119話 クインテット

「食事にお酒、さらには寝床まで。何から何までありがとうございます」


「とんでもございません。私どもも一部屋しかご案内できず―――」


 ツクヨさんが頭を下げようとするのを、手で制した。

 本当にやめて頂きたい…これ以上のもてなしは無いし、突然訪ねた手前もあり、逆に申し訳なさ過ぎてこちらが辟易してしまう。


「いいえ、それ以上は。そうだ、ツクヨさん。雪人ニクスの方は肉はお食べになりますか?」


「お肉…ですか」


 またもや消え入りそうな声で、ツクヨさんは続ける。


「年に一度、年を越す日に食べるために、村の皆で狩ったエルククゥでしたら食します。それ以外の物はまれに地人ドワーフの商人様がお持ちになられますが…とても高価なので…」


 エルククゥが何かわからなかったので聞いてみると、体長三メートル程の大きな鹿らしい。アイレ曰くホワイトリムにしか生息しない固有種なのだそうだ。


「なるほど。ではこちらを収めて頂きたい」


 鹿肉は残念ながら持っていないが、めぼしいところでローグバイソン(牛肉)とコカトリス(鶏肉)、オーガラビット(兎肉)に加え、ティアマット(竜肉)を切り分けたものがある。これを収納魔法スクエアガーデンから出し、どれかが口に合う事を願ってツクヨさんに手渡した。


「え…えっ? 今どこから…それに、こ、こちらは…?」


 全く理解が追い付かないといった様子で、ツクヨさんが混乱する。


「私の魔法に便利なものがありまして。その魔法にはいろいろ物が入れられるのですが、これは旅の道中手に入れたものです。今日のお食事には到底及びませんが、どうか受け取って頂けませんか?」


 最初、地人ドワーフとの交易用に通貨を渡そうと思ったが、如何せん戦時中だ。しばらく行商には来ないと思った方がいい。となると、今の俺が差し出せるものは食べ物くらいしかない。


 そこで今日の食卓に肉が無かったのを見て、もしやと思った。雪人ニクスは農耕や採取に関しての知識は非常に豊富で、調理技術も様々な工夫が凝らされ、食文化は進んでいると言える。だが、狩りだけは苦手だとギンジさんが言っていた。そして今ツクヨさんが言ったように、肉を食べない種族でも無いと来たら、後は彼らにとって肉の入手難易度が高いだけだと、たやすく想像できる。


