準備
お祖父さん家はとても快適であった。
1LDKもあり一人で暮らす分には広すぎる位である。
俺はキッチンに立ってコーヒーを入れる。俺のはブラック。篠塚は、温かいミルクにたっぷりの砂糖とインスタントコーヒーを入れたものであった。
二人のカップをテーブルへと運ぶ。
「コーヒーできたぞ。一旦休もうか」
「ん、ありがと。うーんっ! やっぱ連載って面白いな」
椅子に座りながら背中を伸ばす篠塚。ちなみにジャージである。
一番ゆったりできるからだ。
俺が引っ越してから数日が立った。……えっと、友達宣言をしてからか……。
あの後、俺たちにぎこちなさなんて無かった。
友達なんて言う言葉に縛られない。
自然体で過ごせばいい。
篠塚はミルクコーヒーが冷めるまで、フーフーしている。
俺はコーヒーを一口飲んだ。
「ところで冴子さんから全然連絡無いんだか……、書籍化は本当に大丈夫なのか?」
書籍化の話し合いがあってから、数回メールでやり取りをしただけだ。
必要な事は聞いたけど、全く連絡が無い。
「そんなもんだ。本になるのは時間がかかるからな。そのうち改稿ですげー忙しくなるから、今のうち更新しておけよ?」
「そういうものか。ところで俺が書いた恋愛小説はどうだ?」
気晴らしに恋愛小説を書いてみた。今の俺の全力だ。
篠塚は冷めてきたミルクコーヒーをすする。
カップを見て少しだけ顔がニヤけている。
「……あれは……、恋愛なのか? いきなり踊りだしたり、バトルが始まったり……、勢いだけで全然恋愛してないだろ!?」
「そ、そうか、そんなに駄目か……」
結構自信があったのに……、難しいな。
それにしても不思議なものだ。誰も信じられない俺達が、二人で執筆しながら家でお茶をする。ちょっと前なら考えられない事である。
「篠塚の小説は確かに恋愛をしている……、俺は恋愛なんてしたことがないからわからん……」
篠塚は慌てて否定してきた。
「ちょ、ちょっと待てや! わ、私だって……その、誰とも付き合った事ないし……好きな人なんてできた事ないし……、ただの妄想書いてるだけだし……」
「そうなのか?」
「そ、そうなの!」
沈黙が流れる。でも、嫌な沈黙じゃない。孤独感を感じない沈黙。
篠塚も穏やかな顔をしていた。
「えっと、え、遠足の準備したか? 三日後だぞ?」
「準備? 何をすればいいんだ? 特に何もしてないぞ?」
「もう……、動きやすい服に、小さめのバッグ、あとはガイドブックを見てどこから回るか考えるの!」
遠足の話をすると、篠塚の口調が優しくなる。きっと楽しみにしているんだろうな。
なら、俺も精一杯サポートしなくては。
服なら――
「制服で行くんじゃないのか? 俺の私服はジャージしかないぞ?」
「…………マジ?」
篠塚の顔から血の気が引いた。
「だから、休みの日でも制服着てたんだ……。盲点だった……」
学校の休み時間、篠塚は俺を見てブツブツと文句を言っていた。
篠塚だってジャージを着ている姿しか見たことない。
なんだが理不尽な事を言われている気分であった。
「まあ気にするな。ジャージは動きやすいぞ?」
「そんなの分かってるって! ったく、制服姿が無駄に洒落男だったから気にしてなかったぞ!」
「やっぱり買いに行かなきゃ駄目か?」
「ああ、今日の放課後、ZARUで揃えようぜ。あそこだったら選べば安くてオシャレなものもあるし……」
俺は素直に頷く。こういう時はディスティニー経験者である篠塚の言うことを聞いた方がいいだろう。
ふと、教室の隅に、義妹と宮崎と斉藤さんが輪になって話していた。
時折笑い声が聞こえてくる。
こっちの方を向いていた宮崎だけが俺の視線に気がついた。
宮崎は――感情を殺したような笑顔で、小さく頭を下げていた。
俺はどんな反応をしていいかわからなかった。
……もう関わりたくない、と思っているはずなのに。懐かしい気持ちを思い出してしまう。
篠塚がポツリと呟いた。
「新庄の幼馴染はやっぱ可愛いな……。私と大違い……」
多分、俺に聞こえないと思っていたんだろう。
「そんな事はない――」
「き、聞こえてたのか!?」
「ああ……」
本当は、篠塚が綺麗だと言いたかった。だけど、恥ずかしくてそれが言えなかった。
きっと、このくらいの距離感が丁度良い。俺と篠塚は――友達になれたんだから。
篠塚は身体を小さくさせて、恥ずかしそうにコクリと頷いた。
