136話 あるまじき者

 時は少し遡り、アイレがコーデリアに風人エルフの秘薬を飲ませていた頃。


 前線左方ではジオルディーネ王国騎士団四番隊長のウルメン、同五番隊長のヨーンオロフ、元Bランク冒険者ラドミラの三体の魔人を相手取り、同じく三人の冒険者が未だ立ちはだかっていた。


「おらーっ、食らうっす! 師匠直伝っ!」

「おっ、何すんだい?」


 ヒュバッ!


 破砕の拳クラッシャーウォーレスの一番弟子リブシェは、迎え撃った槍術士ランサーで魔人ヨーンオロフの持つ槍の刺突を頬にかすらせながらも、ギリギリのところで回避し懐に入る。


 両手を重ねて地を踏み抜き、必殺の一撃を放った。


「―――三合掌さんごうしょう!!」


 ズドン!


「ごはぁっ!」


「弟の分だぁっ!」


 腕がちょうど伸び切ったタイミングで地面と一直線に繋がる関節を全て固定し、地面を踏み抜いた力を直接相手に通す技である。


 見た目は掌底しょうていだが、その威力は地を蹴る力と両掌りょうてのひらを突きだす腕の力が連結した非常に強力な固有技スキルである。当然そこに強化魔法が加わるので、さしもの魔人と言えどもダメージは免れない。


 ビキビキッ!


「くぅっ…」


 魔人にやられ後ろで伏せっている、同じ破砕の拳クラッシャーのメンバーである弟の分の想いを乗せて放った一撃。だがその代償は大きく、踏み抜く力を増すために強化を掛けた脚以外の部位が悲鳴を上げた。


「大丈夫かリブちゃん!?」

「だ、大丈夫っす…強化不足でひじと手首が逝っただけっす…」


 スキルを放ったリブシェの元に鉄の大牙アイゼンタスクのハイクが駆け寄る。そこへ、残る二人の魔人ウルメンと魔人ラドミラの魔法が容赦なく放たれた。


「―――木鞭魔法アルボ・ウィップ

「―――大風突魔法ノーブル・シューター!」


 長く伸びたうごめく複数の木の枝に、逆流する強力な風の力がまとわり、単体では無しえない威力となった魔法が二人に襲い掛かる。


「ハイク! リブシェ! 避けろっ! ―――地壁魔法グランドウォール!」


 ゴガァァン!


「ぐっ!」

「ああっ!」


 致命傷となる木と風の融合魔法は、鉄の大牙アイゼンタスクのグレオールが命中の一歩手前で発動した土壁によりその威力を低減されるが、ハイクとリブシェは鞭木むちきに打ち付けられ、逆流する風の力に身体をズタズタに引き裂かれた。


「よきかなよきかな。ああ…この大いなる力こそわれが求めたものなり」


 長い髭を蓄えたローブ姿の魔人ウルメンが、自身の木属性魔法に酔いしれる。彼は魔人となってからと言うもの、王城守護の任に就いていたので実戦で魔法を使ったのはこの戦場に来て初めての事だった。


 彼はこれまでその場にある木の枝を動かし、敵を翻弄する程度の使い手だったのが魔人となってからは一変。何も無い地面から木を生やし、形態や硬度まで自由自在に操る使い手までになっていた。


「気持ち悪いわ。四番」


 冷めた目でウルメンを見ているのが魔人ラドミラ。彼女はジオルディーネ王国内にあったギルドに所属する冒険者だったが、B級でくすぶり続けた結果、ジオルディーネ王の『強大な力』を与えるという公布に参画し、魔人となって王国騎士団と共に冒険者ギルドを襲いまくった張本人だった。


「四番ではなーい! 偉大なる魔法師ウルメンなり。そなたも今日会ったばかりだが、やはり我との相性はよきようなり。我の妻となる事を許すなり」


「消すわよ。色ボケジジイ」


 年齢を顧みず尊大に振舞うウルメンにラドミラは最大級の嫌悪を示すが、実際、二人の魔法の相性は良すぎる程によかった。当初九人で魔人ベルダインを含めた四人の魔人を迎え撃った冒険者達は、次々とウルメンとラドミラの放つ融合魔法の餌食となっていった。


「ジジイではなーい! 我はまだまだ現役なり」

「次『なり』って言ったら本当に消すから」

「わがままな娘な…」


 キッ


「…ことだ」


「漫才やってんじゃねーよ」


 破れたスケイルアーマーを脱ぎ捨て、上半身肌着姿のヨーンオロフが肩を回しながらウルメンとラドミラの元へ戻ってくる。その肌着も腹の部分は破れており、既に服の機能は果たしていない。


