135話 前門の虎 後門の狼
「という事で、ジンは私の息子同然なのですよ」
(…言えないっ! まさかあの軍神が一人の少年に
――そっか 頑張ったね ジンもきっと褒めてくれるよ―――
「どんだけジンの事好きなのっ!? 怖いよコーデリア!」
「お、お母様。少々はしたないかと…」
「……。(正に、狂気)」
《 それでジンの匂いがしたのかぁ 》
だが、アイレとアリアのブレーキとブレイアムの無言の視線にコーデリアが臆する事は無い。むしろかかって来いと言わんばかりである。
「ふっ、ここは屋敷ではありません。
「はぁ…とにかく」
――え 全然頑張ってない?――
とアイレは続け、
「ジンはもっとヤバイやつらの所へ行ったわ。多分二人がここに居る事も知らないんじゃないかな」
「ならば…致し方ありませんね。あの四人は強大ですが、あの子とフロール達なら何とかするでしょう」
「ジン様…どうかご無事で…」
――
「レイムヘイト様の先程のご様子だと、てっきりご加勢に行かれるものだと」
ブレイアムの当然のジャブにコーデリアは内心
「それでは私があの子に会いに行ったみたいになるではありませんか」
「……何か問題でも?」
「別れ際に『会いに来なさい』と言っているのです。ジンにはジンのタイミングというものがありますし、私からそれを違えることは出来ません」
「さような約束を。出過ぎた発言でした」
「いいえ、気にしないで」
――こっちだよ 感じる? 持てないなら何かに乗せれば?――
コーデリアはふいっと横を向いて何事も無かったかのように振舞っているが、先程から足のつま先がタンタンと地面を鳴らしている。
(これは律儀…と言うより意地を張っているだけなのでは? いや、レイムヘイト様に限ってそのような浅はかな…しかしジン殿は冒険者で今行かずして次いつ会えるかも…う~ん…)
その通りである。今すぐ会いたいという欲求に何とか打ち勝ってしまったコーデリアは、後ほどこの
――吹雪を思い出せば 誰も君に悪いこと出来ないよ――
一方のアイレも
(あっれー? 人間の貴族って確か平民を見下してるんじゃなかったけ? ジンって平民って言ってたよね。コーデリア達は貴族だし、アリアは突き抜けて様付けだし…私の勘違いだったのかなぁ)
アイレは『むむむ』と考え込むが、理解するにはコーデリアとジンの母であるジェシカの話まで知らなければ到底答えにたどり着く事は出来ない。
「まぁ、仲いいならどうでもいっか!」
と思考を放棄したところで、今度はアリアが口を開いた。
――そのまままっすぐおいで――
「あの…アイレさん」
「ん?」
「その、頭の…」
アリアは恥ずかしそうに、アイレの頭の上で丸くなっているマーナに目線をやる。ブレイアムも先程から気になっていたと言い、アイレはこの子はジンの連れでこの旅を一緒にしている事を伝えると、展開を先読みしたマーナは言われる前にキラキラと目を輝かせたアリアの胸に飛び込んだ。
「ふふっ、さすがマーナね」
『ぉん(
「か、可愛すぎます…マーナさんと仰るのですね。私はアリア。よろしくお願いします」
『くるるる(この子もジンの匂いが…く、苦しいよぉ)』
ぬいぐるみでも抱くかのようにマーナを
――心配いらないよ すぐに戻ってくるよ――
「ゴ、ゴホン。アリアそろそろ私にも―――」
とブレイアムが次は自分がマーナを抱く番だと冷静に主張しようとしたその時、
「あっ…ところでアイレさん。もう一人、白い服を着た方はどちらへ?」
何気なくアリアがマーナを抱きしめながら聞くと、すぐさまアイレの表情と呼吸が停止。直後に絶叫した。
「あ゛ぁーっ! コハクっ!! しまった!!! 私ったらなにまったりしてるの!?」
『くぅ~ん(全く…こっちの気苦労も知ってほしいね)』
「まだどなたか来ているのですか?」
コーデリアはニーナと戦っていたので、三人と一匹の登場は知らない。だがブレイアムもはっとしたようにアリアに追随した。
「そういえば小さな女の子が居ましたね」
「はい。私も今思い出して…」
ブレイアムとアリアは仕方ないにしても私は忘れちゃダメでしょーが!
