友達……
昼休みは篠塚と一緒に昼食を食べながら必要な物をピックアップして、メモに書き出す。
そして、いつもどおり本を読む。二人の間には静かな時間が流れる。
まるで寂れたフードコートにいた時と同じ気分だ。
ここは学校なのに。
本を読むと心が落ち着く。
昔からいつも俺のそばにあった。
今日はいやに時間が過ぎるのが遅く感じる。
先生が来週の遠足の説明をし終えて、HRがお開きとなる。
ディスティニーランドか……。中学の遠足の時は、園内のベンチでずっと本を読んで時間を過ごしていたな。
「にゃ……新庄、なにボケッとしてんだよ? もうHR終わったぞ? 遅くなる前に行こうぜ!」
午前中は自分の発言に焦ったり、動揺したけど、もう大丈夫。
心が落ち着いた。俺と篠塚は友達でもないんだ。カップルになるなんてありえない。……恋愛感情なんて――中学の頃に抜け落ちた。
俺と彼女はただの執筆仲間。
だから、大丈夫。……ふと、胸の奥からじわりと鈍い痛みを感じた。俺はそれを無視して篠塚に返事をした。
「ああ、遅くなる前に行こう」
俺は席を立ちながら教室を見渡す。
今日はなんだか一日中、教室は変な雰囲気であった。
帰り支度をバタバタと済ませた斉藤さんが、慌てた様子で教室を出て行くのが見える。
義妹と宮崎が教室の入り口から斉藤さんと手招きしていた。
――あの子達はあんなに仲が良かったのか? ……まあいいか、俺には関係ない。
義妹だけがひょっこり入り口から顔を出して、何か言おうと悩んでいた。
が、感情を押し殺したような顔をした義妹は俺に手を振って姿を消してしまった。
何だったんだ?
俺は気にせず篠塚と一緒に教室を出る事にした。
駅前にあるショッピングセンターは非常に小綺麗で大きい。
大体どんな家具も雑貨も揃う。ただ、人が多いので知り合いに合わないように気をつけなければならない。
……面倒が嫌なだけだ。それに俺は知り合いが少ないから大丈夫だ。
道すがら、俺と篠塚はずっと小説の話してしていた。
「新作かー、書いてるけど投稿してないからなー」
「また恋愛物を書くのか? 趣向を変えてローファンなんてどうだ?」
「いやー、ファンタジーは世界観作るのが苦手なんだよ。ってか、現実に無いものを書くのが難しくね?」
「……そういうものか?」
確かに、俺に恋愛小説を書けと言われても展開が思いつかない。ミステリーやヒューマンドラマだったらまだ書けると思う。
篠塚は頭をかきながら俺に言う。
せっかく綺麗な髪なのに……アホ毛が飛び出した。
「そういうものなの。……書籍化したけど、色々あって一巻しか出せなかったからなー。初心に戻って書くか」
篠塚の書籍化した作品を読んだ。
なんと言っていいかわからないけど、感情が揺さぶられた。
心に来るものがあった。
「――俺はあの作品が好きだ」
「そう、か。……ありがと」
俺達は作品に対してお世辞を言わない。駄目なものは駄目という。篠塚は俺が本当にあの作品を好きだということを理解している。
だから返事も素直だ。
ショッピングセンター内を歩いていると、目的の場所に着いた。
「あっ、MUZUあったぞ。ここで揃えればいいのか?」
「ああ、それが一番面倒じゃない」
MUZUは全国展開している最大手の雑貨屋さんだ。
手頃な値段で大抵のものはここで揃う。
俺と篠塚は、身体を寄せ合いながら書き出したメモを見る。
篠塚からふんわりと優しい匂いを感じる。
……あまり近づき過ぎたら失礼だ。
俺たちは顔を見合わせ頷き合う。
篠塚は店の買い物かごを手に取って、気合を入れた。
「おっしっ! 買い物すっぞ! うわー、広すぎてどこ行けばいいかわかんないよ」
「ポメ子さんや、語尾が……」
「う、うっさい! まずは――」
こうして俺たちの買い物を始めた。
「異世界の生活ってどんな感じなんだろ? ってか、サンドウィッチを登場させると炎上すんだろ? すっげーな、異世界小説」
「刀とか米とか出してるけどな。……多分、どの作品にも警察がいる」
「あー、わかるわ。部活の描写でボコられた覚えあるわ」
俺たちは話しながら、必要な品物を手に取る。
予め買うものを決めているから迷う事はない。
買い物は順調に進む。
「そういや、新庄の部屋の荷物ってどうすんだ?」
俺の部屋は物が少ない。本を買うと嫌な顔をされた。だから、俺は図書室にいたんだ。荷物は学校の物と、私服が少しあるだけだ。
義妹は俺の部屋を見て悲しそうにしていた事がある。
俺はいつでも出れるように私物を増やす事をしなかった。
もしかしたら俺が出ていこうとしたのを、気がついていたのかも知れない。
「昨日の夜と今朝のうちにまとめておいた。手で運べる範囲だ」
