139話 宿星の下に集う

「ド、ドルムさん!?」


「お…お…」


 腹と背に深刻なダメージを負った盾術士スクードの魔人ドルムは、何があろうと手放さなかった大盾をガランと地に落とし、膝を突いた。ドルムの異常を見て慌てたのは弓術士アルクスの魔人エンリケ。魔人となってから静寂の狩人サイレントハンターのメンバーがこれほどのダメージを受けたのは初めてだったのだ。


 ドルム程の魔人なら、あらゆる傷を即座に回復してもおかしくは無い。だがドルムの身体は徐々に色を失い、消えつつあった。


「嘘だ嘘だ嘘だぁっ!! いかないでよドルムさんっ」


 異常を察知し、アッガスを追い詰めていた斧術士ハルマーの魔人ゴドルフも戦闘を止め、ドルムの側に駆けつける。


「っつ! これは…」

「ええ。核をやられてしまったようです」


 狼狽するゴドルフと、回復するはずの傷が回復しない現状を分析したソルムは、目を瞑って静かに弟の死を悟った。


「そう、か…ここだったか」

「………」


「どうして! どうしてそんなに落ち着いていられるのです! 仲間がやられたのですよ!? あんな奴らに! 僕らより弱いあんな奴らに!」


 エンリケが怒りの矛先を仲間にも向けようとしたその時、


「よせ…エン」


 消えつつあるドルムが辛うじて口を開いた。


「我らは冒険者たれと誓ったはず。死は、いつでも訪れる…敵を侮った俺の負けだ」

「だからってこんな所で! 僕たちはいつかSランクに―――」


 エンリケの言葉を遮りるようにドルムは笑みを浮かべ、三人に別れを告げる。


「兄者…ゴドルフ…エン……先に、逝く」


「…安らかに。弟よ」

「ああ、待ってろ」

「うわぁぁぁっ! ドルムさん!」


 魔人ドルムの消失を目の前で見たウォーレス。


 仲間の死を悲しむその姿は魔人とは言え、人の心の為せる業だろう。


「滑稽だな。貴様ら、これまでどれほどの人をあやめて来たのか、どれほどの不幸をまき散らしてきたのか分かっているのか」


「うるさいっ! お前なんかに何が分かる!」


 無口なウォーレスがこれほどの長文を話すのは珍しい事である。彼は彼でそれほど怒りが込み上げている証拠だろう。


 ウォーレスの言葉にエンリケは即座に反応し、その黒い眼、赤い瞳からは涙が流れていた。


 涙を流せる心があるなら、なぜお前たちはにいるのだっ! 


 ギリギリと歯噛みするウォーレスの腕には、気を失い、力無く抱えられているジャック。同じく足元には水輪を発動するため無防備になっていたフロールが、その隙を突かれてソルムの火魔法を叩き込まれて倒れていた。


「い…いたいよぉ…ヘルティ……」


「フロール!」


 ウォーレスはジャックを下ろし、辛うじて声を発したフロールを仰向けに寝かせた。そこへ敵を失い、戦闘を一時中断していたアッガスが大剣を支えにして戻ってくる。


「倒したのか」

「見ての通り、二人が戦力外となったがな」


 ふとウォーレスがアッガスの大剣クレイモアに視線をやる。


「…お主も、これまでか」


 大剣クレイモアは刃の中央から落雷の様なヒビが刻まれていた。ゴドルフの三日月斧バルディッシュによる重撃を受け続けた結果、剣が限界を迎えていたのだ。


「心鉄は生きているが、皮鉄はこのザマだ。だが剣がなくとも俺はやれる。久々だがぶん殴るのも悪くない」


 アッガスは剣闘士グラディエーターである。剣術の他にも武術の心得は当然あるのだが、やはり武闘士ファイターとしての実力は一枚も二枚もウォーレスの方が上。大幅な戦力ダウンは避けられない。しかも武器を持つ一流の相手と戦うとなると、相当な修練が必要となる。