と、アイレが頭を抱えてマーナに助けを求めた。
「マーナ! コハクどこいる!? 一応離れたところに着地させたけど、あの子絶対じっとしてないわ!」
『わふぅ(そろそろここに来るよ)』
「だーっ! 私マーナの声聞こえないんだった!」
突然マーナに話しかけたと思ったら、訳の分からない一人芝居を始めたアイレに一同沈黙。
だが、沈黙も束の間。
慌ててコハクを探しに行こうと風を纏ったアイレだが、突如後方に待機していた軍が真っ二つに割れ、兵達が胸に手を当てて道を開け始めた。
何事かと四人がその方向に目をやると、
カランコロン カランコロン
「さ、さぶっ! っ…まさか!」
静まり返った軍後方に、凄まじい冷気と共に鈴の音と下駄の鳴る音がし、道の中央から真っ白な少女が姿を現した。
おずおずとこちらへ向かって来るその姿は
《 おかえりー 》
「おおかみさん おねえちゃん みつけた」
リンリンと鈴が鳴る。
「こ、この冷気は…氷魔法!?」
「あの子が発しているのでしょうか」
「あの…何か引きずっておられませんか?」
敵ではなさそうだが、突然現れた冷気の主に三人は警戒の色を出し、それを感じたアイレはすぐさまフォローに回った。
「あの子は
驚く三人を尻目に名を呼びながらコハクの元へ駆け寄ろうとするアイレだが、寒さを防ぐための風纏いが強くなっていくばかりで、なかなかコハクに近づけずにいる。
「わるいひと いない」
《 今のところ居ないねー。それよりも早くその人達ここにいる人に渡した方がいいね 》
「……。(コクリ)」
コハクは身に纏っていた強烈な冷気を解除するや、下駄を鳴らしてマーナとアイレの元へ駆け寄った。『世話が焼けるなぁ』と心の中で呟きながら、マーナはアリアの腕を離れ、コハクの元へ飛んでいく。
「ああ…私の番…」
「あらあら、それどころでは無いでしょう?」
マーナを抱けずに嘆くブレイアムに、コーデリアがニヤリと笑みを浮かべた。
(くうっ! さっきの説教の仕返しですか!? やっぱりこのお方は思ってた様な方じゃない!)
ブレイアムはコーデリアが世間の印象からかけ離れた人物である事を確信した。この日以降、彼女の軍神に対する当りは一層強くなるのである。
冷気を解き放ったコハクの元に駆け寄ったアイレは、その後ろに横たわる複数の人の姿を見て大いに驚いた。
「わぁっ! この人達は!? と、とにかくブレイアム、アリア! 早く診てあげてっ!」
呼ばれて急ぎ駆け寄ったブレイアムとアリアは背筋が凍る。
「こ、これはっ! 酷いダメージです! アリアっ、すぐに治療に入りますよ!」
「はっ!」
コハクの後ろに横たわっていたのは九人の冒険者達。皆一目見るなり重傷であると判断され、回復部隊員の中でも
「ねぇコハク。一体何があったの?」
見守る事しか出来ないアイレはコハクを抱きかかえながら、氷の板に乗せられた冒険者達の事を聞く。
「おねがい」
「…ヤバイ。ぜんっぜんわかんない」
『くぅーん(ジンがいないと説明のしようがないなぁ)』
若干シュンとした雰囲気を醸し出したコハクに即座に気付いて、アイレは何とかフォローを入れる。
「あっ! でも、おねがいされたって事は分かったわ! 誰かが目を覚ませば事情が分かるはず!」
リンと鈴を鳴らし、コハクは小さく頷いた。
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