先生


 篠塚と小説の話をしながら電車に乗っていたらあっという間に舞浜に着いてしまった。俺達の話題は尽きない。

 篠塚が本当に小説が好きだという事がわかる。


「あら? もう着いちゃったよ? 新庄、確か下の駐車場が集合場所だよね? まだ時間があるから散策しよう!」


「構わないが……店はカフェしかやってないぞ? のんびりお茶でもするか」


「うん! あっちのエクスデスを見てからな!」


 エクスデスとは舞浜駅に隣接している商業施設である。

 ディスティニーに関連したショップがたくさん並んでいる。

 俺は行ったことが無い。篠塚に任せるか。


 エクスデスに向かおうとした俺たちは、中央の広場のベンチに一人ポツンと座っている担任の先生を見かけた。……引率の先生はこんなに早く来るのか?


 先生は俺たちに気がついて軽く手を上げた。

 俺たちは先生が座っているベンチに近づいて挨拶をすると、先生は手に持っていたスマホを伏せた。


「ふむ、二人は早いな。……二人とも随分とお洒落さんではないか? 全く、見てて目が痛い」


「あ、ははっ、先生はスーツなんですね?」


 いつもクールで生徒と距離を置いている印象がある先生。

 今朝は少しだけ感じが違った。……いつもは綺麗だけど鋭い目つきで、生徒から恐れられている。今は柔らかい印象を受ける。


「ああ、遊びじゃないからな。引率は大事な仕事だ。……どっかの生徒が馬鹿な事をしたら尻拭いをしなければならないからな。その時のためだ」


 きっと先生っていう仕事は大変なんだろう。だって、他人の面倒を見なければならない。……俺には絶対務まりそうにない。


 先生の手に持っていたスマホがポコンと通知音が鳴った。……妙に可愛い通知音であった。

 先生はスマホを操作して、メールらしきものを見ている。

 なんだか優しい目をしていた。


 俺の視線に気がついたのか、先生は口を開いた。


「――昔の友達からだ。……お前らと一緒で、学生の頃ここに遠足へ来た。……思わず懐かしくなって写真を送ってやったのさ」


「それは……良かったです?」


 なんて返事していいかわからない。ただ、先生はとても懐かしい顔をしていた。


「ところでお前らはやっと友達になれたのか? ……まあ恥ずかしいなら言わなくてもいい。見ればわかる」


 篠塚は俺の顔をチラリと見て、先生に答えた。


「は、はい。……友達です」


 別に恥ずかしい事じゃない。俺は篠塚と友達になれて――嬉しかったんだから。


「ああ、篠塚は大切な友達だ」


 篠塚の顔が赤くなっている。俺も顔が熱い、きっと耳まで真っ赤になっているんだろう。

 先生は茶化す事も無く、優しい微笑みを浮かべてくれた。


「なら、今日は楽しめ。責任は私達教師が持つ。……お前らの過去の傷は消えないかも知れないが、お前らだけの思い出を作れ。傷なんて思い出があれば包み隠してくれる。大切な人と一緒にいたら忘れてしまう。高校生の今、この時を、この瞬間を有限だと思って、精一杯思い出を作れ。……ああ、すまない、柄にもなく語ってしまった……、ほら、エクスデスを見るんだろ? 行ってきなさい」


