#9 AM12:57 落窪総合病院
自分の人生を振り返った時、私のターニングポイントは、間違いなく両親の離婚だ。
弟は父親の元へ行った。私は、アルコール依存症の母親と共に暮らした。その結果、こんな生活をしている。
もはや、後悔すら生まれないくらいに慣れ切った現状だったが、これまで一切連絡を取っていなかった父親が、今どこで何をしているのだろうということが気になった。
様々なツテを用いて調べた結果、父は、病院のベッドから起き上がれないほどの重症患者だということを知った。
弟と連絡を取ると、彼は驚きながら、父について教えてくれた。その命が、今日明日かもしれないことも告げられた。
当然のことながら、父と会うことを弟は提案した。しかし、私は中々その踏ん切りがつかなかった。病床の父に、今の自分を見せることをためらった。
今晩、いよいよ父が危ないと、弟から電話があった。私は、これが最後のチャンスだと腹をくくり、父の入院する病院を訪ねた。
父は、私の記憶の中よりも、ずっと痩せていて、体も小さくなっていて、顔や手は皺だらけだった。同い年の男性よりも、ずっと老けて見える。
私に気付いた父は、苦しそうな顔をしながら、手を伸ばしてくれた。私は、一瞬躊躇したものの、その手を掴んだ。
父の手は温かった。生きているものの温もりだった。
「ま、ほ」
父の口が動き、呼吸器が白く曇った。音は聞こえない。でも、それが私の名前だと分かった瞬間、思い起こす風景があった。
父が、私に向かって手を振っている。その後ろには、真っ赤な太陽が沈み、父の姿は陰になっている。だが、父の朗らかに笑っている声が響いていた。私は、そちらに向かって、足がもつれそうになりながら必死に駆け寄った。
「お父さん……」
そう声に出した途端、ずっと前に忘れていた、もうすでに捨てていたと思っていた感情が溢れて、涙が一粒、零れ落ちた。
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