第7話
『――。
タイムマシンは延べ五百年以上前から人類の間でロマンを持って長らく考察されてきた。かつては量子の泡から生まれるワームホールを広げる技法、宇宙ひもを利用したタイムマシンの技法が考察されてきたが、実用には至らなかった。
そんな中、民間企業が二百二十年前に発表した『タイムマシン計画』は革新的な印象を世間に与えた。民間企業は世界へ向けて、タイムマシンのマウス実験に成功した、と声明を出したのだ。当初世間であざ笑われたその技術が本物だと人類が知るのに、そう時間はかからなかった。
ただ、『タイムマシン計画』は難航を示した。時間旅行という人智を超えた技術は最早人を超えた神の領域の成せる業であり、それを犯すことが宗教における神への冒涜だとして二百年前に起きたテロ事件『一〇二九事件』は記憶に新しい。世界各地で起きたテロの被害者総数は未だ判明しきっていない。
人類はかつてより神秘主義に傾倒するきらいがあり、その上で神という偶像の象徴を崇めて、多くの過ちを犯してきた。西方諸国で起きた魔女裁判などが良い例である。それでもなお、人は偶像への敬いを止めることはしない。
そういった愚かな理由からテロが起きたことも事実だが、それ以外にもかの『タイムマシン計画』で生まれた批判的意見は多かった。
一番は無論、人権の侵害だった。タイムマシン実験は当時まだ人体に及ぼす影響が不明瞭だった。過去に飛び、果たしてその人は再び現代に舞い戻ってこれるのか。時空の狭間に取り残され、息絶えることはないのか。
北の国からの一方的な爆撃が発端となり起きた戦争により、人命優先とされた時代背景に逆行した行いだという痛烈な批判が後を絶たなかったのだ。
それから『タイムマシン計画』は民間企業の経営破綻も一因となり、一時はこの計画も凍結されたが、あの二百年前のロボット革命が口火となり復活を遂げた。
ロボットであればどれだけ過去に戻されても生還出来る。
ロボットであれば時空の狭間に取り残されても、殺人罪には問われない。
そういった理由から『タイムマシン計画』は一三十年前に本格的に再開され、九十年前にはついに人間への臨床実験を行うと発表がなされた。
かの実験は大衆に対して完全極秘体制で実施されることになった。結果は未だ報告されていない。ロボットによる実験では、事故の報告は一度もなかったが、恐らく人による実験は失敗に終わったのだろう。
一切の報道がされぬまま四十年が経った頃になると、誰もがそうだと疑わなくなっていた。
そして、『タイムマシン計画』は人による実験結果が公表されることなく、その後二台のロボットを時空旅行に送った後、完全凍結されて今に至る。
果たして人に対する臨床実験の結果はどうなったのか。未だ件の実験の全容は明かされていない。
今後、臨床実験の結果は公表される日が訪れるのか。いずれにせよ、我々が時空旅行を行う未来予想図が叶うビジョンが未だ不明瞭なことは、人類にとっては大きな損失であり、幸運なのかもしれない。
タイムマシン計画と衰退 A・RAY』
「百年前の文献ですね」
眠い目を擦っていると、マナが後ろから言った。へえ、これそんなに前の本なのか。
「凄い見やすいところに置いてあったから、思わず手に取ってしまった。そそられるタイトルだったし」
タイムマシン。この世界では実用出来るレベルまで発展していたのか。凄いなあ。
「世界初のAIロボットによる研究文献ですので、内容はいざ知らず、その文献は世界的に有名です。かつてはAIによる文章は情緒がないなど不適切な部分が多く、中々世間に受け入れられませんでしたが、この頃を境に評価されるようになりました」
「へえ」
用は、マンガが低俗な読み物だとか、ライトノベルが低俗な読み物だとか、そんな批判と一緒だな。
簡素な言葉を返して、俺は続けた。
「でも、何年前とかの書き方は駄目なんじゃないかな。年代で書いた方が後世まで理解しやすくないかな」
「そうですね。その点は批判的な意見も多かったですね。分かり辛い、と。ただ、AIはそういった失敗から学び、成長していきます。A・RAYの書いた以降の文献は、学会でも度々顔を出す程度には有名です」
失敗から学ぶ、か。人もその点は同じだが、ロボットの方がフィードバックの能力は高いのだろう。
「そりゃ良かった」
まあ、そのロボットが廃棄になるようなことがなかったのなら、それでいいか。
「それにしても……」
本を読むのに夢中になるあまり、すっかり忘れていた。
