西の森

────西の森。

 グラントより北西に位置するその森は木々の背が高く、広範囲に渡って自生しているため、森という名前だけで侮って足を踏み入れるべきではない。そこは樹海という表現が適切だからである。動物やモンスターが数多く住み着いており、街の人間は容易に近づくことができない場所だ。腕自慢の冒険者、訓練された首都の衛兵あたりになって、ようやくまともに歩けるだろう。


「今のこの森は穏やかになった。腕自慢の冒険者でなくとも死にはしないか」とアベルは呟いた。

 アベルは焚き火の灯りで、過去に書いた西の森についての自筆の手記の文章を自ら改訂していた。手記は革の装丁で包まれ、長旅でも保つような頑丈なものであった。


 森の中を暫し散策した二人だったが、遺跡の影も形もなかったために、ひとまず野営して朝を待ってから再開することとしていた。


「真面目だねぇアベルくん」


 カインは寝転がりながらアベルの様子を眺めていた。


「自分には、カインほどの怪力も経験もありません。せめて実直に、得た知識と経験を無駄にしないことに努めるだけです」


「傍から見ればお前のほうが経験ありげに見えるんだ。それで良いじゃねぇか」


「まだ酒場の人にガキ呼ばわりされたこと気にしてるんですか」


 カインは拗ねたように口を尖らせ、「んなことねえよ」と焚き火へ枝を放り込んだ。


「ま、肩の力は抜ける時に抜いとくんだな。メリハリだよ、メリハリ」


「それも、そうですね」


 アベルはゆっくりと手記を閉じた。森の中を、風が通り抜ける音だけが聞こえる。



 翌朝、二人が散策を続けていると、偶然か、遺跡の入り口のような場所を見つけ出した。角張った岩を積み上げて作られている入り口は、遺跡というよりは洞穴のような場所であったが、周囲にはここしかめぼしいところはない。


「ここかどうか判断つかないな」


「お世辞にも遺跡には見えないですが……」


「中を見てからだな、さっさとこの目で確認しちまおう」


 カインはそう言うとアベルの背中を小突き、洞穴の中に入っていった。アベルはふと背後に目をやるが、そこには鬱蒼とした森と、木に手綱を括り付けて待たせている馬だけがあった。

 アベルは腰の杖に手をかけ、カインの後を追った。


 薄暗い洞穴の中は肌寒く、土を掘り進めたようなもので遺跡には到底見えなかった。しかしながら、通路には一定間隔で松明が焚かれている。

 少し進むと、広い空間に出た。テーブルにイス、無数の樽や木箱。そこは明らかに何者かが居ついている形跡があった。


「ただの洞穴ってわけじゃなさそうだな」


「カイン、この場から離れましょう」


「────おおっとそうはいくか」


 洞穴の影から屈強な男達が姿を現した。更には、自分達が来たはずの道にも、男達が立っていた。二人は完全に囲まれた形となった。


「はめられたってわけか」

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