105話 ドルムンド防衛戦Ⅻ 初陣へ

「魔人の魔力が消えた!? ハイク、リーダー達がやったようだぞ!」


 ギリギリギリ…――――タタタン!


 襲い来る魔人兵の頭部を矢で弾きながら、『鉄の大牙』の弓術士アルクス探査士サーチャーのコンラッドが、メンバーで槍闘士ドゥルガーのハイクに声を上げる。


「マジか! ひゅーっ! さすがリーダーだぜ!」


 舞い上がるハイクが同じくリーダー不在の『喚水の冠帯』と『破砕の拳』のメンバーに目を向けると、あちらの探知魔法サーチ使いも魔人が倒された事に気付いたらしく、せわしなく戦いながらも笑みがこぼれていた。


「誰も欠けていない。一時は不安になるほどの魔力の爆発を感じたが、何とかなってよかった」


「あのリーダーが負けるとこ正直想像出来ねぇんだけどな。で、あっちはどうだ。まだ感じるか?」


 するとハイクが中央に目線をやり、コンラッドに遠視魔法ディヴィジョンを使うよう促す。


「……ああ、まだ死んでない。周囲の魔力は…信じられないが、恐らく一対一で戦い続けてる」


「すげぇな…やっぱりあの人か」


「恐らくな。コーデリア・レイムヘイト。正直、騎士団長達では力不足だ」


 シュドッ! ヒュヒュン ―――シュバッ!


 ハイクは華麗な槍捌きで二体の魔人兵を葬りながら続ける。


「開戦前に一目見たが、無茶苦茶べっぴんだったな…戦争これ終わったら口説こうかな」


「…やめておけ。相手は貴族だ。噂だと実の娘も後衛にいるらしいぞ」


「うぇ! 子供いんの!? いくら強いっつったって、貴族で女で子持ちが戦場に来るもんなのか?」


「知らん。皇帝にでも呼び出されたんじゃないのか」


「はぁ…貴族も世知辛いなぁ」


 周囲に遠視魔法ディヴィジョンを展開しながら、コンラッドはハイクに忠言する。


「無駄口叩いてないで、右翼の戦いここを終わらすぞ。まだ半分残ってる」


「まだ半分もいんのかぁ。こりゃ終わったら腕上がらねぇなぁ…」



騎士団 千二百人

援軍一般兵 八百人

冒険者八人


魔人兵 残 五百体



◇ ◇ ◇ ◇



「おらおら怪我人だぁ!」

「そちらの方! この人の右腕を探してきて下さいっ! 中央第三部隊付近です!」

「くっ、もう魔力が…」

「はいっ! 治癒完了! そこの丸薬を噛みながら戻って!」


 ドルムンドの街の回復部隊は、先程から次から次に運ばれてくる重傷者が後を絶たないお陰で息つく間もない。中軽傷者の数はグッと減ったが、重傷者ばかりが運ばれてくる。その分治癒術師ヒーラーの治癒時間が延び、各隊員の魔力残量の事も念頭に入れなければならない段階に入っていた。


 回復部隊長のブレイアムは左右の手で二人同時に治癒魔法ヒールを施しながらも、前線から届く戦況報告を聞きながら治療戦略を練っている。


(フィオレ軍長が斃れてから中央軍の兵の割合が増えて来たけど、やはり右翼の怪我人が多すぎる)


「ブレイアム隊長! 右翼軍損耗率三割を超えました!」

「分かったわ。通信士オペレーター! ヒューブレスト司令に右翼の損耗率を伝えて!」

「はっ!」


「――――!?」


「…ほ、本陣より返令! 現在司令官を含む本陣近衛部隊を最前線とし、お味方左翼と共に敵挟撃中! 司令官の指示仰げず中央軍副長より、な、何とか堪えよと…」


「ぐっ…」


(右翼の被害を分かった上で先に敵本陣を討つという事ね!?)


