暗で、湿った暖かい空気が身体を包む。
ここから篠塚さんの家までは五分位で着く。
俺の実家を過ぎて、篠塚の家を過ぎると、お祖父ちゃんの家がある。
学校までは遠くなったけど……、あまり気になる距離じゃない。
「そういや結構近いよな、うちまで」
「ああ、そうだな。朝に会ったのはあれっきりだな」
俺が遅く登校した朝に篠塚と出会った。あの時、俺は思わず「一緒に行こう」なんて口に出してしまった。
……小さなきっかけで何かが始まる。そんな予感めいたものではなかった。
ただ、一緒に行きたかっただけだった。
夜の住宅街を二人でゆっくりと歩く。
歩くだけでこんなにも気分が穏やかな気持ちになるなんて思わなかった。
「ってか、明日は現地集合だろ? 新庄、ちゃ、ちゃんと、来れるか?」
「舞浜か……、まあ大丈夫だろ」
「そ、そっか……」
篠塚はそれっきり黙ってしまった。
中学の時の遠足は大型のバスを使って、生徒全員で移動をした。
みんなが楽しそうに話している時に、俺は一人で待っていた。
『どこ回ろう?』『いつもと髪型違うね!』『超楽しみ!』『お土産一杯買お!』
『ぎゃー、俺財布忘れた!?』『しゃーねーな、金貸してやるよ』
『ふふ、今日は彼と回るんだ』『俺、今日こそ告白を』『やめておけって、気まずくなるだろ?』
一人ぼっちで立っていても生徒たちの言葉が耳に入ってくる。
俺はバスの車両をずっと見ているだけだ。
なんで俺だけ――とは思わなかった。その時にはもう俺は感情を殺すすべを覚えていたんだ。
ただ――心が空虚だった覚えがある。
バスの中でもそうだ。先生がカラオケを歌い、生徒達も順番にマイクを回す。俺の番が来ることはない。
俺の隣の席はぽっかりと空いていた。隣の人は、簡易席を勝手に使って他の生徒のところへ移動していた。
ずっと窓の外を見ていた。
流れる景色を見ながら――小説の展開だけを考えていた。
――今思うと、やっぱり寂しかったのかも知れない。
二人でゆっくりと歩く。
ふと、篠塚を見ると何か言いたそうな顔をしていた。
言いたいけど、恥ずかしい。そんな感じであった。
「あっ」
「新庄どうしたんだ? いきなり変な声だしてさ?」
そうだ、一人で集合場所に行くなんて……きっと寂しい。
なら俺から誘えばいいんだ。……一緒に現地まで行こうって。
勇気を出すんだ。この前も一緒に学校へ行っただろ。ショッピングセンターも二人で行っただろ? さっきまでご飯も一緒に食べていただろ?
今さらだ――
もうすぐ篠塚の家の前に着いてしまう。
中々言い出せない。たった一言なのに――
別に友達だから問題ないはずだ。……それでも胸の奥から変な感情が湧いてくる。
妙に緊張してしまう。いつもと違う朝、まるでデートを誘うみたいで……。
――自分から誘うのが怖いんだ。断られた時の事を想像してしまう。
「もう家の前だから大丈夫だぞ。……じゃあ、また明日な! 楽しみに――」
「ま、待ってくれ!」
俺は足を止めた。自分の声が震えてないか不安だった。
「そ、その……あれだ、せ、せっかくだから、一緒に現地に行かないか? ……そもそも俺は舞浜まで行ったことが無い。調べるよりも知ってる人についていった方が効率がいいだろ?」
何故か、早口でいつもよりも言葉を重ねてしまう。
篠塚は胸に手を置いて、ゆっくりと口を開いた。
その一瞬の間が怖かった。
「んー、良かった……。私もずっと言おうか迷ってたんだ……。うん、と、友達だし一緒に行こ! 私服、楽しみにしてな! ジャージだけの女じゃないって思い知らせてやんよ!」
俺は全身の力が抜ける。
何故か笑いたくなった。全く、俺たちは距離感のつかみ方が下手だ。
「あ、な、なんで笑ってるんだ! もう……、でも言ってくれてありがと……」
もう大丈夫だ。笑ったら心が落ち着いてしまった。
「ああ、楽しみにしてる。――それじゃあ、さよならだ。おやすみ」
「うん! おやすみ!! 遅刻すんなよ!」
篠塚は何度も振り返りながら、玄関へと向かった。
俺は篠塚が扉を閉めるまで、見送った。
********************
昨夜は、自分の気持ちを今日の更新分にぶつけた。
勢い余って、異世界恋愛の短編の手直しをしていたら、いつの間にか寝ていた。熟睡である。
――いつもよりも早く起きてしまった。今日という日を楽しみにしている自分に驚いた。