「ふーん、まあ手伝ってやんよ。買ったもの置いてから新庄ん家行こうぜ。あっ、私行かない方がいいか?」
「……いや、助かる」
前だったらきっぱりと断っていただろう。でも、篠塚なら……まあいいか。
お祖父ちゃんの家は、大きな家電や家具は揃っている。
だから、そこまで一杯買い物があるわけじゃない。
俺達はあらかた買い物を終えて、店を出ることにした。
「ふふっ、やっぱ、いっぱい買うとなんか楽しいな! ていうか、誰かと買い物すんのなんて久しぶりだぜ」
「冴子さんとは? あの姉なら行きたがると思うが?」
「ああ、お姉ちゃんは仕事が忙しいからなー、中々時間が合わねえんだよ」
「なんにせよ、楽しんでくれて良かった。……カップ、本当にいらなかったのか?」
結局、篠塚はカップを買わなかった。お祖父ちゃんの家にカップがあるから、それでいい、と言い張った。
「ばっか、私達は……ただの執筆仲間だろ? ……なら、そこまでするもんじゃねえよ」
「そう、だな。友達……じゃない」
「……ああ」
俺は覚えている。篠塚のカップを買うと言った時のはにかんだ笑顔を。
本当は楽しみにしていたはずだ。だけど、俺達は――他人と深く関わる事が怖い。
篠塚の顔が一瞬だけ、何かを耐えるような顔をしていた。
すぐに普段のポメ子さんに戻ってしまったけど。
「ほら、早く帰ろうぜ!」
「……ああ」
俺達はショッピングセンターをゆっくりと歩き出した。
行きよりも歩みが遅い。まだ、ここにいたい――
という気持ちを押し込めて、足を前に出す。
ふと、俺は遠くにあるテナントが気になった。
「篠塚、ちょっとトイレに行ってくる。すまないが待っててくれ」
「あん? 早く行ってこいよ。ここで待ってるぞ」
俺は篠塚を残して急ぎ足で、遠くのテナントを目指した。
*******************
「おそいな……、にゃん太、迷子になってるのかな?」
一人でいると不安になっちゃう。
このまま、置き去りにされた事を思い出しちゃう。
……大丈夫、置き去りにされても私は何も感じない。
だって、にゃん太とは友達じゃないから。
……でも、やっぱり寂しいかも。
そんな風に思えてしまうほど、今の関係が自然に構築できたのかもね。
信用すればするほど……裏切られた時、私の心が破壊される。
だから、にゃん太は……、でも、にゃん太だけは……。
結論が出ない問題。にゃん太の悪い噂は聞いた事がある。
そんなの嘘っぱちだって思う。
そう、私には関係ない……、一緒にいると、にゃん太はぶっきらぼうだけど、優しくて……楽しい。忘れていた笑顔を思い出させてくれた。
私……何やってるんだろ?
やっぱり、にゃん太は帰ってこない……。不安になる――スマホを取り出してにゃん太の小説を読み返す。
何故か心が落ち着くんだよね。
下を向いていたら足音が聞こえた。
にゃん太かと思って顔をあげた。
「新庄、おせーぞ……、えっ……」
「あははっ、ごめんね〜、久しぶりに会えたね〜、あんりちゃん!」
血の気が引いた。装っていた仮面が剥がれ落ちる。
そこにいたのは、中学時代の……同級生たちであった。
「何? 友達待ってたの? あんたみたいなキモい女に友達できたんだ〜。笑えるわ! あははっ」
身体が震えだした。怖くて仕方なかった。変わろうとしても変われない自分が嫌だった。
「ていうか、まだキモい小説書いてるの? あの時は大笑いしたよね。桃ちゃんを信用したらスマホ奪われちゃってさ」
桃ちゃんと私は親友だった。
お互いオタク趣味があったからすぐに仲良くなれた。
でも……、桃ちゃんは――
「なんか高校デビューしてね?」
「うんうん、キモ」
「きっと相手もキモ女でしょ」
「あれでしょ? 小説のセリフとか一緒に考えちゃうやつ?」
「ウケる〜、桃も呼び出そうよ? あいつ付き合い悪くなったしさ」
逃げ出したかった。だから街に出たくなかった。家にずっといたかった。
怖いと思われている方が良かった。寂れたフードコートが私の居場所だった。
――でも、私はフードコートでにゃん太と――新庄と出会えた。
手に持っている荷物の重さが、私に勇気をくれた。
蚊の鳴くような弱々しい声。
「う、うるさい……、わ、私は――」
ふと、荷物の重さが消えてなくなった。
興奮して荷物を落としたかと思った。
――違った。
「……すまない。遅くなった。荷物、下に置いて良かったのに」
新庄が来てくれた――
待っていたんだから来てくれるのは普通のことだけど……、もしかしたら、また、裏切られたかもって、心の中では思ってて……。
わからない。なんでこんな気持ちになるの?
