コウモリが運んだ子供達

花井樹理

第1話 始まり

 晩秋色の海に向かって大きな声で叫んだ。暖かい秋が続きテイシャツで過ごした日々が、1日で急に寒くなった。気候だけのせいじゃない寒さかもしれない。気まぐれな天候なみに、男たちは平気で嘘をついている動物なんだ。

 冬のコ一トに大きめで暖かそうなマフラー

を頭から被っても、何故か身体が震えた。純毛100パ一セントにも勝てないくらい傷ついた有希。

 人には2つの気持ちがある。相反して矛盾するが、誰もが普通にスル一している。同意する気持ちと反対する気持ち。喜ぶ気持ちと悲しむ気持ち、羨ましいお金持ちと蔑まされる貧乏。

 愛する気持ちと憎む気持ち。これだけは2つの気持ちとは、少し違う。愛するから憎むようになるプロセスだからだ。初めから愛さなければ、憎むこともない。愛されなければ、憎むことにもならない。

 アイツのほうが悪い。結果が悪ければ、全部アイツのほうが悪いと思わなければ、自分を責めることになる。

「翔のバカ〜」 

有希の声は、海風と波音でかき消された。全身から吐き出した声は枯れていた。それは寒さのせいかな、違うだろう。夏に終わった物語のショックが、まだ完結出来ないでいるからだ。誰もいない海に折れた心の叫びを嘆きに来ても、有希の足は止まったままだ。

 有希の声を描き消す波音と、その瞬時の静けさの間に広がる言葉。ただ誰も聞いている人がいない場所と言うだけで、有希は救われた。

「みいんな死んじゃえ一」声が出ないくらい喉が痛くなった。全ての気持ちや思い出を、海に棄てる。悔しさを吐き捨てた時から始まる復讐。

 砂浜を早足に歩いた。もう都内のマンションに帰らなければならない。鬼顔で待つハハとチチ。何度も聞かされた声が耳の奥から響いてくるようだ。「男は皆んな狼なのよ。狼と勝負できるのは賢い女だけ、ママみたく」「有希なんかには恋愛は無理よ。遊ばれてサヨナラされるだけだわ。もう腐ったケーキになったのだから、結婚相談所にでも入ればいいのよ」

 27歳は腐ったケーキ。24日に売れ残ったケーキは、翌日には半額になる。半額でも売れなければ、ケーキは腐る。半額以下にしてでも売却しなければ損失になる。食べられなくなったケーキには、何の価値もないからだ。

 女はケーキと同じ。24日のクリスマスイブに食べるケーキこそが、いちばん美味しいように例えられ続けていた。

 電車に自分の顔が映った。夜の車窓には、有希も認める腐ったケーキが浮かび上がっている。醜い姿だ。どうして女は年齢なのか、意味が分からない。男だって年齢でしょ。今の自分に40代の男なんか考えられない。世界の中で、日本は遅れている。歴史的にも慣習的にも常識的にも。

 男だって老いて行く。老いた男に魅力があるのか。お金が有っても高齢になれば、女同様にさげすまれているだろうか。ケーキに例えられたりは、していない。それだけは、ハッキリしている。間違っている日本を私が変えよう。

 明日からは別の有希に生まれ変わって、前だけを見て歩き始める。強力になった私を見るがいい 翔よ、ハハよ、チチよ。


第2話 状況と手段


 土曜日と日曜日は、家族3人とも仕事が休みになる。両親と一緒に結婚相談所探しに出かけた。表参道のビルに入った。

「こんな時にもついて来る親なんですよ。私はこういう親達と離れたいんです。北海道か沖縄にでも行きたいですよ。」

「こうやってアプリでお相手の男性が見られるようになっています。ご自分で希望を入れて探せるシステムなので、スマホから何時でも何処でも簡単に検索が出来て、自分の希望する男性を探せるんですね。会員登録が日本で1番ですし、20代なら必ず良い出会いに恵まれますよ。今は晩婚化していて、30代末に母親が慌てて入会させるなんて場合もあります。それでも見つかるんです。お嬢様ならお若くてかわいいですから、絶対に大丈夫です。ご安心してください」

「娘に合う年齢の沖縄の人とか、いらっしゃいますか」

カウンセリングの落ち着いた年齢の女性が検索を始めた。ハハは身を乗り出してスマホ画面上を見つめている。

「さすがに沖縄にはいらっしゃらないですけど、こういうふうな感じで、お相手を探します。私達の推薦する人もお探しします。コ一スがたくさん有りまして、どのコ一スに入会するかで内容も金額も異なりますが、まだ20代でいらっしゃるから、シンプルなコ一スで充分に対応可能かと思いますが」