「マナお勧めの図書館は、随分と広いね。こりゃ、全部の本を読破するのは難しそうだ」
椅子に座り凝り固まった首の筋肉をほぐさずに顔を上げたら、ポキポキと音がなった。その音が遠くの壁に反響して、更に遠くまで響いていく。
たくさんの本棚から伝わる独特な本の匂いが鼻腔をくすぐった。
絨毯の床に体重をかけて、立ち上がった。
遠くまで見渡す限りにズラッと本棚が並んでいる。先は見通せそうもなかった。
「颯太は本を読むのが好きだったんですね」
マナは平坦に言った。
「そういうわけじゃないんだけどさ」
俺は苦笑した。
俺達は今日、二度目のデートという名目で居住区内にある最大の図書館に足を運んでいた。人類のエデンと呼ばれるこの居住区には、人間が楽しむためのたくさんの施設が揃っている。その中でもとりわけ楽しそうなスポットをマナからいくつか相談されたものの、俺は敢えて彼女の提案しなかった図書館を目的地に設定してもらっていた。
それは前回の手痛い失敗から起因している。遊園地なる甘美な響きに騙され、連れられた廃墟を思い出して、俺は図書館を選定したのだった。
元いた世界で聞いたことがあった。
人類が世界から衰退したら、人類の残した記録はどうなるのか。確か、電子データはすぐに破損すると言っていた。それに対して、本というのは当分は保存が効くそうだ。理由はどちらも良く覚えてはいない。
そういったわけで、どうせまともに機能しているかもわからない施設に行くくらいならば、と、図書館に来たわけなのだが、意外と暇を潰すのにはうってつけな施設だったようだ。すっかりこれがマナとのデートというのを忘れていたが、それを除けば大正解な選択だった気がする。
敷地面積は、初めマナが説明してくれたがすっかり忘れてしまった。ただ、蔵書数は覚えている。中々にインパクトが強かったから。確か、千万冊。
先の見えない本棚の数々に、それだけの人類の生きた証があるかと思うと、中々に感慨深いものがあった。
「颯太、何か読みたい本はありますか?」
マナは言った。
「そうだなあ」
俺は唸った。読みたい本、か。文学書とかマンガ、かな。思って、何も言わずに首を横に振った。
マナはそんな俺の様子に小首を傾げていた。
「この本みたいな研究文献は他にもあるのかい。それを読みたいな」
そうすれば、この世界のこととかもっと詳しく知れそうだし。俺は軽はずみに尋ねた。
「ありますが。颯太、先ほどその本を読む時うつらうつらしていましたよね」
「うぐ」
確かに、後一歩でうたた寝するところではあった。見られていたか。恥ずかしい一面を見られてしまったと思ったが、思えば最近夜寝る時にネズミから身を守ってもらうために、彼女に傍にいてもらっているし今更だな。
「大丈夫。お願い」
「本当に大丈夫ですか?」
「うん」
珍しく心配げだな。
「何がそんなに心配なんだい?」
「研究文献は、中にはショッキングな内容も含まれています。颯太は怖いことが苦手なので、少しだけ心配です」
「そ、そうかい」
あの遊園地での一件以降、いくら弁明しても、マナの中で俺は恐怖耐性がないお子様だった。心から心配してくれているからこそ、過干渉気味に言ってくれているのだろうが、少しだけその心配はお節介だと思った。だって俺、怖いもの苦手じゃないし。
「それでもお願いだよ。最悪そういうのは、手元にまで持ってきても見ないという選択肢もあるしね」
自称怖いものが苦手でない俺だが、彼女がここまで言うのであれば多少予防線を張っておこう。
「わかりました。では、なるべくそういう文献を持ってきます」
「ちょっと待った。俺も行くよ」
気付けば彼女を顎に使いそうになっていたようで、俺は慌てて立ち上がり本棚に向かおうとする彼女の手を掴んだ。
マナはこちらに向きなおして、小首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「ほら、俺最近運動不足だからさ」
少しばかりの付き合いながら、彼女が利他的であることは散々見てきて知っていた。恐らく、この世界のロボットは皆利他的だったのだろう。
だから、敢えて運動不足という大義を前置きして、俺は続けた。
「食っちゃ寝の生活を続けていたら、ブクブク太るだけだからさ。俺も行くよ」
「太ることはないですよ」
「何故?」
俺は目を丸くして答えた。
「運動不足であることは承知していました。なので、定食料理のカロリーコントロールは完璧です」
そうなの?
