千獣の儀

 広い空間には、盗賊らが他の冒険者から奪った盗品や腐りかけの食料が置かれていた。土壁のせいか空間は湿気に満たされ、とても過ごしやすい環境には見えない。


「通常、こういったところは海による波食や風による風食など自然によって産み出されるものですが、ここはどうやら人の手によって作られたもののようです」


「あいつら盗賊が汗水垂らして作るとも思えない……ここは一体誰が何の目的で作った?」


「入り口の角張った石も、今にして思えば何か不自然です。ただの洞穴であればあのような人手のいる目印は不必要なはず。まるで形式ばった、何かをする場所のような────」


「おいアベル! こっち来てみろよ!」


 カインが指差していたものは、錆の入った、黒く、大人三人分の高さはあろう巨大な鉄扉であった。錆の茶色と黒さのせいで目立たなかったが、よく見てみれば異様な存在感を放つ扉である。その足元には、一体の白骨死体が扉に寄り掛かるようにして座っていた。茶色がかっており、苔まで生え始めている。その手元には、一冊の手記が残されていた。

 カインがそれを取り上げ、土を払った。手記を開くがさっさとアベルへと手渡した。


「どんなことが書かれてる?」


「『部族存続のため……愛する人……閉じ込める……許してほしい……贖罪……私はここで』とこれ以上は読み取れません。別のページは……『軍勢』や『悪しき者達』、読み取れるのはそれくらいです」


 カインは「答えはこの扉の奥にありそうだ」と扉を押してみるが開かない。扉に刻まれている文字が赤く光り始めた。扉の間には僅かな隙間はあるものの、覗きこんでみても何か光が見えるだけであった。軽く斧で叩いてみると音が響いて返ってきたため、何らかの部屋があることだけはわかった。


「扉のこの文字は、古代語のようです。扉を開けるカギかもしれません」


 アベルがその場で扉の古代語を解読し始めようとしたその時、爆発にも似た音が洞穴内へ響き渡った。アベルが固りつつ視線を音の方へ移動すると、カインが扉の横の土壁を斧で叩き壊していた。扉の真横に、代わりと言わんばかりに通路が開通されていた。長々とため息をつくアベルに、カインはガハハと短く笑って見せた。


「人生は短いからな、善は急げ、急がば回るな突き進め! ほら、進むぞー」


「はぁ。あなたのことは尊敬していますが、慎重さは身に着けていただきたいものです」


 カインが入った場所は、石造りの遺跡のような場所であった。中央に立つ石碑に埋め込まれた宝石から淡く光りが放たれており、視界の確保はできる仕組みになっているようであった。二人は中央の石碑に歩きだしたところで、足元に違和感を覚えた。


「カイン、これは……」


「いったいなんの儀式に使ったんだ」


 二人の足元には動物の骨が無数に散らばっていた。数えきれないほどのそれは、まばらに配置されていたがおよそ円形になっていた。そしてその中心にあったものは、唯一、人骨であった。その手には、カインのものと比較しても引けを取らない、大斧であった。その大斧も石碑と同様淡く光りを放っていた。

 中央に行き、アベルが石碑の文字を読み上げた。


「"千獣の儀"」

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