#5 PM6:16 セントラル田宮・203号室


「綺麗だよ」


 その右耳にユリの花を挿しながら教えてあげると、彼女ははにかんだ。黄色いユリ、亜麻色に流れる髪、白い肌の調和が取れていて、まるで絵画のようだった。

 薄紅色の頬を指の腹で撫でながら、心から思う。彼女が何よりも美しい。


 例えば、このユリも、彼女が身に付ければ、ただの装飾品と成り下がってしまう。窪んだ形の町の底にあるこのアパートからは、斜面に沿って陳列する家々が灯り始めていたけれど、その光景も彼女には遠く及ばない。

 彼女に匹敵するほど美しいものと言えば、「愛」そのものではないか。様々な言葉で表現される「愛」だが、形を持つのなら、彼女の姿以外にはなれないだろう。


 黒のゴシックドレスの皺を整えて、その両手を膝の上に揃えてあげる。彼女の爪、一つ一つは桜貝のように艶やかで、ネイルやマニュキュアの類は必要ない。

 左の窓から差し込む夕日と共に、彼女の写真を撮る。暗くなっていく世界に座る彼女は物憂げで、儚さと威厳を讃える月の女王のようだった。


 嗚呼、何故これほど美しい彼女が、世間に認められないのだろうか。

 見開いた彼女のガラス玉の瞳に、自分の姿が映っている。まるで迷子のような、酷い表情をしていた。


 誰からも認めてくれなければ、いっそのこと、この手で彼女を壊してしまおうか……ぼんやりとした頭で、彼女の細い首へと、自分の手を伸ばした。

 その時、背後で携帯電話が鳴った。はっと我に返る。あまりの絶望感に、取り返しのつかないことをしでかすところだった。


 早鐘を打つ胸を押さえながら、後ろのテーブルに置いていた、携帯を手に取った。



























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