122話 悪因悪果
前の馬車の
敵の配置を確認し、俺は
ガチャリ
「よし、出せっ!」
手下が檻のカギを締め、タキシードの男が声を上げた瞬間、前を行く御者台に座る野盗の手下に目掛けて矢を放つ。
ドシュッ
矢は手下の頭に命中。これで先導車は動かず、後ろの馬車も動けなくなる。
出発の合図が出たにも関わらず、いつまで経っても動かない馬車の異変を察知した手下二人が、様子を見るため荷台から出てくる。
すかさず矢を二連射。
ギリリリリ…――――ドシュ! バスッ!
声無く二人が射抜かれる。
後ろの御者台二人には気付かれていない。
少しの沈黙の後、タキシードの男が隣に座る手下に、前を見てくるよう指示を出した。
タキシードの男の視界から手下が消えるであろうポイントを見定め、再度狙いを定める。
ここっ! ――――ッタン!
残るは前の荷台に野盗のリーダーらしき男とその手下一人、後ろの馬車の御者台にタキシードの男一人のみ。そろそろ身に危険が迫っている事に気が付いて警戒するはずだ。
「おいっ! 何やってんだ! さっさと出せ!」
「………」
野盗の一人が荷台から声を上げるが、当然外からは何の反応も無い。
「ちっ…なんだってんだ―――げうっ!」
俺は荷台から野盗の手下らしき男が顔を出した瞬間を狙って射抜いた。そしてすぐに矢を射っていた木の上から降りて二台の馬車に近づき、後ろの御者台の上にいたタキシードの男の脚を狙って矢を放った。
シュドッ!
「ぎゃあぁぁ!」
逃げられぬよう脚を潰し、とりあえず後ろの男は放置。前の荷台いる野盗のリーダーの元へ歩いていく。今の悲鳴を聞いて出てこないという事は、荷台を調べに来る俺を待伏せして不意を突くつもりなのだろう。
風刃で馬と荷台を繋いでいる馬具を切り離し、同時に手を前にかざして火魔法を放つ準備をする。
馬車ごと燃やし尽くしてやる。
「――――
ドンドンドンドン!
四つの火球が荷台に放たれ命中。
「うおぉぉっ!」
勢い良く燃える荷台から、野盗のリーダーと思しき男が転げ落ちるように出てきた。すかさず矢を
至近距離でギリギリと音を立てて狙われ、ようやく俺の存在に気が付いた男はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「っつ! くははっ、やっぱ嘘だったか」
「言い残す事は?」
「…けっ、くたばれ」
「
ドッ
火に巻かれそうになり、
這いずるタキシードの男にゆっくりと近寄ると、男は悲鳴を上げながら命乞いをした。
「ひいぃぃぃ! ま、待て! 俺は盗賊じゃない、商人だ! 見逃してくれたら金っ、金をやる! いくらでもやるぞっ!?」
下らない
「念のために聞くが、この国に何をしに来た」
「っ…」
「答えられないか。ならいい」
「お、俺はムバチェフ商会の人間だ! 俺に手を出すと商会が黙ってないぞ!」
「そんな商会は知らん」
そう言って、弓をギリギリと引き絞る。
「まて! ど、奴隷だ!
