#4 AM12:10 バー「Singers」
組の金を盗んでから逃げ出してから、二年以上が経つ。自分や組と全く無関係の町に潜んで、人間らしさとは程遠い生活を過ごしている。
ほぼ一日中アパートの中で過ごし、外に出るのは最低限の買い出しのみ。せっかく大金が手元にあるのに、派手な動きを見せたら見つかるのではないかと、二の足を踏んでいる。
お陰様で、組にいた時よりも貧乏生活だ。あまりの皮肉さに、笑うことすらできない。
ただ、そんな俺にも、楽しみが一つできた。寂れたスナック街にある場末のバーで、酒を呑むことだった。
ジャズシンガーのレコードが流れ続けるカウンターで一人、グラスを傾ける。ここに来れるのは、十日に一回ほどでも心が安らいでしまう。
年老いたマスターの経営するこのバーの客は、いつも俺一人だが……ごくたまに、女が一人来る。
派手な金髪のその女は、この近くのホステスだった。バーのドアを開けた時は必ず顔を赤くしていて、スパンコール煌めく薄手のドレスを着ている。
最初に声をかけた時に、彼女の名前が「アユミ」ということを知った。
マスターによると、彼女は数年前からここに通っているという。道ですれ違う人にも警戒する俺だが、アユミは組とは無関係だろうと考えていた。
気を緩めると、この女のことを知りたくなってきた。アユミと鉢合わせした時は必ず話しかけるが、いくら回数を重ねようとも、そのガードが外れた瞬間は中々来ない。
「今日は大変だったの」
しかし、今夜は一味違っていた。
普段以上に顔の赤みが濃いアユミは、アルコールの匂いを絶えず漂わせている。とろんとしたその顔が、いつもよりも近いのも、勘違いなどではない。
こんなにおしゃべりなアユミは初めて見たというくらいに、彼女は客への愚痴を話し続けた。
完全に油断しているアユミに、これがチャンスではないかと、カウンター上のその手に自分の手を重ねる。アユミは、それを振り払うことなく、逆に熱っぽい視線で俺を見つめた。
「……出るか?」
耳元でささやくと、無言で頷いた。
数分後、俺たちは手を繋いで、バーから出ていた。この近くのホテルってどこだったけと考える暇も無く、アユミにバーのすぐ横の路地へと引っ張られていた。
バーの裏手へ回ると、アユミが俺にキスをした。一瞬、息ができなくなってしまい、驚く隙も無いままに、舌を挿入されていく。
この二年、禁欲生活のせいで飢えていた俺は、もちろんこれに応じた。舌を絡ませ合う。アユミを抱き寄せる。大きく開いたドレスから零れるような胸が、俺に当たる。熱い。体の芯が痺れるように熱い。
俺の額に、この熱とは正反対の、冷たい何かが当てられた。
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