 先生は俺達の過去を知っている。過去の傷が消えないのも先生は理解していた。

 それでも、俺たちに前に進め、と背中を押しいる感じがする。


 なるほど、俺は――良い先生に恵まれたんだな。


 篠塚は何故か涙ぐんでいた。存外涙脆いのかも知れない。……ああ、まだまだ俺は篠塚を知らない。小説以外の事ももっと知りたい。友達だからもっと距離を縮めたい。

 素直にそう思える瞬間であった。


「はいっ! あ、ありがとうございます!」


「……先生も楽しんで下さい」


 先生は話は終わったと言わんばかりに、手をひらひらとさせて、再びスマホの画面を見始めた。


 ――先生の大切な人ってどんな人だったんだろう? いつか聞いてみるか……。


 俺たちは一礼をしてその場を後にした。





 ***************





「先生の友達ってどんな人なんだろ? きっと先生みたいにカッコいいかな?」


「わからないが、きっと良い人なんだろう」


「友達か、学校に入学した時はまさか新庄と友達になるなんて夢にも思わなかったよ」


「全くだ。いつも眉間にシワを寄せて、バリバリのヤンキーの篠塚に驚いた覚えがある」


「……新庄だって嘘くさい笑顔が気持ち悪かったぞ」


 俺たちは全く関わりが無かった。

 ポメ子さん事件が発覚するまで、会話もした事がない。

 威嚇された覚えはある。


「そうだな、誰も信じられなかったからな」


「……うん、ねえ、今でも……、ううん、何でもない」


 開店していないお店のガラスに映る篠塚の顔は、少しだけ不安そうであった。

 そう、過去の傷は癒える頃はない。お互いそれを理解している。


 それでも――

 俺はガラス越しに篠塚へ微笑みかけた。


「もう大丈夫……、とは言えないが……、俺は友達を裏切るなんてしないし、出来ない。……篠塚とならきっと――」


「あははっ、私は……、私も大丈夫なんて言えないけど、きっと、新庄となら大丈夫! だって――私達は目に見えないけど、きっと繋がっているから。――あれ? なんか、恥ずかしくなってきた!?」


「ああ、変な汗が出てくる」


 篠塚は不安そうな表情を吹き飛ばしながら言った。


「ね、ねえ、あっちにムッキーショップがあるから見てみよ! お外からでもぬいぐるみが見えるんだぞ!」


 そういえば篠塚の口調ずっと柔かいままである。

 俺はそれを無理に指摘せず、自然なままの篠塚と一緒に歩く。


「……ところで、あのネズミは何者なんだ? 妙に迫力があるし威圧感を感じてしまう……、ディスティニーには一匹しかいないんだろ? 中の人も大変そうだな」


 軽い足取りの篠塚は俺を睨みつけた。

 ――なんだか懐かしいな。つい最近の事なのに。


「ネズミじゃないって!! ムッキーはディスティニーの王様チンチラなの! ディスティニーは夢の国だからムッキーは実在しているの! 中に人なんて入ってないから!」


「あ、ああ、それはすまなかった。……よし、彼は……一匹しかいない特別な存在。なら、頑張って園内で見つけなきゃな」


「うん、分かればよろしい。ムッキーと写真とらなきゃ! あっ、そうだ……、ね、ねえ、せっかくだから、さ。い、一緒に写真……撮らない?」


 篠塚はムッキーショップを指差しながら俺に申し訳なさそうに言った。

 遠慮してしまう気持ちは非常に理解できる。

 ……大丈夫だ、そんな気持ちごと、俺が理解すればいいだけの話だ。


 思い出は心に残る。

 写真を見ると、その思い出が鮮明に蘇る。

 なら、撮らない理由はない。


「どっちのスマホで撮るか? 俺ので撮って後で送ろうか?」


「えっと……、せっかくだから両方で撮ろうよ!」


 篠塚はスマホを自撮りモードにして、俺の直ぐ隣に移動した。

 すごく距離が近かった。思わず身体がビクリとしてしまった。


「え、えっと……、自撮りは近くないと、と、撮れないの……」


「そ、そうなのか? なら、仕方ない」


「そ、そういうものなの。……わ、私も誰かと撮るの初めてだから……」


「お、俺だって初めてだ」


 篠塚から、いつも感じる優しい匂いが鼻に感じた。

 妙に緊張してきた。


 スマホに写っている俺たちは硬い顔をしている。

 それが妙におかしかった――


「ぷっ、篠塚の顔が……」

「ちょ、ちょっと、新庄の顔だって変だよ。……じゃ、じゃあ撮るね!」


 篠塚はシャッターを押した。

 そこに映し出された俺たちは――嬉しそうな笑顔であった。

 なんだか、後ろに写っているムッキーのぬいぐるみも笑っているような気がした。


 篠塚はスマホの写真を見て、優しく微笑む。


「……私達の初めての写真。思い出だね。――うん、今日は一杯写真撮ろうね!」


「お手柔らかにな」


 初めての自撮りが篠塚で良かった。

 その事を自然に思ってしまう自分が……悪い気がしなかった――





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