118話 雪国御膳
山神様の話から、アイレがこの家に世話になった経緯などを話した後、実は隣の部屋で寝ていたという一歳になる娘のユウヒの事などを話した。それに加え
そのミトレス連邦に関しても、
そしてミトレス連邦にとって、特に重要な存在だったのが獣王国ラクリの女王ルイである。彼女は
そうして長くミトレス連邦を守ってきた女王の死の報は、このホワイトリムにも暗い影を落としているという。
「先日、ジオルディーネ軍の一隊がこの国に入ってこようとしてね。村に届く前に帰って行ったみたいだが、いつここまでたどり着くか…村の者は戦々恐々としているよ」
「それで皆外に出たがらないんですか?」
アイレがこの村に入った時に感じた異変について聞く。
「あ…ま、まぁ、そんなところだ」
「………」
「と、ところで! アイレは私達に元気な姿を見せるためだけに、ここまで来たんじゃないんだろう?」
急な話の転換に俺とアイレは戸惑いつつも
「察しはついているさ。山神様だろう?
「そのつもりです。国の守り神を外に連れ出すなど、果たして出来るのか、やって良いものなのかと言う葛藤はありますが…」
「それは山神様がお決めになる事だよ。アイレもいるし、ジンならお会いできるかもしれないね」
会えるかもしれない…か。アイレは気楽に『だいじょぶ、だいじょぶ!』などと言っていたが、ギンジさんの言う通りだ。相手は神なんだから、おいそれと会える訳もない。
その後も三人で話しつつ、アカツキの馬になって遊んでいると、ツクヨさんが居間にやって来て食事の準備が終わったことを伝えに来た。
「食事の用意が整いました」
(待ってましたっ!)
「わーい! ありがとツクヨさん!」
ツクヨさんは囲炉裏に吊るしていた茶器を片付け、大きめの鍋を吊るす。次に
膳の内容を見た俺は、この日最高の衝撃を受ける事になる。
「こ、これはっ!!」
「ん、何か気になる物でもあるかい?」
膳に乗っていたのは、白米、漬物、煮物だった。他に魚を置くための長めの皿と、鍋の汁物を入れるための
「い、いえ。見た事が無い上にとても良い香りがしたのでつい…ちなみにこれは何という食べ物でしょうか?」
俺は白米を指差して聞く。
「そちらはオリュザという多年草の実りでございます」
ツクヨさんがスッと答えてくれた。
「やはり聞いたことがありませんが、とても懐かしい気分です…」
オリュザ、オリュザ、オリュザ、オリュザ―――― 生涯忘れてなるものか。
次にツクヨさんは俺の椀を静かに取ると、鍋の蓋を開けて汁物を注いでくれる。ふたを開けた瞬間、次は卒倒しそうになった。
「味噌汁だとっ!! ―――あっ」
予想はしていた、予想はしていたんだ! 現実が心構えをたやすく超えてしまったっ!
見た目と香りで即座に味噌汁である事が分かり、驚きの余り前世での名を口走ってしまった俺を、アイレとギンジさん、ツクヨさんも驚いた様子で見ていた。
「申し訳ありません、ジン様。この汁物が”みそしる”なるものかどうか…」
「これはヒスピダという豆を発酵させて、ペースト状にしたものを湯に溶かしたものだよ。言うなればヒスピダ汁と言ったところかな? みそしるというのはこれと同じものなのかい?」
ツクヨさんが申し訳なさそうに顔を伏せ、ギンジさんがこの汁物について説明してくれる。
「ツ、ツクヨさん頭を、どうか頭をお上げください。故郷の汁物に似ていたもので、とても驚いてしまったのです」
「そう、でしたか…お口に合えばよろしいのですが…」
不味いわけがない! もう白米から立ち上る湯気と味噌汁の香りで、頭がイカン事になっているのです!