「なんだ、生きてたの」

「ったりめーだ。勝手に殺すなB級が」

「ヨーンは我も認めた強靭な肉体の持ち主なり。…あ」


 ラドミラにとって『B級』という単語も禁句である。


「わかった。あんた達から消したげる」


 戻るなり、突然喧嘩を始めた三人の魔人。


 だが、あっさりと立ち上がって槍を持つヨーンオロフを見て、固有技スキルの反動と融合魔法のダメージで動けないリブシェは絶望した。


「そ、そんな…師匠の必殺技だったのにっ…」


 同様にダメージを受け魔人の喧嘩を膝を突いて見ているハイクと、二人を守るように前に立つグレオールも、リブシェの会心の一撃をまともに食らったにも関わらず全くダメージの見えないヨーンオロフの様子を見て、勝ちの目が見えなくなっていた。


「せめてヘルちゃんがいれば」

「よしなさいハイク。ヘルティ倒れた者を当てにしてもどうしようもありません」

「…すまん。でも、生き残ってもあとで水の魔女に殺されるな、俺ら」

「魔人なんかに殺されるより百倍マシっす!」


 ヘルティは喚水の冠帯アクルトクラウンのメンバーで治癒術師ヒーラーである。彼女はハイク、グレオール、リブシェ、ヘルティの四人となった段階でベルダインの剣が届いてしまい、他の五人と共に倒れてしまった。


 喚水の冠帯アクルトクラウンリーダーのフロールとは親友であり、対魔人戦に突入する前に冒険者達はフロールから絶対にヘルティを守ってと頼まれていたのだ。フロールの私情はさておき、戦術的にも治癒術師ヒーラーがいると圧倒的に有利になるので誰も異を唱えるはずも無く、むしろ自分の為に治癒術師ヒーラーを優先して守るのが冒険者である。


「いやいや、B級! 冗談だっての! 本気の風魔法は止めろ!」

「ラドミラ殿! 妻が夫に暴力を振るってはならないなり!」

「…さらに本気になったわ」


 ゴォォォォッ!


「―――大風突魔ノーブル・シュー…」



 カランコロン カランコロリン―――



「…は?」


 ラドミラが仲間、いや、もはや敵と化していたヨーンオロフとウルメンの二人に風魔法を放とうとした瞬間、その場にあるまじき者を目にし、風を霧散させた。同様に目にした魔人二人と冒険者三人も、戦いに割って入るように闖入ちんにゅうしてきたその者に、意識の全てを持っていかれる。


「こ、子供?」

「獣耳に尻尾てこたぁ…」

獣人ベスティアなり」


「グレオール先生! なんでこんなとこに子供がいるか教えてくれ!」

「お、恐らくイシスから脱出し、ここに迷い込んだのでしょう…」

「可愛い子…じゃなくて! このままじゃあの子マズいっすよ! お二人共!」


 魔人側と冒険者側での議論もそこそこに、まず不敵な笑みを浮かべたのはラドミラだった。


「見たことない種族だわ。アレは私の奴隷にする。四番、許して欲しかったら無傷で捕えなさい。五番、許して欲しかったら邪魔する冒険者を消しなさい」


「四番ではなーい! が、よきなり」

「何命令してんだ! ちっ…わーったよ。どの道冒険者は殺るしな!」


 ラドミラの一声で、ウルメンはあるまじき者を捕えようと木を伸ばした。


「させませんよ!―――大火球魔法ノーブル・スフィア!」

「邪魔しないで。―――大風突魔法ノーブル・シューター!」


 ボバァァァン!


 木を焼き尽くそうとグレオールは火魔法を放つが、ラドミラの風魔法にかき消され、それを見たハイクは舌打ちしながら木を薙ぎ払うべく槍を手に飛び掛かった。


「お嬢ちゃん逃げろっ!」

「まだ動けたか」


 ズバンッ!


「がはっ!」

「ハイクどの! くっ…うおおっ! 師匠直伝っ、どっ根性ーっ!」


 木に届く前にヨーンオロフの迎撃を受けたハイクはダメージの影響で動きが戻っておらず、槍の一閃を受けて少女の傍に倒れた。止めを刺さんと槍を振りかぶったヨーンオロフに、今度は使い物にならない両腕をぶらりと垂らしながらも、根性だけで立ち上がったリブシェが脚撃を見舞う。


「しぶてぇしぶてぇ! 女が足蹴あしげなんて行儀がなっちゃねぇな」

「だぁりゃあぁぁっ! そこの子! 早く逃げるっす!」


 ドガガガガ!


 ハイクとリブシェの必死の呼びかけも全く聞こえていないかのように、少女はハイクのかたわらに寄り、ツンツンと頬をつついていた。手には草が握られており、時にむしゃむしゃと口に運んでいる。


(あ、あの子は何をしているのですか!? …もしや、親を亡くしたショックで耳が聞こえなくなった上、身の危険に麻痺してしまった挙句、食べる物も無く草を食べざるを得ない生活を強いられているのですか!!)


 グレオールはラドミラと魔法を撃ち合いながらも、得意の観察眼で作り上げた少女の境遇に涙し、何が何でもここから逃がそうと力を振り絞る。


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