121話 応報


 「―――!――――!!」


 日付が変わり、皆が寝静まった頃。


 ふと人の気配を感じ、まどろみから目を覚ました。


 (遠視魔法ディヴィジョン


 母屋おもやを囲むように八人の魔力がある。雪人ニクスの魔力とは違った、人間の魔力だ。寝ているアイレとマーナを起こさぬよう起き上がり、さっと外套を羽織って明かり窓の木蓋を引き上げ、外の様子を探る。


 ぽつぽつと明かりを手にした人間がいる。ボロの上に、寒さ対策であろう動物の毛皮を上から羽織っている。あの格好はおおかた野盗だろう。さぞ寒いだろうに…


「表と裏口を固めろっ 物音は立てるな」

「扉鍵してありやすぜ。どうしやすか?」

「木の扉だ 蹴破っちまえ」

「あっちに蔵がありますっ」

「食料は後だっ 先に全員で女をとっ捕まえるぞっ」


 こそこそと何やら話しているようだが丸聞こえだ。


 物音を立てるなと言っておきながら扉を蹴破るのか…どうやらお粗末な奴ららしい。


 ついでに言うと、探知魔法サーチ使いがいたところで、外套のお陰で俺の動きは気付かれない。


 それにしても女、つまりツクヨさんが居る事を知っているという事は、下調べは済んでいるようだ。離れを放置したという事は下調べをしたのは昼間で、俺とアイレの存在を知らないという事。会話の内容からしても確実に人攫ひとさらいだろう。


 この国にいては犯罪者を騎士団に引き渡すなんてことは難しいし、多少痛めつけて二度とするなと言いい、放逐ほうちくしたところで野盗に改心なんぞ望めない。縛り上げて雪人ニクス達に預けても処分に困るだろう。もし抜けられたら、戦いの苦手な雪人ニクス達では逆襲されるのは目に見えている。


 となれば選択肢は一つ。るしかない。


 しかも、世話になった人の家をわざわざ襲うとは。絶対に許さん。


 一人一人排除しようとも思ったが、ここで騒いでギンジさん家族を怖がらせたくは無かったし、家の前に血の海を作るわけにもいかない。


 というのも建前か…俺はただ嫌われるかもしれない、恐れられるのは嫌だという保身が心の奥底にあるのだろう。俺も、ヌルくなったものだ。


 夜桜を携え、から怒気を発しながら母屋へ向かう。



竜の威圧おい


 ―――ズンッ



「ひいっ!」

「な、なんだ!?」

「身体が勝手に震え…」


 野盗は悲鳴を上げてその場にうずくまり、殺意を発した相手を見上げた。


「に、人間!?」

「なんでこんなところにっ」

「何モンだめてぇ!」


 バガン!


「ぶっ!」


 すたすたと歩を進め、威勢の良い野盗を殴り飛ばした。そして夜桜を抜き、もう一人の首に刃を当てて言う。


「少しでも抵抗すれば殺す。声を上げても殺す」


 冷たい刃を当てられ、ツーっと首筋から血がしたたる。


 野盗は俺の声で膝を突いたままガタガタと震え、ゆっくりと頷いた。


「束になって掛かっても敵わぬことくらいはわかるな? 貴様らは野盗だ。ならば殺されても文句は言えないわけだ。だが、今回だけは見逃してやる。そこでのびている雑魚を連れて今すぐ静かにここを立ち去り、この国を出ろ。そして二度と近づくな。お前らの魔力は全員覚えた。今言った一つでも誰かが違えれば果てまで追いかけ、即座に鏖殺する」


 ビクッと体を震わせる野盗。


 股を小便で濡らしながらコクコクと頷くのを見て刃を離してやると、声を押し殺して八人全員が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。行き先はバラバラだったが、殴り飛ばした野盗を担いで逃げる者に二人が付き添い、同じ方向に逃げていく。


