第5話 お姉さん、反撃開始♡

ドキドキが止まるのに5分くらいはかかり、やっと落ち着いたところで、俺は考えた。

雪森雫さんかぁ、あんな美人がすぐ、隣にいるのか、、

無意識にニヤニヤしそうになり、いかんいかん、と思い、部屋の片付けに向かった。


何個もあるダンボールのうちの一つを開けた。中には白い板が何個も入っている。そう、これは本棚だ。オタクである俺は、漫画やラノベを本気で山ほど持っているし、持ってきたし、送ってもらった。

それらを読むのも大好きだが、それを本棚に並べるのも同じくらい大好きだ。学生時代では、恋愛も友情もなかったが、この漫画やラノベやアニメが俺を支えてくれた。時には泣き、笑い、感動し、勇気をももらった。

そんなもの達を手放せない思い、持ってきた。


「よーしっ、本棚作って、ポスターとかも飾って、これからも頑張って、楽しむぞー!」


憧れの日本での生活に気分が上がっていた。





だが、




「え?大塚くん、その仕事も持って帰ってやるの?それは来週でもいいのに、僕も手伝おうか?」

会社の先輩が俺に言ってきた。


「いえ、先輩、確か新婚でしたよね?先に帰ってあげてください。僕は家にいてもやる事ないですし」


「そう?こっち来てまだニ週間ちょっとなのに悪いね…でも無理はするなよ?体調にも気をつけてな」


「大丈夫ですよ、では僕はこれで。」

そう言って、俺は会社を出た。


飲み会へ行く人、家族の元へ帰る人、愛する人の元へ帰る人、さまざまな人が会社から出てくる。だが、俺みたいに自分一人が住んでる広い家へ戻る人はいないだろう。うちの会社は給料は結構いい、そのせいでほとんどが家族持ちだ。俺みたいな人珍しいと言われた。


最初はタクシーで帰っていたが、最近はもう電車でいいっかと思ったので、駅に向かい、電車に乗り、家へ向かっていた。

日本に来てから毎日、仕事ばかりしていた。別に押し付けられたわけではない、自分から進んで通常の倍の仕事を無理言って、やらせてもらっている。会社の人達は皆、無理するなと言うが、家ではする事がない。

確かに最初はアニメを見たり、ラノベを読んだり、アニメショップにも行って楽しかった。でもずっとそうしているとだんだん、目も疲れてしまうのであんまり長い間は出来ない。そんな時、仕事以外する事がなくなってしまった。


そんなこんなでマンションの前まで着いたら、


「よう、和樹くん!」

男らしい声でそんなのが聞こえた。


「鈴木さんですか、どうも」

左隣に住む、鈴木智さんだった。最初は大塚くんと呼んでいたがよく、帰りによく会うようになり和樹と呼ばれるようになった。

二人でマンションに入り、エレベーターに乗る。

乗ってからしばらくし、鈴木さんが聞いてきた。


「和樹、日本での生活は慣れていたか?会社でいじめられたりしてないか?」

よく、俺がいじめられたり、休み取れてるかばかり聞いてくる。


「別に大丈夫ですよ、相変わらず、街ではジロジロ見られて、気分が悪いですけど」


「そうか、でもまぁあ、」



ピン〜、とエレベーターが10階に着き、扉が開いた。

お互いに部屋へ向かいながら、鈴木さんは話を続けた。


「明日は土曜日だし、しっかり休めよ?」

と言ってたらもう部屋の前だ。鈴木さんは自分部屋のドアノブを握り、


「じゃ、お疲れ」


「お疲れ様です」

と俺が返し、鈴木さんはドアを開けた。


「あら、あなた、おかえり」

「パパ、おかえりなさい!」

「おう、二人ともただいま〜」


そんなのが聞こえて、鈴木さんのドアは閉まった。俺は廊下にしばらく、一人で立っていた。

日本に来たのが4月の初めで、もう、中旬だ。少しは暖かい季節にはずなのに寒く感じたので自分の部屋へ入ろうとして、俺は雪森さんの部屋を見た。

あれ以来、会ってない。鈴木さんの奥さんの言う通り、家での仕事だったらしい。


何にかを諦めるように、自分の部屋のドアを開けた。真っ暗で何も見えない、誰も出迎えてはくれない。

カナダではいつも誰かが「おかえり」って言ってくれ……ダメだ。そんな事を考えるな。今までもずっとずっと一人、孤独だった、でもそれを悲しいなんて思った事なんてなかったじゃないか。俺は大丈夫だ。俺は強い。


そう、自分に言い、俺は風呂に入り、カップ麺を食べながら仕事をした。



そして、朝になっていた。


「寝ちゃってたのか、俺」

立ち上がり、少し、水を飲み、俺はゴミ袋を手に持った。別に今日はゴミを出す日じゃない。だが、ゴミが溜まるのは嫌いなので、気になればすぐ出してしまう。


少し、めまいもしたがどうにか玄関まで行き、ドアを開けた。すると、


ガチャ、右隣から聞こえてきた。


「あれ、和樹くん?おはよう、朝からゴミ出しなんて偉いね」

雪森さんが同じく、ゴミ袋を持ちながらそう言ってきた。


「あ、雪森さん、おはようございます」

少し、びっくりしたが、今回は寝起きでめまいもするので以前ほど動揺はしてない。が、それでも綺麗だなぁ、雪森さん。以前は髪を下ろしていたが、今日はポニーテールだ。可愛い猫のイラストが載ってるシャツの上に暖かそうなカーディガンに黒のズボン。シンプルだが綺麗だし可愛い。


「うん、じゃ、行こう?」

雪森さんは当然のように言ってきた


「え、どこにですか?」


「どこって、ゴミ出し、一緒に行こう」


こうして、一緒に行く事になったが、流石に緊張する。確かにゴミ出しは同じ場所だけれども、


エレベーターに乗り、さらに距離が近くなっていい匂いもする。


「和樹くんっていつもカップ麺食べてるの?」

俺のゴミ袋を見て、雪森さんは言った。


「あ、はい、そうですね、手間もかかりませんし、」


「ダメだよ?ちゃんと食べなきゃ、自炊は?」


「出来るんですけど、自分のためだけに作るってなんかちょっと…」

そう、俺は料理はできる、だが、俺的には料理は人のために作る物だ。食べた人の笑顔が見たいから作る。自分で作って、一人で食べるご飯なんてうまくなんかない。


ピン〜、とエレベーターが着いたようだ、扉が開いて、出ようとしたら、






「じゃあ、お姉さんが今晩、和樹くんの家に行って作ってあげよっか?」

……

………

…………



「え?」


エレベーターの扉が閉まってしまった。




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