「う、うぅ……、うんっ、行こ!」
私は気持ちを切り替えて、顔を上げた。
元同級生たちは新庄の乱入に驚いていたけど、乱入してきたのはそっちの方だ。
「あ、あなた、あんりちゃんの友達なの!? え、ありえないんだけど……」
「うわ、超イケメン……。マジ?」
「綺麗……」
リーダー格の元同級生の顔が歪む。
「あははっ、あんりちゃんと会うのが懐かしくて、遊んでいたんだよ? 昔の友達だからね。ねえ、お兄さん、あんりちゃんの噂知ってるの? この子超悪い子だよ? どうせ、いつもみたいに遊ばれているだけだよ? ねえ、そんな子ほっといてさ、私達と一緒に遊ぼうよ! カラオケ行こ!」
私は弱々しい声で否定した。
「と、友達なんかじゃない……、わ、私は――」
目の前に大きな背中が広がった。
新庄は見かけよりもガッチリとした体格なんだ……。
新庄の低い声を発した。
「……友達? 篠塚にはいないはずだ」
きっと、私がいじめられた事を知ったから……、もう新庄は……。
「え、あ、あははっ、どうでもいいじゃん。一緒に遊ぼうよ。お兄さんかっこいいし、篠塚にはもったいないって。だってあいつキモい小説なんて書いて――」
「素敵じゃないか」
「え? 何?」
新庄の声に威圧感が増した。
「……あんな素晴らしい物語が書けるなんて素敵じゃないか。君らのことは知らない。……だが、篠塚を悪い子と決めつけている時点で、程度を察する。関わりたくもない」
何故だろう? こんなにも私を肯定してくれる人なんて……お姉ちゃんしかいなかった。新庄の言葉が胸に響く。忘れていた感情が手に届きそうになる――
「あ、あははっ、冗談冗談……、わ、私達はお兄さんの事を思って――」
新庄は一歩前に踏み出した。
物を見るような目つきで、言い放った。
「――二度と俺達に近づくな。俺の大切な――友達を――泣かすやつは許さない」
元同級生は身体をびくつかせながら後退る。新庄の威圧は並々ならぬものであった。
やがて、新庄の威圧に負けた元同級生たちは逃げるように走り去って行った。
感情が追いついていなかった。
目に手を当てると――確かに少しだけ涙がこぼれていた。
感情がぐちゃぐちゃでわからない。新庄に見られたくなかった。怖かった。助けられて――友達って言われて……嬉し、かった……
あ、ヤバい、涙が止まらなくなりそうだ。
「お、おい、ヤンキーだろ? な、泣いちゃ駄目だ。お、俺だって石を投げられた経験がある。ほら、俺がこれを買ってきたから……」
ぼ、暴力は振るわれてないよ。大丈夫。馬鹿にされただけだから……。
泣いている私を見て慌てる新庄が見せてくれたのは――
ディスティニーランドのマスコットキャラのムッキーが描かれて、マグカップだ。私の大好きな――ムッキー……。
「ディスティニーショップがここにあるだろ? 今日の買い物に付き合ってくれたお礼だ」
新庄は照れ臭そうにそれを私に手渡した。
震える手でカップを受け取る。
「う、うぅ……、カップ、可愛い……」
私はカップを胸に抱きしめた。
本当はすごく欲しかった自分用のカップ。
友達じゃないからって、心に壁を作って諦めた。
冷たいカップなのに、温かい気持ちになれた。
私の中で凍りついていた感情が溶けて行くような気がする。
それが何かわからない。
でも、裏切られるなんて――思わなくていい。
だって、人を信用しないはずの新庄が――友達って言ってくれた。
涙が止まらなかった。
私、嬉しいんだ。
今さら、友達なんて、私にはもう手遅れだと思っていたのに――
考えるよりも気持ちが言葉に出ていた。
「ぐぅ、すっ、し、新庄……、わ、たしたち、友達に、なれる――かな……ぐずっ」
新庄は優しい手付きで私の肩に触れた。
触れた箇所が熱い。
「馬鹿、俺達――もう、友達だろ。今さらだ……」
私はこの時理解した。
新庄になら、裏切られてもいい。先生の言った意味をやっと理解できた――
私はカップを抱きかかえたまま、新庄の温かさに触れながら泣き続けた。
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