「予想通り馬鹿だな…さて、巣まで案内してもらおうか」


 遠視魔法ディヴィジョンを展開し、距離を保って後をつけた。


 ◇


「お、お頭ぁ! ヒィヒィヒィ…」

「おお、もう済んだか」

「なかなかの手際じゃないか。見せて見ろぉ、ひっひっひ」


 洞窟に逃げ込んだ一人の野盗が、リーダーとタキシードの男の前で膝を突いて肩で息をする。


「そ、それが…とんでもねぇ奴が待ち伏せしてやがって…兄貴が一発でのされちまったんでさぁ!」

「あんだとぉ!?」

「何者だそいつは! 帝国兵か!?」


「い、いや、多分冒険者でさぁ…あんな恐ろしい奴見た事ねぇっす! 殺される前に逃げやしょう!」

「ちくしょう! なんでこんなとこに冒険者が居るんだ!」

「おめぇつけられてねぇだろうな!?」

「へ、へい! 何度も後ろを確認しやしたし、この国を出れば見逃すって言ってやした!」

「とにかく逃げるぞ! あの馬鹿国王が冒険者に手を出したおかげで、ギルドが亜人保護だ何だと動いていやがる。しかもミトレスに派遣されてるのはAランクBランクの上位のやつばかりだ! 束になっても敵いやしねぇ!」

「ど、奴隷は置いていかんぞっ!」

「わかったからさっさと準備しろ! 冒険者ってのはテキトーなんだ! 逃がすっつっても、いつ気が変わるか分かったもんじゃねぇ!」


 逃げる野盗共を追う事三十分。村長宅を出てから山を登ったところに洞窟があった。掘ったというよりは自然洞窟に近い気がするが、どこまで続いてるかは定かではない。


 表には馬車が二台、内一台は荷台に鉄格子がはめられている。そちらが奴隷馬車なんだろう。馬車と言っても車輪ではなく、長い板のようなものが車輪部分に取り付けられていて、滑るように前に進む仕組みだ。


 なるほど、所変われば馬車も変わるか。馬車ならぬ馬ぞりと言ったところか…


 どうでもいい事を考えつつ、洞窟内の動きを探る。


 遠視魔法ディヴィジョンには、洞窟内に人間が三人、雪人ニクスが十九人、入り口前に人間五人の反応がある。入り口前の内一人は動く気配がないので、さっき殴り飛ばした奴だろう。


「それにしても二十人近くも捕まっているとは…それにギンジさんもそれらしき事は一言も…いや、待てよ…―――」



 ――――『それで皆外に出たがらないんですか?』

 ――――『あ…ま、まぁ、そんなところだ』



 アイレとギンジさんの一時の会話を思い出す。


 ギンジさんの歯切れの悪さは、ジオルディーネ軍の襲来に恐怖してではなく、人攫いこれだったのではないか? すでに他の集落からの風聞ふうぶんで、人が次々に居なくなっている事を村人全員が知っていたとしたら、村に入った時に人気ひとけが無かったのは頷ける。失踪事件を恐れ、なるべく家から出ないようにしていたのかもしれない。


 俺達に言わなかったのは、人のいいギンジさん夫妻の事だ、迷惑は掛けられ無いと、あえて黙っていたのだろう。


「気持ちは分からなくは無いが…」


 あまりに無策ではないか、とも思ってしまう。下手をすればツクヨさんは攫われ、アカツキやユウヒもどうなっていたか分からない。抵抗するであろうギンジさんは、殺されるかもしれないのだ。


 まったく…そんな中で宴とはな。仮にそうだとしたら、呑気なものだ。俺も、村人も。


「とにかく、潰す」


 そう言って木から降りようとすると、洞窟の中から慌ただしい声が聞こえ、攫われたであろう雪人ニクス達が続々と出てくる。最初に出て来たのは、いかにも野盗のリーダーと言った風貌の男で、あれこれと大声で手下に指示を出している。


 続いて出てきたのが、痩せこけたタキシード姿の男。場違いな服装を若干いぶかしんだが、恐らく依頼主か、その手下だろう。野盗ではない事は雰囲気で分かる。


 それにしても、真っ先に逃げを打つとは親玉は馬鹿ではない様だ。知恵の回る者は必ず雪人ニクスを人質にして逃げようとするはず。それをさせないためにも、まずは雪人ニクス達全員が檻に入れられるのを待ち、それから動く。


 動けない一人を除いて敵は七人。静かに、速やかに。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る