わたし、かぐや姫ともうしますっ!

ジリジリと地味にダメージを与えるような暑さが容赦なく降り注ぐ。

日が暮れる時間帯なのに、暑さのピークが弱まることはない。

竹林ちくりんの中なので多少は涼しくなるかと思うが全然ならない。


学校のジャージに軍手。農家の人がよく使う麦わら帽子。そして鎌。

俺はじーちゃんと一緒に手伝いで荒れ果てた竹林の手入れに駆り出された。

「ちょっと小遣い稼ぎにいい仕事があるから手伝え」と釣られてやってきた。


「くっそ暑い……」

首元に巻いている冷却タオルで汗を拭う。

今日この言葉を何回言ったことだろうか。

多分20回(当社比)言っていると思う。


竹林周辺は俺とじーちゃんしかいない。

ここは月岡つきおか家が長年管理しているエリアである。

春からゴールデンウィークの間になるとタケノコ狩りで又は七夕の日に短冊を飾る時用、正月に門松を飾る用に竹を切りにいくだけだ。

短冊用や門松用の竹は近隣の小学校や幼稚園や老人ホームなどに寄付している。

竹というのはすぐに成長してしまう上、場合によっては家の中まで竹が伸びました! なんてこともある。いわゆる竹害ちくがいというものだ。

最近台風が来たこともあり竹林は荒れていた。

竹がへし折れてるのがあちこちある。台風の激しさを物語っている。

台風明けなので余計暑さが増している。

「まじ暑い……しぬ」

俺はとうとう疲れがピークに達したので座り込んだ。

光崇てるたか! おめぇー、何サボっとる! これだから今のわけぇもんは……」と近くでじーちゃんが喝を入れる。

「そんなこと言われたって、あちーもんはあちーんだよ!」

俺はじーちゃんに負けじと言い返す。

本日の気温30度。日が暮れる前なのにだ。こまめに休憩とって水分を取らないと熱中症になってしまう。

朝の天気予報のニュースで「こまめに水分補給して休憩しましょう」とお天気アナウンサーのお姉さんが言っていた。

精神論じみたことを言っているじーちゃんも汗がダラダラで、疲れきっている。

孫の前なのか見栄張っている。

「……うん、俺も疲れたわ……。一回休もう」

じーちゃんは俺の横に来て腰を下ろした。

「孫の前だからついカッコつけたかった……」

「そういう問題か!」

それから俺は暑さで会話をする気力がなくなった。


「ここは昔ばーさんに結婚の約束をする時にきたんだ……丁度こんな時間帯だった。ばーさんは今でも十分べっぴんさんだが、あの時はもっと美しゅうていた」

じーちゃんの昔話を俺はちびちびとスポーツ用の水筒を飲みながら聞く。

「ばあさんは空から降ってきたんだ」

「はぁ!? 空から?」

じーちゃんとばーちゃんの馴れ初め話からいきなり出てきた単語に俺は調子外れの声をだした。俺の疲れがとんだ。

「そんな、漫画みたいなのが?」

「空からは嘘で、ここの竹に登っていてだな。そこから落ちてきたんだ。当時俺もばあさんも小学生ぐらいだったかな。こんな可愛い子が竹登りだよ」

と指さしたのは俺の後ろにある一本の竹。

おかっぱ頭で少しまん丸とした顔と体型でエクボが印象的だったと。

「ばあさんはべっぴんさんで今でこそ穏やかだが、昔はおてんば娘でな。子どもの頃は木登りや竹登りをしてた。」

「昔は庭師が隣町から定期的にうちに来ててだな。その庭師の娘がばあさんだったんだ。作業中暇だからばーさんはうちの竹林で遊んでた。ばあさんと出会ってからたまに遊ぶようになってな……気づいたら俺はばあさんのことが好きになっとった」

「でもばあさんが小学校卒業して家の都合で引越しになってだ、連絡先を教えてもらって手紙のやりとりをしてたんだ。俺が大学に入ってから、大学近くの定食屋で再会したんだよ」

「その間までほかの人を好きになったことはなかったの?」

「うん。ばーさんのことが忘れられなくてな」

ばーちゃんに対する好意が続くじーちゃんの気の長さに感心するばかりだ。

「ばーさんと結婚するときに向こうのお父さんに反対されたなぁ。ひいじいさんはばーさんを地元で有名な庭師の息子と結婚させようと考えてたんだ。ひいばあさんは俺とばーさんの結婚賛成してたけどな。ばーさんは庭師の息子の結婚の件で向こうお父さんにかなり怒ってな……。ひいじいさん、ショック受けて冷静になったんだろうな。それで俺がジャンピング土下座してやっと許してくれた」


そういうのもあってか、じーちゃんはばーちゃんのことをかなり大事にしていると。


「じーちゃん、体張ってばーちゃんとの許してもらったんだ……」

「そうだ。光崇も"自分が生涯大事にしたい女性”が見つかるといいなぁ」


それは多分無理です。やたら言い寄ってくる人はいるけど。めちゃくちゃ苦手なタイプです。

「今は焦らんでいい……じゃ、そろそろ暗くなるし帰ろうか……ん? あの竹なんか光ってないか?」


――じーちゃんがよっこらしょと立ち上がると、向かいに一本の竹が黄金おうごんに輝いていた。



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