**************
放課後のショッピングセンターは相変わらず盛況である。
俺と篠塚は目的地であるZARUへまっすぐ目指した。
「うっし、早速選ぶぜ。新庄は背が高くてスタイルがいいから選ぶ甲斐があるな。
……ほら、これなんてどうだ?」
篠塚はやけに気合が入っていた。俺としては適当な服でいいと思っている。
……そんな事言える雰囲気ではなかった。
「あ、ああ、よ、よろしく頼む」
5月も後半だから暖かい日も多くなってきた。買う服は少なくて済みそうだ。
「おっ、このシャツなんてどうだ? とりあえずキープな。……このパンツも似合いそうだな」
頼ってばかりじゃいけない。
「……篠塚、これはどうだ?」
篠塚は俺が手に持っているTシャツを一瞥して、目を細めた。
「……却下。ってか、それは無いだろ!? なんで高校生がヒョウ柄シャツなんて着るんだよ! しかも黒だし! 中二病だと思われるぞ! ……まあ、正直何着ても似合うかもだけどさ」
――なるほど、これは駄目なのか……。獣人っぽくていいと思ったんだが……。少しショックだ。
俺は渋々とヒョウ柄のシャツを元の場所へ戻した。
どんどん進んで行く篠塚の後を付いていく。
……こ、子供みたいだ。
篠塚はどんどん服をかごの中に入れていく。
「そ、そんなに買うのか? か、金が無いぞ?」
「あん? 必要な分だけでいいだろ? これから試着タイムだ! ほら、試着室行くぞ!」
「あ、ああ……こ、これ全部か……」
どうやら、俺は未知の世界に旅立つようであった……。
そこから女性店員さんを交えつつ、俺の試着タイムが始まった。
「うんうん、大人っぽくて悪くないな。……でも、遠足向きじゃねーな」
「こ、これでいいだろ!?」
俺は何着も試着をした。多分、一生分の試着をしたんじゃないか?
……慣れない事をすると疲れる。でも、篠塚は俺の試着した姿を見ると嬉しそうな顔をする。
――今日くらい良いか、と思ってしまった。
「次で最後だぞ!」
篠塚は楽しそうに俺に服を渡した。俺はカーテンを閉めた。
子供の頃の宮崎との出来事で、俺は一人ぼっちになった。
本当の友達なんてできた事が無かった。
友達だと思ってた人からは裏切られた。
だから……、本当はこの時間はすごく楽しかった。
服を買いに行くことなんて初めてだ。友達と行くなんて初めてだ。
友達ってなんだろうと思っていた。
なんでみんな仮面を被って、表面上の付き合いしかしてないのに、友達って言うんだろう。そう思っていた。
最後には裏切られる。それが俺にとって地雷であった。
篠塚といると自然体でいられる。苦しくない。考えなくていい。
友達って意識したこと無かったけど……、この感じが本当の友達なんだな。
最後の試着を終えた、俺はカーテンを開けようとした。
――心の中で思ってしまう。
もしもカーテンを開けて……篠塚がいなかったら? 笑いものにされてたら?
――問題ない。俺は悲しまないと思う。
だって、俺は……篠塚を信じている。そんな事が起きても、俺は篠塚を探して……探して……話して、また、一緒にいたい、と思っている。
俺はカーテンを開けた――
そこには――
篠塚が俺を見て驚いていた。手で口を抑えて立っていた。――安堵というよりも、嬉しさが勝る。ああ、いるに決まってる。
篠塚の顔が赤くなっている。
「えっと、うん……、あれ? なんて言えば……」
女性店員さんが優しい口調で俺たちに言った。
「すごく似合ってますよ。今までで一番かっこいいです。ほら、彼女さんもすっごく喜んでますよ!」
「違います」
「ち、ちげーよ!?」
篠塚は顔をそらしながら俺に言った。
「う、うん、それが一番似合ってんな……、そ、それにしようぜ! ……本当に似合ってるよ……」
俺は試着した服のまま、ポツリと呟いた。
「……ああ、遠足楽しみだな。一緒に……楽しもう」
俺は篠塚と一緒にいたい――
やっと先生の言葉を理解した。
――篠塚なら裏切られても構わない。
だから、俺はあの時――大切な友達って口走ったんだ。
心からの言葉、消したくない思い。
「う、うん……、うんっ! 楽しみにしてるよ!」
俺は笑顔の篠塚を見て、自然と笑みを零していた――
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