104話 ドルムンド防衛戦Ⅺ 魔人 対 冒険者
中央で軍神コーデリアと魔人ニーナが死闘を繰り広げる一方、右翼でも魔人ウギョウと三人の冒険者、そこに獣人ジャックが加わり、こちらも激しい戦闘が続いている。
「―――
「下よ、全員飛んで! ―――
ドドドドドドド!!
『
だが、フロールが繰り出した地面に沿って広がる水の膜のおかげで、雷柱は空に伸びることなく全て掻き消えた。
「なぜだっ! なぜ水ごときに我が
戦闘開始から何度も雷撃を繰り出しては、フロールの水魔法にことごとく遮られているウギョウはいら立ちを隠せない。弱々しい水壁など突き破って
その隙をAランク冒険者達が見逃すはずもなかった。
『鉄の大牙』アッガスが
「ぐぬぅっ!」
三位一体の攻撃で後ずさるウギョウは、戦闘開始から即興とは思えない相手の連携攻撃に大いに苦戦を強いられていた。
「ふっふーん、私の水は
「どうでもいいが、そのふざけた魔法名を何とかしろ! やる気が削げる!」
「同意」
「うっさいわね! 即興で作ってんだからイメージしやすいのがいいのよ!」
これが水の魔女の真骨頂、
しかし、彼女は場当たり的に魔法名を決めてしまう事が殆どで、過去自分が放った魔法を極々一部を除き、覚えておくという事をしない。全く同じ魔法なのにも関わらず、使用する環境や状況で魔法名が違ったりする。
開戦前、この三人が対魔人戦を想定するに際して、ある決め事をしていた。
自ら作り上げた魔法名をも覚えようとしないフロールがいる限り、緻密な作戦を練ったところで無意味である。そこで決められたのが、アッガスとウォーレスが攻撃役、フロールが観察と防御役、というたったこれだけだ。
ウギョウからしてみれば厄介な連携に見えている今の状況も、彼ら個人が自らその場その場で判断して動いているに過ぎ無い。そこへ防御に秀でた
開幕から魔法師であるフロールを危険視していたウギョウは、当初執拗にフロールを狙っていた。だが遠距離魔法をことごとく封じられ、接近戦に持ち込もうとしても防御を固めた獣人ジャックが壁となる。そしてその後方から水魔法で翻弄され、他の三人に背を打たれるという状況に再三陥っていたので、既にフロールを先に討つという選択肢を捨てていた。
魔人ウギョウには、前衛二人との肉弾戦しか残されていなかった。
(これほどの力を手に入れても思うようにいかぬ…戦いとは誠に面白き事よ)
「ヌゥゥゥアァァァッ!!」
ピシッ、バチッ、バチッバチチチチチ!
魔人ウギョウは咆哮し、魔力を最大解放。グキッゴキッという音と共に骨格を変形させ、正に四足獣たる狛犬へとその姿を変えた。身に纏う
その立ち居姿を目の当たりにし、最初に衝撃を受けたのは獣人ジャックだった。
「完全獣化!? それはルイ様だけのお力のはずっ!」
「全力って訳か」
「負けん」
「完璧に魔獣になったよ…」
『ジャックよ…これが魔人となり得た力だ。さぁかかって来い、戦士達!』
十万人に一人という確率で、膨大な魔力を持って生まれた
獣王国ラクリでは、完全獣化の力を持つ者はルイのみであり、この力とカリスマ性がルイを女王足らしめていたというのは紛れもない事実だった。
魔人ウギョウは、その完全獣化の圧倒的とも言える力を解放し、右翼の死闘は最終局面に突入する。
「どっせい!」
アッガス渾身の一撃を鋭くかわし、即座に鋭い前足で反撃に出るウギョウ。それを
一撃でアッガスを引けたウギョウは、続けざまにウォーレスに頭突きを見舞った。ウォーレスも両掌を最大に強化し受け流そうとするが、自身の強化を上回る
「ぐっ!」
ここで気を吐いたのがジャック。自身も雷を使う獣人だと言わんばかりに、死角からウギョウの懐に入り込み、腹を抱え上げて地面に叩きつけた。
「うおぉぉぉ!」
ドシン!
