余韻
「だから、にゃん太名義で恋愛は書かない方がいいぞ? お前のは恋愛じゃないし短編にもなってないだろ!?」
「そ、そうか? 俺たちの戦いはこれからだエンドは駄目なのか?」
「そういう意味じゃねえけど、明らかにプロローグだろ、これ」
最新話の更新を終えた俺は、息抜きにまた恋愛小説を書いてみた。
……裏切られた勇者と魔王が二人手を取り合って生きていく話。
お祖父ちゃんの家で、俺たちはコーヒーを飲みながら休憩をしていた。
篠塚は俺が投稿した話をスマホで読み終えるなり、的確な意見をくれる。
「新庄はファンタジーに強いんだから、そっちを頑張れって。……まあ、今回の話自体は悪くなかった。……その、なんだか……共感できるっていうか、読んでて恥ずかしくなるっていうか……」
心のままに書いてみたんだ。現実恋愛はわからないけど、異世界で起こる恋愛劇。
話自体は篠塚も気にいってくれて良かった。
「ああ、俺も書き終わった時は恥ずかしかった。だが、楽しかったぞ?」
……もしかして、俺は自分と篠塚を重ね合わせて書いていたのか?
裏切られた二人……、国から追放された二人が出会い……。
勢いで書いた時は何も思わなかった……、なるほど、これは、とても、恥ずかしい……。
「――すまん。なんだか俺も恥ずかしくなってきた。削除するか?」
「……ううん、せっかくだから短編じゃなくて、息抜き連載にしたら? その、話自体は面白いから……、きょ、共感できるし……」
ならそうしよう。まだまだ荒い話だけど、なんだか大切な作品になりそうであった。
学校から帰宅して、すでに良い時間になっている。
もう夕飯時だ。普段なら篠塚が帰る時間になっていた。
あまり遅くなってしまうと冴子さんも家族の人も心配をする。
俺と篠塚は同時に時計を見た。
篠塚は寂しそうに言った。
「もうこんな時間か。なんだかあっという間に時間が過ぎるな……」
「そうだな、そろそろ帰るのか? 明日遠足だしな」
「うん……、今日は夕食ないから適当にコンビニでご飯買って帰るよ」
「なら、一緒にご飯食べるか? ……いや、やっぱり遅れると冴子さんが心配するだろ?」
寂しそうだった篠塚の顔が明るくなった。
「ううん、お姉ちゃんはここで執筆してろ! って感じだから良いけど、その……し、新庄に迷惑かかるだろ?」
自分の事よりも他人の心配をする篠塚。
なら、今日は遠足前の前夜祭だ。
「最近、ご飯を作る事が好きになってきたんだ。食べて行けばいい。遠慮するな」
――俺たちは遠慮してしまう。どれだけ踏み込めばいいかわからない。
踏み込み過ぎて、失敗することをひどく恐れる。
まあ、たまにはいいだろ?
俺は自分に言い聞かせた。
「うんっ! て、手伝うよ!」
篠塚は遠慮がちだけど、嬉しそうに返事をしてくれた。
*****************
篠塚は予想以上に不器用であった。
まな板の上に歪な形をしている野菜達が鎮座している。
「あ、あははっ、ほ、本気出してないだけだ! つ、次は大丈夫だから! お願い、切らせて!」
「ポ、ポメ子さんや……、今夜分の野菜はもうない。つ、次の時にな」
「う、うぅ、ごめん」
「大丈夫だ。どうせカレーだから煮込むしな」
学生が作れる料理なんて限られている。失敗が少ないカレーが一番良い。
篠塚は台所の調味料を漁っていた。
「おっ、これなんてどうだ? 隠し味になるぞ! ……きっと」
手に持っていたのは醤油と調理ワインであった。
……うん、漫画で見たことはあるけどね。
俺は篠塚が持っている調味料を静かに奪い取った。
「ポメ子さんや、できるまで待っててくれ。その間、グルメをお題で小説でも書いてくれ」
「え、まさかの戦力外通知? ……し、仕方ねえな、書いてやるよ!」
お祖父ちゃんの家は穏やかな時間に包まれる。
ご飯の炊ける匂い、コトコトと煮込まれるカレー。
リビングでは、台所をチラチラ見ながら執筆している篠塚。
なんだろう? 不思議な気持ちである。
これが――安らぎなんだろうか?
