カップ
「なんだか変な感じの空気だな?」
「新庄もそう思うか? いやに生暖かいというか……」
HRギリギリに教室に着いた俺達はすぐに席に座った。
教室は俺達が入った瞬間、なんとも言えない空気になった。
「あれだ、篠塚が眼鏡をしているからだ」
「……ちげーよ!? お前が変な笑顔してないからだ! くそっ、無駄な時間食ったから最新話見れなかったじゃねーかよ……」
「今回は気合入ってるから」
「ふんっ、楽しみにしてやんよ」
クラスメイトは唖然とした顔で俺達を見ていた。
そういえば、篠塚と教室でこんな風に喋ったのは初めてかも知れない。
まあいいか。俺には関係ない――
先生が入ってくると同時に斉藤さんが教室に入ってきた。
「ぜえぜえ、間に合った。超疲れた……」
俺達を一瞬だけ見ると、何故か安堵の表情をしていた。
それは、見覚えがある顔だ。懐かしい――昔みたいに優しい表情であった。
休み時間中、前に話しかけてきた女子生徒が近づいてきた。
やはり名前は覚えていない。
「えっと、新庄くん……、イメチェンしたの? すっごく雰囲気が変わったよ」
彼女はチラチラと篠塚さんを見ながら俺に喋りかける。
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「そうそう、敬語じゃないのよ! うわぁーー、朝のあれ、見てたけど……、超お似合いカップルだよ! 告白しなくてよかった……、絶対ムリムリ!」
俺と篠塚は顔を見合わせてしまった。
何やら女子生徒の友達は彼女を羽交い締めにして、連れて行こうとしている。
「ちょっと、
「えー! いいじゃん! 傷心の私の心を癒せるのは新庄君しかいないし〜」
三月という名前なのか。やっと判明できて良かった。
そして、サヨナラだ。
「失礼、本を読んでいるから……」
篠塚がプルプルと震えながら三月さんに言い放った。
「ちょ、お前っ! なんで私と新庄がカ、カップルになってんだよ! てめえ、挽き肉にされてえのかよ!」
「うわ、見た目が違うだけで全然怖くない。ポメラニアンが吠えてるみたい、あはっ! ――だって『俺と――一緒にいろ!』なんて言われたら、ねーーーー!」
きっと彼女は悪い子では無いのだろう。ただ、とても、すごく――うざい子であった。
三月さんの扱いに困っている篠塚の元へ、斉藤さんがやってきた。
あれ? 斉藤さんも眼鏡かけてる?
妙な威圧感があった。
「三月……、ちょっとお仕置きね? こっち来なさい……」
「い、いや〜〜!! リア充来ないで!! あっ、駄目、くすぐっちゃ駄目!! いひひっ、あはんっ、いやややーー」
斉藤さんは三月さんの友達と一緒に、三月さんをこの場から引きずりながら立ち去った。
斉藤さんは後ろを振り返って、俺ではなく篠塚さんにペコリと頭を下げる。
柔らかい視線だ。
取り残された、俺と篠塚は……とりあえず小説を読み始めた……。
**************
それは体育の授業であった。
サッカーは好きじゃなかった。昔を思い出してしまう。何をしていいかわからないから、俺はキーパーをしている。
遠くでボールを蹴っているクラスメイトを他人事のように見ていた。
――改めて思うと……俺は……一人暮らしの家に女の子を誘ってしまったのか?
なんたる事だ。今さらだが、非常に恥ずかしい事を言ってしまった。
挙げ句、一緒にいてくれ、だと?
顔から火が吹きそうである。
グラウンドの土をガシガシと蹴りつける。
大丈夫、俺は落ち着いている。
俺と篠塚は友達じゃない。……執筆仲間……だ。
そうだ、最新話の展開を考えなければ――
次はヒロインとミケ三郎がついに共闘する場面だ。
この山場が終われば、二人は同じパーティーとして――
そうだ、篠塚が家に来るなら新しいカップが必要だな。それに、畳だからクッションとかが必要だ。湯沸かし器あったかな?
……おかしい、なんで今日の予定を組みてているんだ?
