#8 PM10:44 カエデ公園前
バイト先のファミレスからの帰り道、何度目か分からない溜息をついた。
こんなに理不尽なことがあるんだなと、僕は先程の出来事を思い出す。
最初は、普通のお客さんに見えた。席に座って、中々注文しなかったけれど、それくらいは別に可笑しい点ではない。
一度、従業員を呼んで、後輩の女の子が対応した。期間限定のメニューは終わったのかと尋ねられて、それは昨日までだったんですと彼女は答えた。しかし、その人はそれで納得しなかった。
今夜、その料理を楽しみにしてきたんだから、あんまりじゃないかと難癖をつけられ、後輩の女の子から僕にバトンタッチした。
何度も、申し訳ありませんと謝っても、その人はグチグチ言ってくる。お詫びにクーポンを渡しますといっても飲み込んでもらえず、こんな店二度と来るかと吐き捨てて帰っていった。
運が悪いことに、今夜は店長も社員さんもいない日で、一番バイト歴の長い僕が頑張るしかなかった。それは仕方ないこととはいえ、誰か、隣にいてくれるだけでもどんなに心強かったのだろうか。
そのお客さんがいなくなった後に、みんながわっと集まって、大変でしたね、あんな客、こちらから願い下げですよと口々に言ってくれたけれど、僕は白々しいと思ってしまった。そんな自分の心の狭さにも、辟易してしまう。
僕らがバイトで培ってきた絆は、こんなものだったのかと、最高潮にネガティブになっているとき、通りかかった公園の中で、円を描くように立っている青年たちが見えた。
なんだろうと、失礼ながらもじろじろ見ていると、彼らの真ん中に、ブルブル震えている子がいるのに気がついた。思わず息を呑み、立ち止まってしまう。
どう見ても、彼らはその子を良からぬことをしようとしている。どうしたらいいのか分からずに、おろおろと狼狽えていた。
でも、悲しそうに訴えるその子の声を聞いたら、バイト先で理不尽な言いがかりをつけられている自分を思い出した。あの子も、誰にも助けてもらえずに、絶望している。
「ね、ねえ、君たち」
公園に入り、無理やりにも笑顔を作って、彼らに優しく話しかけてみた。
「ああ?」とこちらを見て凄んだ青年たちは、和解できるような雰囲気ではなく、僕は、駄目かもしれないと悟った。
△
公園の地面に、仰向けに倒れていると、黒一色の夜空がこちらに迫ってくるようだ。
体中を蹴られて、殴られて、ついでに財布の中身も盗られてしまったけれど、不思議と後悔はない。あの子が何もされずに逃げたので、満足していた。
ふと、足音が聞こえて、僕は寝そべったまま右手の方に顔を動かした。
そこには、あの子が戻ってきて、じっと僕を見つめていた。まさか、心配してくれるなんて、思ってもいなかった。
あの子は、僕の右手の指先を、そっと舐めてくれた。
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