明日の遠足の事を忘れそうになっていしまう。
今この瞬間の時間の流れがゆっくりのようで、早かった。
終わって欲しくない……、そんな事を思ってしまう。
俺と篠塚は同時に声を上げた。
「カレーできたぞ」
「よっしゃ、できた!」
お互い顔を見合わせて、なんだかおかしくて声を出して笑ってしまった。
***************
「超うまいよ、これ! 新庄天才だな!」
言葉とは裏腹に上品な仕草でカレーをスプーンで食べる篠塚。
「いや、パッケージの裏面通りに作っただけだぞ。……料理の素人はアレンジをしなければ間違えない」
「ふーん、どうでもいいよ。美味しければ!」
篠塚が使っているスプーンはお祖父ちゃんの家にあった物だ。
……もしも……この先もこんな機会があるなら、篠塚専用の食器でも買っておくか。
でも、嫌がるか? 友達だからってそこまでしなくていいのか? 気を使わせてしまうのか?
俺は考え込んでしまった。
「どうした? 難しい顔して? カレー辛いのか?」
相手が目の前にいるんだ。一人で悩まなくてもいい。
「ああ、篠塚、ディスティニーでうち用の食器でも買うか?」
「え、あ、うんっ、いや、でも……厚かましいって、流石にそれは……」
篠塚も俺と一緒なんだ。遠慮をしてしまう。どのくらいの距離感で友達と付き合えばいいか分かっていない。
だから――俺達で手探りで見つければいい。
「カップもあるし、別に構わない。むしろ、あったほうが俺的に嬉しい」
「……うん、じゃあ……遠足で買っちゃおうかな……、本当にいいの? ふふ、やっぱり食器もディスティニーだと嬉しいから」
「ああ、もちろんだ。俺も一緒に選んでやる」
「え、それはちょっと……、新庄のセンスは……」
大丈夫、自然な空気だ。俺たちは間違えていない。
遠足もきっと楽しくなるはずだ。
楽しい夕食も終わりを迎える。
篠塚はカレーを食べた後、洗い物をすると言って聞かなかった。
俺は篠塚に甘える事にした。
篠塚曰く「新庄はディスティニーの予習をするの! ガイドブック見てて!」だそうだ。
俺はガイドブックを見ているけど、台所に立っている篠塚が皿を割って怪我をしないか心配であった。
どうしてもガイドブックに意識が集中できない。
チラチラと篠塚を見てしまう。
篠塚は楽しそうに鼻歌を歌いながら洗い物をする。
時折俺に話しかけてくる。
「ムッキーに会えるかな?」
「明日の準備は昨日のうちに終わってるもん」
「新庄はちゃんとこの前買った服を着てくるんだぞ?」
「ふふ、楽しみで今夜眠れるかな?」
「まずは……スプラッシュリバーに乗って……、パレードを見て……」
俺は相槌を打ちながら篠塚を見る。
こんな穏やかな時間が続けばいい。
優しい気持ちになれる……。
なんだか、睡魔が襲ってきた……、まだ全然時間が早いのに……。
ちゃんと篠塚を家まで送って……。
――意識が落ちてたのか、いつの間にか洗い物を終えた篠塚が隣に座っていた。
普段よりも距離が近い。
肩に何かを乗せてくれた。毛布だろうか? とても温かい……。
篠塚は小声で囁いていた。
「……新庄……真君、君に会えて……ありがとう」
きっと、聞こえてないと思っている。俺が寝ていると思って言っているんだ。
俺は返事をせずに……少しだけ……、寝ているフリをした。
篠塚が離れる気配を感じて、俺は頑張って意識を覚醒させた。
「すまない、寝てしまったようだ。そろそろ本当に遅くなる。……送っていくぞ」
「え、いいよ。そのまま寝ちゃいなよ」
「いいや、送っていく」
「もう……、じゃあお願いしようかな。ふふっ、寝ぼけた新庄なんて初めて見た」
そうだ、俺たちはまだまだお互いを知らない。
大丈夫、これから知っていけばいい。
俺と篠塚はゆっくりと立ち上がる。
俺たちは余韻に浸るように動かなかった。
この穏やかな時間が名残惜しかったんだ――
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