「絶対においしいです。食べずともわかります」
これまでになく、真剣な顔で言った。
「はっはっは! ジンは面白いなぁ! そういわず食べてやってくれよ」
「もちろんです。頂きます!」
いちいち片膝を突いて大げさな振る舞いをする俺に、とうとうアイレは痺れを切らした。
「あんた、さっきからうっさいわよ! 隣でユウヒも寝てるの! 行儀よく出来ないの!?」
「うっ…すまん…」
その通りだ。何も言い返せない。ユウヒすまぬ…
シュンとする俺を見てツクヨさんは顔を伏せて肩を揺らして笑い、ギンジさんも大笑いしている。
三人にヒスピダ汁を注ぎ終わると、ツクヨさんは土間へ戻っていく。
「あの…ギンジさん。ツクヨさんとアカツキの分は」
「ああ、僕らのしきたりみたいなもんだね。お客さんがいる時は、
なんと、そんな事まで日本なのか。いやしかし…
「ギンジさん。そこを曲げて、ツクヨさんとアカツキも共にして頂くことは出来ませんか? しきたりが大事なのは重々承知しております。ですが、どうか、私とこのお転婆姫の事はお気になさらず!」
「たれがおてんはだっふぇ?」
「そういうとこだ」
食べながら平気で喋るよな、この姫。俺だけならまだしも。
ゴクンと呑み込んだアイレが、こっそり俺に話しかけてきた。
「前に私もそう言ったんだけど、遠慮されちゃったのよね。それに、奥さんが旦那さん以外の男の人の前で、口を開けて物を食べるのって意外と恥ずかしがる人いるのよ? 覚えておきなさいデリカシー無し
な、なんだと…盲点だった…アイレに言われるのは釈然としないが、これはやってしまったかもしれん!
「あ、あの…もちろん無理にとは…」
「そうかい? じゃあお言葉に甘えようかな。しきたりと言ってもそんなに堅いもんじゃないし、クセみたいなもんだしね。アカツキも腹を空かせてるだろうし」
意外とあっさり要求は通った。
しかし、勉強になったな…アイレの言った事は最もだ。ついこのお転婆姫と、ミコトやオルガナと同じ調子で言ってしまった。
「という事だ。ツクヨ、アカツキとご一緒させてもらおう」
「で、ですが貴方…」
「おかーさん、ジンにいとアレちゃんとたべる」
このアカツキの一言が決定打となり、ツクヨさんは戸惑いながらも囲炉裏前に二人分の膳をもって囲炉裏を囲んだ。
「よし、アカツキ。俺と一緒に食べよう」
そう俺が言うとにっこり笑い、膳を持ってヨタつきながら俺とアイレの間にちょこんと座った。ツクヨさんは、『食事中までご面倒はおかけできない』と言ってアカツキを
当のアカツキはおぼつかない手つきながらも、こぼさず上手に食べている。
「やばいアカツキ超いい子」
「だな」
因みに食事に使っているのは
◇
「ああ、美味かった…実に、美味かった…」
光悦の表情を浮かべる俺に、アイレはため息をつく。
「確かにおいしかったけど、あんたはいちいち喜びすぎ」
「わかってないなぁ、まさか白酒にまで巡り合うとは…しかも三年物を火入れした古酒だぞ? 高級品だ。帝都で手に入れた清酒に勝るとも劣らん」
そう、大満足の膳を食べ終わった後に、口直しの胡桃や桃、干した
酒宴にツクヨさんがおもむろに出してくれたのが、この村唯一の酒だという白酒だったのだ。白酒の名は前世と変わらずそのままで、
さすがにもてなされ過ぎな感じがしたので、『明日、出立し
「…なんでここまで来たのか忘れて無いわよね?」
「さすがにそこまで呑まれてないぞ」
「ほんとかしら」
母屋を出て、離れまでアイレと歩く。とは言ってもすぐ隣なので、歩くという程でもないのだが。ツクヨさんが先に離れに行って、寝床の準備をしてくれているらしい。
離れは一部屋らしく、さすがにアイレと同部屋は不味いと思い、『納戸の一角をお貸し頂ければ』と言って遠慮したがなぜかアイレに猛反対された。何度か食い下がっても『じゃあ私が納戸で寝る』とまで言ってきたので、これには折れるしかなかった。
(変な奴だけど一応命の恩人だし、里の皆も助けてくれた。そんな人を納戸に寝かせるなんて、できる訳無いでしょ! かといって、ここのお布団も捨てがたいっ! 超寝心地いいし! それに―――)
アイレは過去に何度かこの離れに寝泊まりしている。今日の食事も初めてでは無いし、確かに美味しいが、もう珍しくは無くなっていた。そんな折、人間であるジンと共にここに来ることになった。
ジンは自分が仲良くしてもらっている村長夫妻、それにこのフクジュ村をとても気に入ってくれたようで、
だから納戸で寝かせるなんてもっての外。離れとお布団の良さも知ってほしいと、そう純粋に思った。
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