 ブレイアムが苦悶の表情に変わる。中央からの援軍が期待できない以上、右翼は減り続ける戦力で戦わなければならない。このままでは前線を維持できなくなり一挙崩壊、更なる被害を生む可能性が高い。


 完全に全軍突撃態勢という状況下。


 軍の指揮権者である司令官と軍長の指示を仰げない場合、後方部隊長には通常より上位の権限が付与される決まりである。ブレイアムは今、それを行使する。


「これより非常時特別権限を行使します! 中央、左翼の負傷者は回復次第、右翼へ転属! ここにいる負傷者全員、回復次第右翼へ行き戦線を支えなさい! これより運ばれてくる者にも適用します! これは命令です!」


「はっ!」


 自分達で治療した仲間を、更なる死地に追いやるというこの矛盾に、ブレイアムや回復部隊員の胸中は察するに余りある。しかしこれも軍として必要な事。力だけではない。心でも戦わなければならない。


 その時、負傷者のうめき声に血の匂いが混ざり、鬱屈うっくつした雰囲気が漂う後方部隊に一筋の光明が差し込んだ。


「報告! ほうこーく! 右翼魔人撃破! 右翼魔人撃破されました!」


「っしゃー! つつ…」

「やった! やったぞ!」


「動かないで!」

「す、すみません…」


(よし! 今ので少なからず皆に希望が湧くはず! 冒険者の皆さんよくやってくれましたっ!)


 この朗報にブレイアムは拳を握るが、ここは戦場。朗報と凶報は等しくやってくる。


 外壁上にいた物見役の地人ドワーフの伝令員が、朗報をもたらした伝令員とほぼ入れ替わりで駆けてくるや、大声で広場に警告を発した。


「やべぇですぜ! 右からバケモンが三匹こっちへまっすぐ向かって来るようだ! 的が小さすぎて兵器が当たりゃしねぇ! 味方も追って来てねぇらしい、どうしやす大先生!?」


「っつ! とうとうあふれましたか!」


 ブレイアムを含め、開戦前の軍議でも危惧されていた事が起こってしまう。


 相手は統率された兵ではない、魔物なのだ。前線が薄くなれば、当然抑えきれずに敵が溢れだす事は想定されていた。


(敵はC、B級の強さを持っています。確実に倒すには三小隊十五人が必要だとの報告もありますし、治癒術師ヒーラーだけでは歯が立たない…半端に戦える負傷者では返り討ちが確実。かといって門を閉ざす訳には…多少なりとも戦える私が囮になって引き離すしかありません!)


「私が相手をします! そこの二人! 私と変わりな―――」



 ――――私が参ります!



 ブレイアムの声を遮り、一人の少女が叫ぶ。


「なっ!?」

「お、お嬢様! 何をお考えです! なりませんっ!」

「嬢ちゃん先生、こんな時に冗談とはゾッとせんのぉ」


 ブレイアムが絶句すると同時に、少女の従者であるスウィンズウェル騎士団員マルコ、そして地人ドワーフの長ワジルは当然、その提案に反対した。


 しかし少女は力強く続ける。


「お母様も、そして先程隊長様も、為すべき事を為せと仰いました! 私も戦えます!」

「お嬢様…」

「むぅ…」


 有無を言わさぬ強い意志を持つ少女を前にし、ブレイアムは息を吐き、少女に問うた。


「…本気なのですね?」


「はい」


「…では部隊長として命じます。アリア、敵を止めて下さい。でも危ういと感じれば、即座に、迷わず逃げなさい」



「はっ!」



 護身用の短刀を胸に当て、アリアはブレイアムの命に応えた。


「私も当然お供しますよ。お嬢様に何かあったら、奥方様に亡き者にされてしまいます」

「ごめ…いいえ、ありがとう。マルコさん」


 アリアの短剣を持つ手に力が入る。


 護身用とは言え、軍神コーデリア・レイムヘイトの愛娘が持つ短剣がただのお飾りな訳がない。この短剣は柄にはB級の魔物であるブラックマジシャンの魔力核が仕込まれており、使用すると魔力出力と操作力を大きく引き上げる効果がある。


 言うなれば短剣型の魔法杖ワンドと言ったところか。並の魔法師では到底手の届かない代物である。


 二人が駆け出すと同時に後ろから大声が上がる。


「百年以上生きとるジジババ共! 大槌おおづちを持てぃ! 嬢ちゃん先生に加勢じゃあ!」


「決断が遅いわい! ひょっひょっひょ!」

「若けぇのはすっこんどれよぉ」

「どっこいしょー!」


 アリアはワジルの声を聞いて、うつむき加減にギュッと目を閉じる。長老様達は断ったところで必ずついてくる。自分もきっとそうする。今日会ったばかりだが、それだけは分かる。


 ならば、言う事はただ一つ。


 後ろを振り返り、深々と頭を下げた。



「よろしくお願い致します!」



 ―――がってんだ!



 槌を担いだ地人ドワーフの皆が、ドンと胸を叩いた。


(絶対に誰一人として傷つけさせません!)


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