全く授業に身が入っていなかった。
クラスメイトの声で意識が戻った。
「し、新庄! ボールボール! お前、あのリア充止めろよ!」
俺と同じ地味系男子の……名前は覚えていない。
彼が必死に俺に叫んでいた。
斉藤さんの取り巻きであるリア充男子がゴールに迫る。
……了解だ。今、とても、何かで発散したい気分であった。
「おっしゃーー!! みゆちゃん見ててね!!! ゴーーーール? あれっ」
リア充男子が放ったボールは俺がキャッチした。
俺は飛んで来る物をキャッチするのが得意である。
小学校の頃、石が飛んできたからな。
「新庄、ナイスキャッチ! ボール投げろ!! って、おい!?」
俺はボールを地面に置いた。
サッカーか。……小学校の頃、クラスで流行った。問題児とされていた俺を除いて、クラスの男子全員で校庭で遊んでいた。
俺はベランダからそれを見ているだけであった。
クラスの女子は哀れみの目を向ける。それがひどく孤独感を増していた。
給食も一人だった。遠足も一人だった。朝礼に行くのも、移動教室に行くのも、文化祭も、運動会も、修学旅行も、登校も、下校も一人ぼっちだった。隣の席の生徒は必ず俺と空間を開けた。
小学校の頃は、俺がまだ未成熟だったから――寂しさで心が押しつぶされそうだった。
懐かしいな。俺はサッカーボールを軽く蹴り、走り出した。
ドリブルなんてしたことがない。見たことはある。
ボールを蹴って走ればいい。迫りくる生徒を躱せばいい。
周りが騒ぎ始めた。
俺の耳にも入るけど、俺はボールに意識を集中した。
子供の頃はどうしていいかわからなかった。
だって、俺も相手も、誰も彼も子供なんだ。
ボールを蹴るたびに懐かしさを思い出す。
俺も意地を張っていたんだ。今思うと、俺に話しかけようとした生徒もいたんだ。
でも……怖かった。また裏切られると思った。
本当は――あの時、俺はサッカーをしたかったんだ。
――今さらそんな事を考えても、もう遅い。過去の事だ。
過去は変えられない。傷は消える事はない。
だけど――懐かしさを思い出す事はできる。新しい思い出で埋めることもできる。
「お、おい!? 新庄止めろって!!」
「運動音痴のガリ勉イケメンじゃなかったのかよ!?」
「あっ、無理」
俺は大きく足を上げて、ボールを強く、強く、想いを込めて蹴った。
ボールの行方なんて見ていない。
俺はただ、グラウンドの真ん中で、懐かしさに浸っていた。
授業が終わると、クラスメイトが俺に話しかけてきた。
「し、新庄、お前元サッカー部だったのか! あのシュートヤバすぎるぞ!」
「ほー、ただのガリ勉かと思ったのにな」
「おいおい、新庄の足の速さは陸上部にピッタリだ。なっ、陸上部へようこそ!」
俺は戸惑ってしまった。
「あ、ああ、そうなのか?」
「おおーー!! 敬語じゃねえ!」
「おい、そろそろ行くぞ。次の授業が始まんぜ!」
「あ、篠塚……さんだ。俺たちは退散しようぜ」
見慣れたジャージ姿の篠塚が歩いて来た。うん、やっぱりジャージが似合う。
篠塚は立ち去ったクラスメイトたちを訝しげに見やる。
「ん? なんだアイツらは?」
「……俺もよくわからん。えっと、おつかれ?」
「私たちは途中から男子のサッカーを見ていただけだ。……新庄はサッカー好きなのか?」
「いや別に……、ただ、朝のことを思い出したら恥ずかしくて、それをぶつけただけだ」
「お、お前……、ったく。ほら、行くぞ? あ、あとで昼休み、一緒に何が必要か考えっぞ? じ、時間の無駄になるからな」
俺はポツリと声を零した。
「――カップ、買わなきゃ」
「カップ? ああ、コーヒーカップか? そうだな、新庄はコーヒーばっか飲むもんな」
「ううん、篠塚のカップ――」
俺はそう言い放って歩き出した。
篠塚が遅れて俺に付いてくる。
「わ、私のカップ!? あ、ああ、あったら嬉しいけど……」
はにかんだ笑顔を見ているのがバレないように、俺は篠塚の隣を歩き出す。
何故だか放課後が待ち遠しかった。
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