120話 因果
「まだ足りねぇってのか」
「そぉだ! 旦那様は若いメスを十、子供のメス十を最低限と仰せだ。加えて雄の子供も少々な」
「じゃあ大人の男はいらねえってことじゃねーか」
「大人のオスは貧弱すぎて奴隷として使い物にならん。オスの子供はそっちに多少需要があるからなぁ」
「めんどくせぇ…ここはさみーんだよ。おいテメェら! さっさと目星つけてこいやぁ!」
「へ、へい!」
「高い金払ってやってるんだ。しっかり元は取ってもらうぞ!」
「わーったよ。まぁ、さみーだけで、危険のねぇある意味楽な仕事だ」
ホワイトリム山中のとある洞窟。
ここで野盗らしき男のリーダーと、目が落ち窪み、痩せたタキシード姿の男が話をしている。
洞窟の一角には手足を縛られ、身動きの取れない
「あ、あの、どうか子供だけでもお見逃し下さい! 私はどうなってもかまいませんから!」
捕まっている一人の女性が必死に声を上げる。
だが、タキシード姿の男はニヤニヤとほくそ笑みながら非情な言葉を投げかけた。
「うるさい商品だ。知らんのか? 子持ちのメスよりガキのメスの方が高く売れるんだぞ。次
それが嫌ならと続け、
「今ここで俺と楽しむかぁ? ひっひっひ…」
ニチャァと嗤い、下品に腰を振る。
「そんな…ううっ…」
この言葉で絶望に追いやられ、彼女は一言も発せずただ伏せる事しか出来なくなる。
捕まった者たちの中には、目の前で主人や息子といった家族を殺された者もおり、その目に生気は宿っていない。
自分たちはこれから遠く離れた人間の国に奴隷として売られ、愛玩道具として一生を終える事になる。中には有力貴族に高値で買われて大切に扱われる場合もあるかもしれないが、それは非常に
「おいおい、ただでさえ
「…ふんっ。わざわざ
これまでここホワイトリムにはこのような輩は現れなかった。北に隣接する帝国では人身売買は固く禁止されているし、この地は西端にあるので西は海、また東はドルムンド、南はラクリ、さらに南東にはエーデルタクトに囲まれている。
ジオルディーネ王国からホワイトリムまで来るには、幻獣がうろつく超危険な樹人国ピクリアを運よく越えられても、獣人達の国であるラクリを越えなければならない。さすがに商売のためとはいえ、捕らえた奴隷を運ぶための檻を引っ張りながらラクリを越える事は、これまでリスクが大きすぎた。
だが時勢は変わり、ラクリは今素通りできる状態にある。
ジオルディーネ王国を拠点とする奴隷商達は、ピクリアを神に祈りながら越え、ミトレス連邦の中央に位置するラクリを拠点として、こぞって亜人狩りを行っている。奴隷として特に人気なのが
王国軍が捕らえて奴隷商に回ってくる亜人達には購入の際に高い税が掛けられ、多くの利益は見込めない。こういった事情もあり、奴隷商は野盗や傭兵を多額の金で雇ってもまだ多くが手元に残るので、奴隷商の間では亜人の仕入競争になっていた。
「お頭ぁ! 見つけやしたぜ! 何か氷の柱に囲まれた村がありまさぁ!」
「ほ~う。いいぞいいぞ。で?」
「一番でけぇ家に若けぇ女がいましたぜ! それ以外も結構家がありまさぁ!」
「でけぇ家となれば、村の
「へい!!」
「ご丁寧な事だなぁ」
タキシードの男が野盗のリーダーに話しかける。
「人に殺された跡を残しゃ、村を捨てて逃げられる可能性があるからな。一家全員神隠しってのが次の仕事に繋がるんだよ。土地神がいる所の鉄則だぜ? ぶはははは!」
◇
離れは案外広く、二人でも十分に寝るスペースはある。
部屋の中央に
ほのかに光る明かりの下で、俺はマーナが持ち帰った手紙を読んでいた。
南部二戦線は優勢、ドルムンド戦線も帝国側が勝利し、数日後に獣王国ラクリの首都、敵の本営があるイシス攻略のため進軍するとの事だ。他にはエーデルタクトの解放、魔人三体の討伐は十分な成果であり、さらには
「達成ね…これからなんだがなぁ…」
《 最後までジンと一緒に居てって、クリスに言われたよ 》
「そうなのか? マーナはそれでいいのか?」
《 いいよ。楽しいし。それにやる事ができたみたいだしね 》
「何だよやる事って」
《 …ジンとアイレのお世話かな 》
「ふっ…そりゃどーも」
《 また笛ふいてね 》
「いい子にしてたらな」
《 いつだっていい子だよ 》
「よく言う」
とにかく、ここからは依頼関係なく俺の意思で動くという事になる。まぁ、これまでも好きにやって来ただけで、エーデルタクトも、魔人も、さらにはアイレに会ったのもただの偶然だ。
手紙には獣王国ラクリの女王ルイが生きている、という証言があった事も書かれていた。証言をもたらしたのは元獣人の魔人ウギョウと言う者で、死の間際に正気に戻り、その旨を伝えたのだという。ウギョウは獣人達の中でも特に女王に近しい存在だったらしく、女王と共に魔人に捕まり、魔人にされてしまったとの事だ。女王ルイの魔人化が近い。だが、居場所だけが分からないとの事で、帝国軍や生き残った獣人達も身を切る思いなのだという。
その居場所が分かる者、つまり山神様がこのホワイトリムにいると、アイレはオラルグ渓谷で俺にそう言った。
未だ女王の生死は分からないが、山神様は生死も分かるし居場所も分かるから、会えば全てがわかると。だが生きている事を知り、居場所が分かっただけでは女王は助けられない。なぜなら、女王には強固な監視体制と戦力が付けられているはずで、自分と山神様だけでは、それを突破して女王を救出する事ができない。
だから、魔人をも倒せる程の力を持つ者と共に向かわなければならない、とアイレは考えたのだ。
彼女は
初めて会った日に見たアイレの涙は、大勢の仲間の死と、女王ルイの安否を気にしつつ、仮に無事だったとしてもどうする事もできないという現実、さらには自分の家族の安否すらも分からない、という絶望に
だが、今は笑えている。先程アイレは寝る前に、仲間の鎮魂を願って舞ったのだと言った。悲しみでは無く、笑って天に送り出したかったのだと。
「星刻石はこの世で一番高い場所にあるものだ。偶然とはいえ、仲間を送るには丁度よかったのかもしれないな」
手紙を置き、そうつぶやいて布団に身を沈める。
部屋にある火鉢がパチリと鳴った。
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