「いや、定食料理でそんなにカロリーコントロール出来るわけがないのでは?」
毎日、食べているものはほぼ一緒だし。
「いいえ、可能です」
「どうして」
「定食の主成分は空気と水ですので」
そういえばそんなこと言っていたな。
よくわからんが、そりゃあ便利だなあ。思わず感心してしまった。
「それでも行くよ。体が鈍るだろう」
「なるほど。でしたら今後は運動をする時間も設けましょうか。定食料理のカロリーは運動分増やせば問題ありませんし」
「確かに。そりゃあいい。それで、俺は誰と運動するの?」
「勿論、あたしです」
「えぇ……」
マナはロボットだし、つい先日人智を超えた脚力で競争に負けたばかりなのだが。
「無論、手加減はします」
「そりゃあどうも」
俺は一つ頭を下げていた。
「それでは、行きましょうか」
「運動に?」
俺の問いに、マナは小首を傾げた。どうやら間違っていたらしい。
「本、探しに行かないのですか?」
おっとそうだったな。すっかり忘れていた。
「ごめんごめん。行こうか」
苦笑して、俺達は読書スペースを出て、本棚の方へ歩いた。あれだけ騒いだが、この図書館の使用者が俺達だけだったから、俺達を咎める人は誰もいなかった。
マナに促されるまま、俺は先ほどのような研究文献が並んでいる本棚に足を運んだ。マナ曰く、この辺の書物は全てAIロボットが書いた文献だそうだ。なるほど。この分野でも人は、全てをロボットに任せきりになるようになったのか。
「『無限電力化の功績』。『電気式運動義手の構築』。『枯葉剤散布作戦の実用性』」
目に付いた本のタイトルを音読した。多分、最後のやつは読まないほうがいいやつだ。というか、どれも中々難しそうな話だな。タイトルだけでわかってしまった。
「どれにしますか?」
「そうだねえ」
マナの問いに言葉を濁しながら、俺は視線を移ろわせた。多分、ショッキングな内容関係なく、どれも俺の頭では理解することは出来ない文献だな、こりゃあ。
「あ、あっちの本はどんなのがあるの?」
「向こうは歴史系の本が並んでいますね。近代史です」
「おっ、いいね」
すっかりと研究文献への興味もなくして、俺はそちらの本棚の方に足を運んだ。マナは黙って俺に付いてきていた。
俺は本棚にたどり着くと、数冊の本のタイトルに目を通して、興味をそそられた数冊を本棚から引き出した。今日読みきれるのか不安はあるが、最悪持ち帰って読めばいいか。
腕に数札の本を抱えて、俺達は元いた読書スペースに戻った。
俺は本を開いた。背表紙からも察しがついていたが、こちらの本はお堅い研究文献とは違って読みやすそうだ。イラスト、大きな見出し、文章中に表れる年代には太字で強調するような工夫が施されていた。
「何だか教科書みたいだな」
「その出版社はこの居住区の学校の教科書を出版している会社でした。まあ、あたしがいた五十年前の話ですが」
「へえ、それが理由で教科書みたいな作りになっているわけか」
「恐らくは。一度だけその出版社を見学したことがありますが、その出版社のこの居住区での教科書シェアは八十パーセントを超えていると、担当ロボットが自慢げに話していたのを覚えています」
「よくそんな昔の話を覚えているねぇ」感心しながら俺は言った。
「当然です。あたしはロボットですので。一度聞いた話、見た光景を忘れることはありません」
「え、そうなの?」
そりゃ凄い。でも確かに、ロボットであれば人のように記憶が不鮮明になっていくなんて変な話だよな。
「そういえば、マナはどれくらい前に作られたの?」
「はい。今から三百七年前です」
「そんなに前なんだ」
大体俺の二十倍か。
ということは、彼女は三百年間で蓄積した記憶を全て覚えているということになる。そういえば、遊園地に連れて行ってもらった時も、彼女は伝聞した話をしてくれた。まるで見て来たように。実際に見て来たわけでもないのに、あれだけあの遊園地に詳しかったこと、語れたことは、彼女がロボットであったから、というわけか。腑に落ちた。