「ツクヨさん、それはお肉です! この国なら腐りにくいし、日持ちしますよ。ぜひもらってあげて下さい!」


 アイレが笑顔でフォローしてくれる。


 いいぞ、アイレ。俺の説得ではツクヨさんは絶対小一時間は遠慮してしまう。


「で、ですが! このような高価なものを! 私共はそのようなつもりでは―――」


 初めてツクヨさんが割と大きな声を出して抵抗してきた。本当に困っているようだ…


 その後必死に説得するが敵わず、なかなか戻ってこないツクヨさんにギンジさんが心配して表に出てくると、


「こ、これは肉では!?」


 そう驚き、今度はギンジさんもツクヨさんの説得に回るという三対一の構図が出来上がり、ようやくツクヨさんが折れて受け取ってくれた。


 押しつけがましい? ああ、結構だ。


 一宿一飯の恩、特にあの前世を彷彿とさせる、感動的な食事の対価を何かしら渡さないと、罪悪感で俺がこの国から出られなくなってしまう。いわば贖罪しょくざいに近い。


 因みに昔、アイレもお土産としてエーデルタクトで採れるキノコを大量に持って行った時は、なかなか受け取ってもらえず難儀したらしい。


「ふぅ…予想はしていたが、結構かかったな」

「まぁキノコでもあーだったし。ところで、何のお肉あげたの?」


 普通だと説明し、黒王竜以外を言っておく。それを言うと、またギャーギャーと騒ぐんだろうからな。


「…なんかやばいやつ仕込んでないでしょうね」

「俺を何だと思ってるんだ」


 そんなもの渡すはずないだろう。


 ◇


 離れの縁側で星を見上げながら、酔い覚ましにと置いてあった水差しの水を飲む。


「み、水まで美味いのかっ!」


 水筒は竹で出来ている。こっちでは竹を『アルンド―』とか言うらしいが…もうどうでもいい。竹は竹だ。


「アイレ、すまないが細剣レイピアを貸してくれ」

「げっ。な、なにする気っ」


 唐突に愛剣を要求され、思わず抱きかかえる。そして俺の手には、細めの竹が握られていた。


「これだ」

「アルンドーが何よ」

「穴を開けたい」

「…は?」


「穴を開けて笛を作りたい」

「ふざけてんの?」

「本気だ。俺の剣では穴は開いても円にならない。菱形になってしまう」

「……」

「頼む。ライツあげるから」

「マーナじゃないっての!」


 そういってポイと細剣レイピアを投げてくれる。アイレの細剣は切先十センチ程が極太針の様に尖っており、そこから滑らかに両刃の剣に変わるという、地人ドワーフ謹製のアイレ専用武器だ。材質はシリウス鉱が使われており、ミスリル鉱より遥かに硬度があり、魔力との相性もいいという。


 そんな武器をきり代わりに使わせてくれと頼む俺。馬鹿にしたものだ。


「その代わり黒い剣見せてよ。地味に見たことないのよね。それと、笛はちゃんと聞かせる事」


 細剣を渡す前にするべき交渉だと思うが、彼女らしいと言えばらしい。


「いいだろう」


 刀を鞘ごと渡し、借りた細剣を抜く。作業開始だ。


 俺が作ろうとしているのは『篠笛しのぶえ』。


 前世では庶民に広く親しまれた篠竹製の笛で、とにかく簡単に作れる。もちろん作り手によって玉石ピンキリだが、前世で十歳の頃初めて作ってから、割れてしまったり、水を吸って形が変わってしまう度に作り直していたので、作業には慣れている。


 音は高すぎても低すぎてもいかん。一本調子いっぽんじょうしが最も長く低い音、十二本調子じゅうにほんじょうしが最も短く高い音が出る。俺はその中間である六本調子が一番好きだったので、その長さで適当に切り、七つの指穴、最後に唄口うたくちと呼ばれる、息を吹き込むための大きめの穴を開けて大方終了。後は実際に吹いてみて、穴の大きさを採取用ナイフで調整する。たったこれだけだ。


 スーッ スーッ


 ダメだ。


 シュホー シュホー


 もうちょっと。


 スフォーン


 お。


 フォーン フォーン


「できた」


「え、もうできたの? 早すぎでしょ」


「簡単なものだからな。って、何してるんだ?」


 アイレは首だけこちらを向けながら、刀をもって四苦八苦している。


「この剣抜けないんだけど。重いし」


 刀も抜けないのか。情けない奴め。


「少し内にひねって、つばを親指で押すんだよ。安全装置みたいなものだ。強引に引っ張っても抜けないようになってる」


 本来なら捻る必要は無いのだが、カミラさんが『得物えものが危険すぎるから』という理由で独自に付けた機構だ。実用においては、戦闘に入る前にあらかじめ鯉口こいくちは切るので何の問題も無いし、普段スルリと抜ける心配もないのでありがたい。


「ん…こうかな?…あっ、抜けた!」


 ィィィン――――


「剣士の君に言う事でもないが…音も無く斬れるから気を付けてくれ」


「こ、これ…すご…なんで光ってんの? 不思議な剣…見惚れちゃうわね…」


 見惚れかけたところでハッと気を取り直した彼女は抜き身を持ったまま、縁側の前の庭に出た。


「音楽よろしく」


「え? あ、ああ…」


 突然笛を所望しょもうされ少し緊張したが、こういうのは勢いが大事だ。


 前世で武士のたしなみだと、誰かから死ぬほど練習させられた一節いっせつを吹く。



 フォフォフォーン フォフォフォンフォンフォーン――――



 少し吹くと、曲調を早くも把握したアイレが、淡く光る夜桜を手に踊りだす。時折、風纏いで浮かびながらフワリと踊るその姿と、滑らかな曲線を描く薄赤ときの光の残像の共演に、吹きながら見入ってしまった。


 そうして一節の終わりに近づいて来たので目線を配ると、


(もう少しだけ)


 と、合図を送ってくる。戦いに身を置く者同士、それくらいの合図はたやすく把握できる。


 続けて奏でていると、母屋の戸がカラカラと開いてギンジさんが太鼓を、ツクヨさんが小さめの琴のようなものを持って、同じく離れの縁側に座る。


(ご一緒しても?)