どうせハハがお金を出す。チチは形だけの状態で来ているだけだ。初めて結婚相談所に行くなんて、どんな場所か分からなくて女だけで行くなんて不安じゃない。あなたの娘なんだから、あなたも一緒に来るべきでしょ。だいたいが無料で相手を探せるのが普通なのよ。あなた似の娘だから相手も探せなくて、お金がかかるのですよ。私に似てたら、男なんかすぐに探して来てるわ。全く小さな頃からお金がかかる子供よね。

 2人の会話が聞こえた。幼稚園から大学迄の一貫校だったから、異性に合う環境になかった。有希が選んだ過程ではない。母親が決めて父親が同意しただけの事だ。思考能力が幼いのは、年齢が違うからで、有希はこういう母親の気持ちが嫌いだった。

 幾つかの相談所を巡ったが、結局は初めに行った表参道の相談所に決めた。何でも最終的に決めるのはハハである。何処の相談所にするかどんな人に申し込むか、全てを自分で決める母親と母親の決定に従うだけの父親。母親は自分が出費することで、全権限を掌中に収めたと勘違いをしている。有希は入会するだけで全て解決するのだと、操り人形に徹して楽をしようと思った。

 心は別な場所に在る。両親と無駄な争いに、心を疲弊させている場合ではない。

 だから40代の女性が多く入会する、いちばん高いコ一スに入会した。お見合い時は、相手が支払うコ一スだ。何人と会ってもお金がかからない。ホテルにある店は、コ一ヒ一代と場所チャージで5千円は出る。2人分を支払うと1万円になる。男性は気軽な気持ちではお見合いに応じられないシステムになっていた。

 有希は相手の検索をして、一か月に30名迄は申し込める。相手からの申し込みは、人数制限がない。モデルみたいな魅力もないうえに会員全員の割合が6対4と、圧倒的に女性が多くて不利だ。男性から申し込まれる可能性は低い。結婚相談所はきっかけ作りに過ぎない。活動するのは自分自身。一般的に女はケチが多い。お見合いの度にお金を出すのを嫌うから、このコ一スはなかなかの人気らしい。

 男は女のプロフィールを適当にしか見ない。顔がいちばんで後は年齢だ。おんなも、

男の顔と年収位しか見ないから、どっちもどっちと言うべきか。相談所で結婚相手を探すのは、男女ともが我儘な性格なのだ。恋愛もできない人間だから自己中心的は当然のこと。どうでもよいがハハから出るお金だから高額な方が得だ。

 そんな感じで結婚相談所に入会した。


第3話 ブラックな仕事


 有希は地方公務員だ。月曜から金曜迄は仕事がある。土曜、日曜は休日だといっても、1日全部が自由になれる訳ではない。教材研究や学校では終わらない雑用に負われる。有能なら勤務時間内に終わると言わんばかりに、朝会では校長が「世の中がこういう時期で、仕事時間にはナ一バスになっています。勤務時間が過ぎたら早く帰るようにしてください」と繰り返し話す。個人情報の取り扱いが厳しく、保護者から教員に向けられる眼差しは冷たい。

 誰もが知る大手上場企業の広告会社の、女性社員が自殺した。25歳の若さだった。毎日の仕事時間は膨大で残業をせざるを得ない状況に追いこまれた。寝る間もなくこなさなければならない忙殺な仕事。几帳面で真面目な彼女は、自ら死を選んだ。女性が憧れるような綺麗な女性だった。テレビや新聞、SNS等マスコミが毎日のように取り上げて、過重労働が問題提起された。労働の長さで会社をブラックと呼ぶようになった。昔からその広告会社は、過重労働で有名だった。

 社員の7割は超有名大学出身で、残り3割は会社に仕事を依頼する社長の、息子や娘達なのだ。時間通りに帰社出来るのは、コネコネ入社の子供達。優秀な成績で入社した社員達に、いてもいなくても良い社員の仕事が上乗せされるから過重労働となる仕組みなのだ。会社設立時からの有名な話である。

 有希はその会社の内定を辞退して、地方公務員になった。親達から何度も聞かされていたから、地方公務員が第1希望の仕事だった。地方公務員にも種類がある。教育公務員、つまり教員だけはブラックだった。警視庁は同じブラックでも、残業手当が付くから純粋なブラックとは言えない。何時間仕事に費やしても給与に反映されない仕事が、ブラックなのだ。

「今月から30人、お見合いを申し込む人を検索して、申し込まないと」

ハハはディスクトップのパソコンに向かい、相手の希望を入力している。

「まるで自分の相手を探してるみたいに見えるね。凄い、真剣よね」

ハハは几帳面で真面目だから、何時でも目標を決めるとそれに向かって競走馬になる。だいたいでいいのに超思案中で、ウチの相手を探してるとは思えないくらいだ。パパとは恋愛結婚だと聞いてるけど、そんなに夢中に恋愛したなら、もっといい男性を探して欲しかったな。

「自分の恋愛が失敗したから、有希には素敵な相手を探してるんじゃない」

大きな声が邪魔をした。

 


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