魔斧ドラード

 "千獣せんじゅうの儀"という言葉にアベルはまるで苦虫を噛み潰したような、渋い顔をして斧を持つ骸骨を見下ろした。「最悪だ」とこぼす。まるで嫌悪の対象を見るかのように、遺跡全体を改めて見回した。その横でカインは訝しげにアベルを見上げた。


「知っているのか?」


「過去に文献で、一部の部族で継承され続けていた秘術があると見たことがあります」


「……秘術ってことは、ロクな魔導じゃないってことだな」


「自分が使っている元素術は第一魔導。これは国からも認められている魔導です。媒介するものは杖。秘術は第二魔導。呪術や肉体変化などの変性的な魔導。違法ではありませんが、忌み嫌われている裏稼業の者が使用する魔導です。媒介するものは宝石」


 アベルは石碑に埋め込まれた宝石を睨みつけた。


「んで、それはどんな秘術なんだ?」


 暫し口をまごつかせたアベルだったが、やがて諦めたように口を開いた。


「生贄の儀です。生贄が記憶している全ての獣が数体ずつ具現化し、生贄へ食いかかる。その代わり、生贄はすべての獣を倒すことができれば、それらの魂を吸わせた自らの武器に、大きな力を付与することができる」


 カインが眉をひそめてから、「だが仮に全部倒せたんなら生贄にはならないんじゃないか」と問うと、アベルは短く首を振った。


「何百という獣を何十日もかけて殺し続け、正気を保てなくなった自分自身こそが最後の獣。この方の斧は既に魔斧と化しています。最期に自殺をして、立派に役目を果たしたのでしょう」


 遺跡をよく眺めてみると、獣との戦いの痕跡の他に、人の爪で引っ掻いたあとがいくつも残されていた。壮絶な儀式だったことがうかがえる。


「……ただ、斧はそのまま。必要なくなったか、使おうとしていた敵に部族自体が滅ぼされちまったか。なんというか、気の毒になるな」


「ええ、本当に」


 カインは人骨の頭部を持ち上げ、魔斧と共に小脇に抱えた。魔斧の柄には"ドラード"と乱暴に刻まれていた。何も道具を使わず、爪で刻まれたようなその名前が誰かはわからなかったが、カインはしっかりとその目に焼き付けた。

 「行くぞ、お宝はいただいた」とだけ告げたカインは、長居することもなく、その遺跡から出ていく。アベルは散らばる無数の骨に視線を落としながら、カインを追いかけた。

 帰り際、扉の前で座る骸骨の横に、千獣の儀で戦い抜いた勇士の頭部をそっと置いてやった。


「お前達を一緒にしてやる。その代わり、この魔斧は俺が使わせてもらう、悪く思うなよ」


「骸骨に話しかけるなんて、珍しいですね」


「こうでもしないと、俺の気が収まらないんだよ」


────グラントに帰る頃には夜になってしまっていた。

 西門の馬屋に馬を返しているところで、馴染みのある声が聞こえてきた。


「カインさんにアベルさん! 噂の遺跡には行ってこられたんですか!」


「よおホープ! ああ、行ってきた。ただ、遺跡があったなんてのは真っ赤な嘘。しかも、いたのは盗賊団だけときた。大損だ」


「あれ? てっきりそのいつもと違う斧がお宝なのかと」


「これも盗賊団を退治したついでにかっぱらってきたもんだ。なあアベル」


「ええ、難儀な洞穴があっただけでしたよ」


「それは残念でしたね。それでも、お二人が無事で何よりです。一杯奢りましょう、酒場に来ませんか?」


 カインとアベルは互いに見合い、にんまりしながら何度も頷いた。




 洞穴の入り口は潰されていた。もう誰にも荒らされず、安らかに眠れるようにと。

 冒険者カイン・リヴァー、生涯の愛武器である魔斧ドラード、最初の仕事であった。


第一章 【欺く冒険者と欺きの遺跡】終

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