(よろこんで)


 目線を送って、即興で合わせてくれる。


 パタパタとアカツキが俺の元へ駆け寄り、脚の間にチョンと座る。ゆらゆらと身体を揺らし、俺を見上げてにっこりと笑った。


 霞むように響く笛の音に、琴のたおやかな音色が染み渡る。高低差を打ち分けるギンジさんの太鼓は笛と琴の音を調子よく支えてくれている。


 突如として始まった舞台。


 音響が風に乗り、フクジュ村全体に届いた。


 少しすると村長宅で祭りでもやっているのかと、近くの住民たちが続々と集まってきた。光を発する不思議な剣を持って踊っている風人エルフと、見慣れぬ人間が笛を吹いている事を知り、皆一様にたじろいだ。


 しかし、踊りながら笑顔で手招きするアイレと、楽しそうにしている村長夫妻を見て村人も安心したらしい。特にあの物静かで清廉せいれんと村でも評判のツクヨさんが、身体を揺らし琴を奏でるその姿に驚いたようだった。


 いや、しかしこんなことになるとは…夜な夜な笛を吹き出し、騒音をまき散らしたのは確かに俺だが。


 一曲が終盤に差し掛かり、案の定、演奏の継続を希望せんとする三人の雰囲気。


(俺が導き手だ。やってやる、ついてこいっ!)


 そこで、前世では月夜つきよに奏でた曲を、途切らせることなく繋いだ。一応同じ名のツクヨさんに、感謝を込めているつもりだ。


 不意に変わった曲調に耳を傾ける事数秒。ギンジさんが合いの手を入れると、ツクヨさんが続き、アイレもそれに合わせて始めた。今度の曲は踊るというより、天高くる月に捧げる曲なので、舞の方が合う。


 初めて聞いたのにも関わらず、雰囲気だけで感じ取り、表現できるアイレは天才じゃなかろうか…そういえば、風人エルフの少年戦士エトの戦い方も、良い意味で木の葉のようだった。風人エルフという種族自体がそっちの素養に溢れているのかもしれない。


 それに、俺のつたない演奏にも難なく合わせてくるギンジさんとツクヨさんも相当だ。


 村人たちは手拍子をするでもなく自然と体を揺らし、舞いと光の競演に見入り、聞きなれない笛の音と、小気味よい低音と高音の調しらべに聞き入っている。


《 ふんふんふーん♪ なんか楽しいことやってる~♪ わたしもま~ぜて♪ 》


 こらこらこら…

 誰だ、下手な唄を歌うのは。


 三音外したじゃないか。


《 お帰りマーナ 》

「マーナ! お帰り!」

『あおお~ん♪(たっだいま~♪)』


 突如、水色の発行体が鳴き声を上げて現れ、アイレの周りをクルクルと飛び回りはじめる。


 皆が『なんだなんだ』とざわめく中、アイレが手を伸ばすと発行体が手の上に乗り、まるで光るまりが共に舞っているように見える。訳が分からないが、皆とりあえず危険がない事は分かってくれたようで、村人達はその幻想的な光景に感嘆の声を上げた。


 俺もギンジさんとツクヨさんに目を配り、大丈夫だと伝えた。二人共微笑みながらコクリと頷き演奏を続けた。


《 一応言っとくが、アイレの持ってる刀には気を付けるんだぞ? さすがのマーナも真っ二つだ 》


《 たしかにあぶない~ に~てるし~ でもぉ~ あたるなんて~ ありえな~いね♪ 》


 何だって…またマーナ語か。



 その後も三節、四節と舞台は続き、即興の調べは三十分ほど続いた。


 いつの間にか、凛と冷える雪催ゆきもよいに変わっていた空の下、


 最後は歓声と拍手が雪に溶け、ひらひらと舞い踊る。


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