寂しさが喉に詰まる。

エリー.ファー

寂しさが喉に詰まる。

 寂しさが喉に詰まる。

 もう二度と、私の体から取り除かれることはないだろう。

 余りにもそれが常識として私の中に住んでしまうものだから、私はそれを反逆であるとか、架空のものであるとか、処理するための術を持っていない。

 心の整理がつかないまま大人になって、午前二時十六分三十九秒。

 水を飲んで、ノートパソコンの前で一人後ろ向きに宣う時間が過ぎていく。

 秒針のとうとう、とした音がどうにも耳に残ってしまうのが恐くて、小説を書くことをやめられずに生きている。

 私は女性だ。

 男性ではない。

 延長にはいない。

 どこにもいない。

 行ける気がする。

 行けてしまう気がする。

 だから今が寂しい。

 思い出になる時間が来るのが寂しい。

 あと、一分だけ時間が過ぎて、あと一時間だけ時間が過ぎて、あと一日だけ時間が過ぎて、あと一週間だけ時間が過ぎて。

 私がいなくなる。

 新しい私になる。

 たぶん、その時には私は女性から男性に戻っている。

 嘘ではない。

 本当だ。

 男だと言わなくてもいいし、女だと言わなくてもいい姿になっている。

 ジェンダーにこだわりもなく、社会に批判をして疑問を投げかけるわけでもなく、私は私の知る私を誰よりも私らしく私として生きている。

 失うわけにはいかないと思っていたのに、今は失おうと思っても失えない。

 ずっと考えていたことも、いつの間にか結論が出て有耶無耶になり体の中に溶けてしまっている。

 分け隔てなく多くを蝕んでいった病は、きっとどこよりも平等で、社会というものに疑問を投げかけることができるくらいのエネルギーに満ちている。社会であるとか、政治であるとか、差別であるとか、そんなものを口から吐き出してやれ賛成だ反対だと叫ぶよりも、簡単に世界を見せてくれる。

 あんな単純で、あんな暴力的な方法で、表現されてしまった世界の姿を、私は女性という体で見つめている。

 フェミニズムのことも知らないままに、大きくなった私は、どこにもいられない。

 いられないから。

 気が付けば前に進んでしまう。

 成長したい、成長したい、そんな思いなど無駄だった。

 成長なんてしたくなくたって勝手に行われている。

 動きなんて勝手に発生している。

 行動も感情も、勝手に生まれて勝手に移り変わっていく。

 私は男性というものに強い憧れがあって、そこから自分を解き放とうとした。

 解き放つための手段を持っていたのは、ほかでもない私であり、それは性別によるものではなかった。

 私は世界を知っている。

 しかし。

 世界は私を知らない。

 世界はたぶん、誰も知らない。

 私たちだけが世界というものに心を与えて見ているのだ。

 余りにも矮小化されたものだから、逆に面白くて笑ってしまう。

 そうやって俗物的にしたものを、皆で仲良く分け合って楽しく生きることを否定する証拠を持っていない、自分のことを歯がゆく思う。そして、否定することが目的なのではなく、否定することができるだけの立場を持っていることが重要なのだと悟る。

 女の体に感謝する、午前八時十八分十八秒。

 その思いもきっとまた変わっていく、午後二時九分五十六秒。

 また時計を見つめてしまう。

 私か。

 私はもういなくなってしまうのか。

 そんな気がする。

 今を失ってしまう。

 未来がこちらの心とは無関係に迫って来る。

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