「あれ、待ってくれよ」
「はい。何でしょう」
「であれば、この世界の歴史を学びたいなら、図書館に足を運んでこんな本を読むよりも、君に聞いたほうが早かったんじゃなかろうか」
こんな本、とは出版社や著者に失礼だったと、言った後に少し後悔した。
「そうですね。歴史を知りたいのであれば、いつでもあたしが知っている情報を颯太にインプットすることは可能ですね。なるほど。颯太はそれが理由で図書館に足を運びたいと言ったのですね」
図書館に足を運んだ理由はそれ以外にもあったが、彼女がそれで腑に落ちたというならばとやかく言うのは野暮だと思ったので、それ以上の言葉は発さなかった。
代わりなのか何なのか、すっかりと俺の中に燻っていた読書をしたいという活力は消え失せていた。だって、彼女が知っていることを話してもらうだけで、俺の知りたそうなこの世界の情報は、探究心は満たされそうなのだもの。
手に持っていた本が急にズシリと重くなった気がした。最早この本に対する興味も消え失せて、俺は本を閉じて机に置いた。
「どうかしましたか?」
マナは言った。
「なんでもないよ」
どうもしていないこともないが、それを言うのは憚れた。自分が連れてきてもらったこの場所で、やりたいことが思いの他簡単に満たせそうだからやる気が失せただなんて、とてもじゃないがマナに悪くて言えそうもなかった。
俺は苦笑を見せて、しばらく図書館の天井を見ていた。マナはそんな俺の様子を無表情で眺めていた。
今日はもう戻ろうか。図書館に来てからどれくらいの時間が経ったかはわからなかったが、今の俺の気分は本を読みたい気分ではなくなっていた。それこそ、外で快活に体を動かす方が気晴らし出来そうだ。
そうだ。体を動かすか。マナもさっき、俺の健康不足を憂いて……いてくれていたかは知らないが、とにかく俺と運動することにやる気になっていた。善は急げと言うし、早速運動をするのもいいかもしれない。
そう思って、俺は椅子から立ち上がった。
「どうかしましたか?」
そんな俺を見て、マナは声をかけてきた。気付けば彼女は、すっかり俺への興味も失せていて、俺が持ってきていた本を読んでいたらしかった。本に落としていた視線を、俺へと向けていた。
一体俺はどれくらい天井を見ていたのだろうという疑問もそこそこに、俺はマナが本を読んでいた事実に目を丸くした。
「本、楽しいかい?」
俺は尋ねた。
どうしてマナが本を読んでいただけで驚いたのか。質問しながらそんな疑問にも駆られたが、その理由はすぐにわかった。彼女は、いつだって俺に対してのアウトプットばかりしている。勿論、見てきた光景、思ったことをインプットすることはしているのだろうが、こうして自発的に本を読み、情報をインプットしている光景は非常に珍しいように思えたのだ。
「わかりません」
マナは答えた。
「わからないか」
「はい。でも読みたいと思ったことは事実です。そうでなければ本を開くことはしなかったはずなので」
「そっか。どんなことに興味を持ったんだい」
「歴史とはロジックです。ここに年代と共に書かれた事件、争い、協定などは何かの理由があったからこそ起きたことなのです。それが何故起きたか。それを知ることは、とても興味深いのです」
平坦な口調で饒舌に語ったマナは、胸の辺りを押さえた。
「そしてたまに、丁度この辺りが高鳴るような感覚を覚えることがあります。どうしてそうなるのか。そのことも歴史と同じくらい興味深いと共に、もう一度その感覚を味わってみたいと思うことですね」
「そうかい」俺は苦笑して続けた。「多分それは、好奇心だね」
「好奇心、ですか」
「うん。興味深いと思ったり、難解そうなパズルが解けた時に胸が高鳴るような興奮を覚えること。それは好奇心であり、好奇心が満たされたことによって感じる喜びだよ」