「俺が斧術士ハルマーとやろう」

「ならば俺は魔導師マギア弓術士アルクスの顔面をへこませてやる」


 ウォーレスは戦う相手の変更を申し出、アッガスは折れかけの大剣クレイモアを地に突き刺し、異を唱えることなくそう言って口角を上げ、ニヤリと笑った。


 最大強化で戦い続け、二人共すでに魔力は尽きかけている。そんな中でも悲観する事なく、まるでここからが本番だと言わんばかりに二人は拳を突き合わせた。


 涙を袖でグイッと拭い、これまでにない怒りの表情で冒険者達を睨みつけているエンリケ。三日月斧バルディッシュを再度構え、凄まじい強化魔法を全身にたぎらせるゴドルフ。静かに魔法杖ワンドに魔力を収束させるソルム。


 圧倒的な魔人達の威圧に、アッガスとウォーレスの二人が拳を握り締めながら最期を悟りかけたその時、


 黒髪の青年が、相対する彼らの間隙かんげきにふわりと降り立った。


 ◇


 俺が駆け付けた時は既に二人、ローブを着た魔法師らしき女性と獣人の戦士が倒れていた。魔力反応は四人共ギリギリと言ったところか。獣人の戦士に関しては大きなダメージは無いものの魔力を使い切っており、体力も果てて倒れたのだろう。マズいのは魔法師の女性。早く治療せねば、このままでは死は免れないダメージを負ってしまっている。


 当初感じていた魔人の魔力反応は四体だったが、こちらは一人減っている。彼らが倒したとみて間違いない。


 降り立つ直前に戦況の分析を簡単に行い、今にも衝突しそうな彼らの間に割って入った。



 トンッ――――



「ふぅ…中空を行くのは鳥の仕事だな。やはり人は地面あってこそだ」


 アイレに『まだまだねぇ』と言われた残響ざんきょうが未だ聞こえた気がして、中空での動きがつたなかった事の負け惜しみを呟いた。


 さておき辺りを一瞥いちべつすると、気合十分に熱量を発している二人の冒険者は何も言わずこちらを凝視していた。さすがこの場に立っているだけの事はあるようだ。突然の来訪者にも慌てることなく、頭を巡らせている様子がありありと伺えた。


 突然空から舞い降りた黒髪の少年に、アッガスとウォーレスの二人は言葉を失い、三人の魔人は最大の警戒を払う。最初に言葉を発したのはアッガスである。


「冒険者か」

「はい。助勢に参りました」


「わざわざ死にに来たのか! どっかいけ!」


 増援が面白くないのだろう。魔人の一人が、会話を遮るように魔法を連射する。


 シュバババババッ!


 後ろから放たれた魔力反応は全部で六。頭、胴、脚に向けて放たれたそれは、細長い矢のような形をしているようだ。だがそれが何であれ、俺に背後からの稚拙ちせつな攻撃は通用しない。敵には悪いが、この攻撃も魔力の収束から分裂、発動に至るまですべてえていた。


 横に広げず、縦に撃ち込んでくるなんぞ愚の骨頂。それではオプトさんに鼻で笑われるぞ?


 命中の直前にくるりと身をひるがえし、六本全てを難なく回避。冒険者達も矢の存在には気付いているのだろう。俺が一見何もないタイミングで回った事を意に介する様子は無い。


「これをそちらの方に。獣人の方にはこの丸薬を。共にエーデルタクトの薬です」


 収納魔法スクエアガーデンからアイレに分けてもらった傷薬と、体力回復と気付けの効果があるという丸薬を二人の冒険者に渡す。ドッキアで取り揃えておいた各種薬を見たアイレが、『その薬効くのおっそい』と無礼な事を言い、道中強引に手渡してきたものだ。


 あやつは一度、薬師くすしに怒られればいい。そうまで言ったからにはよほど効果のある薬なのだろうと想像し、さっそく使わせてもらう事にした。


 この様子に怒り心頭なのがエンリケ。自慢の見えざる矢をあっさりと躱され、今も相手にされることなく倒した敵を治療されようとしているのだ。さすがにプライドが許さない。


 怒れる魔人が一人、さらに警戒心を強めた残りの二人が攻撃に移る構えを見せたのを察知し、魔人達へまだ時ではない事を強めに主張した。


「―――竜の威圧少し待ってろ


 ビリビリビリビリビリ!