篠塚の家の前に7時に集合だ。
まだ、朝の4時。……早すぎたと思わなくもないが、早る心を抑えるために昨日手直しした異世界恋愛の続きを書く事にした。
書きながら何度も時計を見てしまう。
時間は全然経っていない。時間を気にしているけど執筆は順調であった。
人間に裏切られた勇者と、世界から嫌われた魔王の物語。
地獄の底で出会った二人は――仲間になった。
恋愛要素は未だに皆無だけど、予感を感じさせる終わり方で一話を書き切る。
「――よし」
少し時間が早いけど、俺は家を出ることにした。
約束の時間の三十分前に着いてしまった……。
おかしい、これで家の前にいたら変質者に間違われる。やっぱり時間丁度に……。
そう思って足を止めたら、篠塚の家の玄関が開いた。
「うん、じゃあ行ってくるね! ママ、お土産楽しみにしててね!」
「あらあら〜、うぅ……、あんりが楽しそうで本当に良かったわ……。ママ嬉しいわ」
「もう、大げさだって! ちょっと、友達の家に――って、し、新庄!?」
玄関にいる篠塚と目が合ってしまった。
なるほど、篠塚は早く起きて、準備が終わったから俺の家に行こうとしたのか。
……よほどディスティニーが楽しみなんだな。
「ああ、おはよう、ちょっと早く起きてしまって……、すまない、早く着いてしまった」
「え、あ、うん、いいんだよ……。えっと、じゃあ舞浜の駅で色々見ながら行こうよ! へへっ……、あっ、ちょ、ママ!?」
篠塚のお母さんが一度閉めようとしたドアを開けた。
俺はお母さんに挨拶をする。
「朝早くからお騒がせしてすみません。はじめまして、篠塚さんの――友達の、新庄です」
「あらあら、おはようございます! あんりのママです。……あなたが噂の真君? あんりと冴子から聞いてるわよ〜。うふふ、今日は楽しんでね〜」
「マ、ママ、ね、恥ずかしいから……、も、もう行く、ぞ!」
「ふふ、行ってらっしゃい〜」
篠塚そっくりなお母さんは手を振りながらドアを閉めた。
顔を赤らめた篠塚が俺の方に向く。
「お、おはよう……」
「…………っ」
声が出なかった。俺は篠塚の私服を初めて見た。
そこには……いつもと違う篠塚が立っていた。
確かに服はオシャレだ。白いワンピースの上に薄い上着を着ている。足元の靴も非常に似合っていた。男の俺には何て言う種類の服かわからない。とても女の子らしい服装であった。普段まとめている髪は下ろしていて、ぼさぼさのアホ毛が無い。サラサラだ。
金髪が朝日に照らされてキラキラしている。
真っ白な肌が透き通って見えた。
ジャージじゃないだけでこれほどとは……。モデルか何かをやっているのか? ……服装の問題じゃない。篠塚の表情が、雰囲気が輝いていた。
「し、新庄? 大丈夫? えへへ、今日は普段よりもお洒落してんだぞ? ど、どうだ?」
やっと口に出た言葉は、むりやり絞り出して照れ隠しをした単純なものであった。
「……凄い」
「え、そ、それって褒めてんの!? ちょっと、新庄、どうなの!」
俺はなんだか恥ずかしくて篠塚の顔が見れなかった。
「ちょっと、新庄こっち向きなさいって! もう……、ふふ、でも良かった。今日、初めての私服を見てくれた人が新庄で」
「……あ、ああ」
俺たちは二人で駅に向かって歩き出した。
友達という距離感がわからなくなる時もあるけど、俺は篠塚と一緒にいて自然でいられる。
きっと、篠塚のそう思ってくれているだろう。
だって、朝日に照らされた笑顔がとても――素敵で可愛かったからだ――
小さな声で俺は呟いた。大丈夫きっと聞こえないはず。
「……すごく似合ってて可愛い」
少し前を歩いていた篠塚がほんのりと頬を染めて振り返った。
「あ、あははっ、やっと新庄が褒めてくれたよ」
「……違う、今のは俺の独り言だ」
「えー、絶対私の事褒めてくれたんだろ? もう、素直じゃねえな」
「前を向いて歩け。転ぶぞ」
「はいはい、了解っと。――ねえ新庄、遠足楽しもう!!」
「ああ、思いっきり楽しもう」
二人が待ち合わせ場所で出会った瞬間、今日の遠足が始まったんだ。
友達と行く初めての遠足――
ずっと待ちわびていた期待が、現実に変わる。
それが、俺にとって嬉しかった。
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