「そうですか。好奇心、ですか」
思慮深い目でマナは本を眺めていた。
好奇心。
彼女が抱いたその感情は、彼女にとっても嬉しい感情であっただろう。でもそれと同じくらい、俺にとっても喜びを感じる出来事であった。彼女と出会ってまだ二週間ほど。彼女に人らしくなって欲しいと思ってからは、十日前後。たったそれだけしか経っていないのにも関わらず、どうやら彼女の胸中にも変化が現れたらしい。自発的に本を読もうと思う変化が現れたのだ。人らしい変化が起きたのだ。その事実が、俺にとっても嬉しくないはずがなかった。
俺はすっかりと外で遊ぶ気をなくしていた。高鳴る心臓を落ち着けながら、椅子に腰深く座りなおしてマナの方を見ていた。彼女人らしい部分をもっと引き出したい。そう思っていた。
「マナ、今君が読みたい本はないのかい」
「読みたい本、ですか?」
「そう」
俺は力強く頷いた。
「君が今興味深いと思っていたり、今後のために読みたいと思う本はないのかい」
先日までであれば、多分マナは俺がいくらこう聞いても、俺が何を読みたいとかを尋ねてきたはずだった。でもマナは、これまでとは違った態度を見せた。顎に手を乗せて、唸ったのだった。
しばらくして、
「恋愛小説が読みたいです」
マナは言った。
「恋愛小説、か」
思いの他コテコテな回答が来て、俺は苦笑していた。一応、彼女も女性ということなのだろうか。女性という生き物が恋愛という分野を好き好んでいることは知っていた。
「どうして読みたいと思ったの?」
「変でしたか?」
少しだけ不安げにマナが瞳を揺らしたように見えた。
「違う違う。興味があっただけだよ。そう、これは俺の好奇心だ。今一緒に暮らしている君が、一体どういうことに興味があるのか、知りたいだけなんだよ」
「そうですか」
慌てて取り繕うと、マナはすぐに納得したようだった。
良かった。下手に恥じらいとかを覚えて、以降俺に対して心を開いてくれなくなったりしたら叶わないからな。恋愛小説を読むことは恥ずかしいだなんて、変な先入観を彼女に抱かせなくて良かった。
ようし。こうなれば、どんな答えが来ても下手な態度を出さないようにしなければ。どんな理由であれ、これから来る回答は、マナが自発的に何かを思い行動を起こしたいと思った理由なのだから。否定だけはしてはいけない。
俺は唾を飲み込んだ。決意を固めたのだった。
マナは口を開いた。
「それは、人の心を知りたいからです」
「おおっ……!」
思わず感嘆してしまった。マナも、この数日で随分と思慮深くなったらしい。
感心する俺を他所に、マナは続けた。
「あたしは暗殺用ロボットです。これまでも何度も暗殺を行ってきましたが、人が何に興味を抱くか。何に心焦がれるかを知れれば、もっと敵国の人の心に取り入りやすくなれると思ったのです。暗殺への成功率がより上がれば、より人間のお役にたてると思いました。そのため、恋愛小説を読みたいと思いました」
「そっか。凄いね」
待ち望んだ答えは、俺が当初思い描いていたよりも血生臭い答えだった。目を細めて、俺は口早に答えた。
「褒めて頂き、ありがとうございます」
俺の平坦な返事を文字通りにお礼の言葉と受け取り、マナは椅子に座ったまま深く頭を下げた。
随分と人に近づいたと思ったが、これはやはりまだまだ時間がかかりそうだ。そう思った俺は、再び苦笑をしていた。
「とりあえず、恋愛小説のある棚にでも行こうか」
「はい。わかりました。大衆小説の棚は、向こうになります」
マナは椅子から軽く立ち上がって、遠くの棚を指差していた。たくさん立ち並ぶ棚を見ていると、マナが指差した先の棚がどこにあるのかを、俺はすぐに見失っていた。
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