「っつ!」

「ほぅ」

「……」


 さすがに怖気づいてはくれなかったが、多少感じるものはあったようで、前のめりになっていた三人は元の態勢に戻ってくれたようだ。


 傷薬を受け取ったアッガスはフロールへ、丸薬を受け取ったウォーレスはジャックの元へ駆け寄り、それぞれ処置を施す。


 ジンの威圧に感心したゴドルフはニヤリと笑い、ソルムはここは大人しく言う事を聞いてやると言わんばかりに、魔力の収束に専念した。そんな二人に挟まれたエンリケは、さすがに二人の意思を無下に出来ないとプルプルと震えながら我慢している。


 少しして処置を施されたフロールとジャックが早々に回復の気配を見せた事に、アッガスとウォーレスはエーデルタクトの薬の効果に驚いた。


 ちなみに俺も驚いた。風人エルフの薬、効きすぎだろ。


 そして、早くも二人は黒髪の少年の正体に行きついた。


「さっきの身のこなしと収納魔法スクエアガーデン風人エルフの薬に今の殺気。お前さん」

王竜殺しドラゴンキラーだな」


 突然治療に当たっていた二人に呼ばれたくない名を呼ばれ、肩をすくめた。分かりやすい二つ名は広まりやすいものだと溜息をつくが、よくよく考えるとそれがたる所以かと、一人納得する。


「その大仰おおぎょうな呼び名はご容赦を。私はジン。あなた方は『鉄の大牙アイゼンタスク』のお歴々れきれきで?」


 かたわらにひび割れた大剣クレイモアが突き刺さっているのを見て、俺は僅かなアテを頼りにその心当たりを口にした。


「俺はアッガス。そこのリーダーだ。魔法師は喚水の冠帯アクルトクラウンリーダーのフロール。次いで犀の獣人ジャック」


破砕の拳クラッシャーリーダー、ウォーレス」


 次々に告げられるネームドパーティーの名にたじろぐ。Aランクの冒険者の中でも上位に位置するのがネームドなので、俺の助勢はプライドを傷付けるのではないかと少々気掛かりだ。


「ネームドのリーダーが勢ぞろいとは…恐縮ですが、皆さんが回復するまで私に時間稼ぎをさせて頂けませぬか」


 俺のこの言葉に、アッガスさんとウォーレスさんがふっと笑う。


「ジン、と言ったな。まだ気合だけはあるが、ウォーレスはともかく、俺は剣士として既に負けてる。たまたま死んで無いだけだ。遠慮なく


「ドラ…いや、ジン。お主の顔は時間稼ぎとは言っていない」


 アッガスさんは標的の横取りには当たらないと言い、ウォーレスさんは俺の緩んだ口元を見て全てを察してくれた。


「お主の戦い、見せてくれ」


 なんせ、ネームドパーティーのリーダーが勢ぞろいして苦戦する相手だ。これほどの相手と手合わせできる機会など滅多にあるものではない。魔物や魔獣とはまた違った緊張感に、無意識に笑みがこぼれていたのだろう。


 魔人に向き直った俺を見て、アッガスさんは片膝を立ててドンッと座り、ウォーレスさんもして黙思もくしに入ったようだ。さらに、復調したジャックさんも『一人でやるのか』と驚いた様子で声を上げ、仰向けに倒れたまま、逆さにこちらを見ていたフロールさんも、


「助けられて何だけど、王竜殺しあなたもやっぱり馬鹿なのね」


 と、かすれた声で応援してくれた。


「ありがたく」


 すでにアイレも戦闘に入っているし、コハクは…魔人のいる方向に近づいているが、無闇に見知らぬ者に近づく子ではないはずだ。今は心にかず、全力で魔人をほふることに専念せねば。


「お待たせした。びとして、全力をもってお相手つかまつる」


 相対する『強者』の認識と、『全力』という自らの言葉。


 その時、前世の扉がまた開く。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る