「俺には雷は効かない! 力で負けるつもりもない!」
『ゴアァッ! では試してみろ!』
叩きつけられたダメージを感じさせずにウギョウは即座に立ち上がり、頭突きの体勢に。ジャックがそれを全身で受け止めるべく距離を取り、激突した。
ドギャッ!!
『グオォォォォッ!』
「がぁぁぁぁぁっ!」
完全獣化したウギョウが優勢かと思われたかち合いは、両者一歩も譲らず。
激突地点で互角の押し合いをする両者の踏み込みにより地面が窪み、互いの
アッガスはウォーレスに視線をやり、自身の全魔力を大剣に込め、この機会を逃すまいと声を上げた。
「今だ! フロール!」
「全力でいくわよっ! ――――
防御を捨てたフロール渾身の攻撃魔法が繰り出される。左右の手から巨大な二匹の水竜が放たれ、ウギョウを挟み込むように襲い掛かった。
同時にウォーレスがジャックに飛び掛かり、ウギョウから引き離さんと抱え込んだ瞬間、ジャックの異変に気が付く。
「…っ!? よくぞ堪えなさった」
ウォーレスに抱えられたジャックは既に気を失っており、ウギョウとの衝突により全身の骨が砕け、彼を突き動かしていたのはウギョウを止めるという意思のみだった。
ウォーレスの動きに合わせ、水竜を操っていたフロールはジャックとウギョウが離れた瞬間、ウギョウに向け、水竜を衝突させた。
ボバァァン!
左右から超純水の水竜に挟まれ、ウギョウはそこから脱しようと全力でもがき、対して水竜を操るフロールもウギョウを抑え込もうと、合わせた両手が離れぬよう懸命に堪える。
『ヌグォォォォ!』
「ぐ、ぐうっ…こ、い、つぅっ! なんて力し、てっ…」
ウギョウが動けぬ今が、最大の好機。
アッガスはウギョウの頭上に跳躍し、自身のパーティー名の由来ともなった
「貫け! ――――
ズドン!
『ゴァァァァッ!!』
これまで一切の斬撃で傷つかなかったウギョウの体を大剣が貫く。
アッガスは未だ絶命せずに
「はぁ、はぁ…もう無理…ウォーレス、あと、頼んだわよ…」
ジャックを横たえ、地を転げまわるウギョウに静かに歩み寄ったウォーレスは、至近で腰を落とし、拳をウギョウの額に当てた。
『ガガガ、グガァァ!』
「ジャックと俺の分だ ――――
ズンッ
『ガフッ!』
ウォーレスが繰り出した、対象の血液を揺らす
魔力と体力が尽きながらも何とか歩み寄ってきたアッガスは、ウギョウに突き刺さっていた大剣を抜き仰向けに横たえる。すると、ウギョウは完全獣化が解かれ元の獣人の姿に戻っていった。
気が付いたジャックがウォーレスの肩を借り、激痛に顔を歪めながらウギョウの元へやってくる。
「ウギョウさん…」
「見事だ…冒険者達…そしてジャック…よくぞ忌まわしき呪いを解いてくれた…」
「やはりウギョウさんは自らの意思で魔人になられた訳ではなかったのですね!?」
「核を植え付けられた瞬間脳裏に黒い霧がかかり、命令が流れて自分を見失った…」
「め、命令!? 敵を違えさせるというものですか!? …おのれぇっ、非道なジオルディーネめが!」
消えゆくウギョウを囲むように、ジャック、アッガス、ウォーレス、フロールの四人は
「時が無い…よく聞け…ルイ様は、生きておられる…核の浸食を拒み続けておられるが、後どれほど持つか分からぬ…」
「何ですって!? ル、ルイ様が生きておられるのですか!?」
「どこだ、女王ルイはどこにいる!?」
突然の朗報に四人は色めき立つ。女王がいるかいないかで、その後のラクリの運命は大きく変わってくるからだ。だが、既にあらゆる感覚を失っているウギョウに、四人の言葉は届かなかった。
「…ルイ様が魔人となってしまえば、もう、誰も止める事は出来ない…救出を……俺は先に…アギョウの元…へ……」
「ウギョウさんっ!」
――――女王ルイは生きている
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