やはり奴隷商人か…野盗を雇ってホワイトリムまで亜人狩りに来たという訳だ。奴隷商人はジオルディーネやその南部にあるマラボ地方といった、西大陸南西部では国に認められた商人である。食い扶持を減らすために家族に捨てられたり、売られたりした子供、借金で首の回らなくなった者や重い罪を犯した者の行く末だが、最低限の食事と衣服、寝床は与えられる。死なぬための最終セーフティとなっている面もあるのだ。
真っ当な奴隷商売、というのが俺にはいまいちピンとこないが、制度が悪いとは言い切れない面もあるのは確か。
だが善良な者を
男を横目に鉄格子を斬り、捕まっていた十九人を解放した。頭を射抜かれた野盗の死体と、燃える荷台に怯えた様子だったが、子供を抱えて皆檻から出てくる。見事に女子供ばかりだった。
「私は冒険者です。貴方たちに危害は加えませんのでご安心を。まずは、お伺いしたい事があります」
俺の質問に捕まっていた者達同士で目配せが始まり、一人の子供を抱えた女性が答えてくれる。
「冒険者様。先にお礼を。お助け下さり本当にありがとうございます。お答え出来る事でしたら何なりと」
「この中に、この男に家族を手に掛けられた方はいらっしゃいますか? さらに…復讐したいとお思いの方は」
この質問に子供を含めた全員が、氷のような目を這いつくばる男に向けた。その目には、皆
「いないようでしたら、私が止めを刺します」
「ま、待ってくれ! もうここには絶対に来ない! 頼む! 見逃してくれ!」
「あ、あなたは! 同じことを言った私の目の前で夫をっ……夫を殺したではありませんか!!」
一人の女性が声を上げた。泣きはらした目は赤く腫れ、頬には涙の筋が今も残っている。
「ぐっ! だ、だまれぇっ!
腐ってるなこいつ。
男の心無い言い分に、夫を殺された女性は辺りを見回し、死んだ野盗の傍に落ちてあった古びた剣を拾い上げて這いつくばる男に向かって振り下ろした。
「わぁぁぁぁっ!」
「ひぃぃぃっ! な、何をするっ!?」
女性は剣に振られるようにブンブンと振り降ろすが、ゴロゴロと転げまわる男に中々当たらない。
怒りが彼女を支配する。肩で息をし、今にも崩れ落ちそうになりながらも、殺意を込めて剣を振るっている。
俺は彼女の側に寄り、そっと剣を抑えた。
「貴方の怒りと悲しみは分かりました。そして、この男を生かすに値しない事も」
「っつ! 冒険者様!」
「こんな人間でも、いかに復讐とは言え殺してしまっては、あなたの手が汚れてしまいます。最後は私が」
そう言って
「腐りきった人間の末路だ。十分に苦しんで死んで行け」
「お、俺は悪くな―――」
ボガァァァン!
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」
燃え盛る炎は、男の塵も残さない。
元々俺は彼女たちにこの男を殺させようとは思っていなかった。相手が誰であれ、人を殺すと自分の中の何かがズレる。その事は前世でよくわかっていた。そのズレはもう、元には戻らない。人を殺さずにいられるのなら、それに越したことはないのだ。
俺は野盗たちの死体を次々と炎に投げ込んだ。こんな山の中に死体を放置しては、その死肉を漁る魔獣や獣が居ないとも限らない。一度でも人の味を覚えた獣は、再度その味を求め人里に出没する危険がある。だから現状死体は燃やすべきだというのが俺の考えだ。
そして剣を握ったまま、夫を殺された女性が口を開いた。
「冒険者様…私共は、一家が
女性はギュッと拳を握って続ける。
「しかし違いました。私共は間違っていたのです。欲深い人間の果てなる事だった。この国を恐ろしい魔獣からお救い下さった山神様を疑ってしまい、何とお詫びを申せばよいか…」
「私達人間の悪意は恐ろしいものです。自分の為なら、平気で他者を犠牲にします。この悪意に当てられた
「…はい。もう
強い方だ。夫を目の前で殺され、打ちひしがれたのにも関わらず、もう前を見据えて種族の在り方を案じている。
「それが、よろしいかと」
俺はそれ以上言う必要も資格も無い。ただ彼女の行く末を思う事だけが俺の出来る事だと思う。
「冒険者様。どうか、お名前をお聞かせ願えませんか」
「聞いたところで、
「名も知らぬ恩人様では、私共の心が耐えられませぬ」
「…ジン・リカルド」
「ジン・リカルド様。この度はこの身をお救い頂き、誠に、ありがとうございました」
捕まっていた皆が深々と頭を下げる。
その後は皆、悲しみをくべるかの様に、燃え盛る炎をじっと見つめていた。
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