103話 ドルムンド防衛戦Ⅹ 魔人 対 軍神
「あっはー! どいつもこいつも弱っわ! 話になんないわねぇ!」
細い四肢からは想像できない膂力をもって、縦横無尽に前線を荒らし回る魔人ニーナ。
その動きについてゆける帝国兵はおらず、繰り出される凶刃は手あたり次第に命を刈り取ってゆく。
ニーナの殺気に当てられ、帝国兵と同様に戦意を挫かれていたジオルディーネ中央軍も徐々に戦意を取り戻し、魔人に
帝国中央軍の副長達は懸命に前線を立て直そうとするが、暴れまわる魔人の存在で士気が上がりきらず、苦戦を強いられ始める。
ザクッ! バシュ! ドゴン!
「ぎゃあっ!」
「がふっ!」
「ぐぼっ…」
「ほらほらほら! さっきの威勢はどこ行ったのぉ? このまま皆殺し――――」
――――
煌めく
「ぎゃん!」
吹き飛ばされた魔人ニーナは地面を転げ、仰向けに倒れながら何が起こったか分からない様子で、大穴の空いた腹部に手を当てる。
同時に帝国兵に歓声が上がり、前線は熱狂に包まれた。
「うぉぉぉぉぉ!」
「だ、誰だ!? 攻撃が見えなかったぞ!」
「騎士団の紋章が無い! 冒険者か!?」
そんな熱狂を他所に魔人ニーナはゆらりと立ち上がり、自身にダメージを負わせた相手に視線を合わせる。
「た、立ちやがった!」
「嘘だろおい!」
「再生してるぞっ!」
明らかな致命傷を負いつつも立ち上がった魔人に、周囲の帝国兵は戦慄。
両者、時が止まったかの如く睨み合い、先に口を開いたのは魔人だった。
「同じ事した
「同じ攻撃を二度も受けたのですか。油断が過ぎましたね」
「ふ…ふふっ…あんた司令官の隣に居たヤツよね? 綺麗な顔しちゃって、
「貴方こそ、せっかく穴を増やして差し上げたのに塞いでしまったのですか?」
「ええ、あんたと違ってあたしは間に合ってるからね」
「あら未使用でしたか。可哀そうですが、今後も
まさか、戦場のど真ん中で
その時、司令官のヒューブレストが前線に合流し、中央軍に強烈な檄を飛ばした。
「これより中央軍はヒューブレストが率いる! かの軍神コーデリア・レイムヘイト殿が魔人を請け負う間に、我々は敵本陣を落とす! 皆続けぇっ!」
自軍の士気を取り戻すため、あえてティズウェル男爵夫人の名を出した司令官のヒューブレストは、
「ぐ、軍神!?」
「十年前リーゼリアとの戦争を終わらせた英雄じゃねーか!」
「この戦場にいらしてたのか!」
――――うぉぉぉぉっ!
この檄が口火となり、軍神と魔人の緊張は頂点に達する。
コーデリアは右腰に差さるもう一本の
対する魔人は吹き飛ばされた際に落とした
「あんたがあの帝国の軍神だとはね。もっとゴリゴリのマッチョ女だと思ってたわ」
「まだスタイルには自信があります。貴方も捨てたもんじゃないと思いますよ」
睨み合う視線の火花が怒気に変わる。
「誰が生娘だぁっ!」
「私は息子一筋です!」
ガキィィン!
互いの全力の一撃がぶつかり、その衝撃が周囲にまき散らされる。
その後、並の使い手では目で追う事さえも難しい攻防は、二人を中心に円を描くように広がっていった。
キンキンキン! ガシュ! スヒン!
両者の剣が交わる音と、空を切る音が響く。
距離を取り、全身をバネにして魔人ニーナが自身の持てる最速の一撃を放つが、その一撃を二本の細剣を盾とし、暴風に舞う木の葉のごとくそれを受け流すコーデリア。
魔人と違い、一撃をまともに食らえば命に届いてしまうにも拘わらず、相手の剣を前に脱力するという行動を取れる軍神の戦い方に、ニーナは技術と経験の差を思い知らされる。
(何なのこの動きっ! バカにされてる気分だわっ!)
対するコーデリアは全く余裕がない。先程から呼吸もできないほどの緊張感で、繰り出される凶刃をギリギリ防ぎ、躱している。
(受け流しても力で立て直されてしまいますね。それに馬鹿げた強化のせいで、いつも以上に剣を強化しないと折られてしまいます…長引けば魔力がもたないっ!)
通常、攻撃を受け流された相手は若干の隙が生まれるもの。極近接武器である短剣ならその隙は小さくなってしまうが、魔人ニーナはそれが無いと言える程だった。
これは武器だけでなく、脚、腰、胸に至るまで同様に強化魔法を施している証拠であり、またその状態を続けられるという事は膨大な魔力量を持っている事の裏返しである。
(人では持ちえない魔力量を得て、恐らく魔力操作や出力も上がるのでしょう。その上、魔物と同様に損傷部分を再生する。これが人と引き換えに得た、魔人の力という事ですね)
一見互角に見える戦いを繰り広げているが、現状コーデリアは圧倒的不利な状況であり、その打開策を見つけられずにいる。
両者共に二刀使いであり、どちらも戦闘スタイルは猛攻型。
コーデリアの
激しい剣戟を続けるうち、元冒険者であり過去魔物や魔獣ばかりを相手にしてきた魔人ニーナと、対人戦を想定し、鍛え、戦い抜いてきた元騎士であるコーデリアの経験の違いが現れはじめる。
魔人になってからというもの、自身より圧倒的に格下の相手に力を振るってきたニーナが、唯一経験した強者と呼べる者との戦いは
徐々に
(はっはーん、さてはこの女斬撃が苦手なのね? 受け流しても大して反撃できてないのは、私の得物が
ニーナの分析は概ね正しい。普通、
そう、普通なら。
「あはっ、弱点みーっけ!」
先程まで手を伸ばし、短剣の届く範囲で剣を合わせていたニーナは急激に接近し、攻撃を受け流された後に距離を取り、再度万全の体勢から攻撃に移る動きから懐に入り続けて手数を増やす動きに変わる。
「くっ!」
「打つ手無しね! 死ねぇ!」
超至近から繰り出された二本の短剣が、コーデリアの顔面と胸に向けられた。
ドギャッ!
「…え゛?」
シュドッ!
死角から
最初の不意打ちで吹き飛んだ時と同じように仰向けに倒れ、愉悦に満ちていた表情は困惑に変わる。
「はぁ、はぁ…私の息子は今のを
肩で息をしながら、コーデリアは相手に分かるはずもない自身の経験を語った。
二年ほど前、ジンとその父ロンが決闘をした時に、父ロンはジンが繰り出した攻撃を上半身だけで躱し、逆に後方回転した勢いで顎に蹴りを見舞ったという攻防である。その時ジンはこの蹴りをギリギリ躱していた。
ニーナは止めの一撃を躱された挙句
一方のコーデリアも無傷ではない。所々に受けた傷は軽傷とは言え少なくはない上に、失血により確実に彼女の体力は奪われていた。だが、コーデリアがこの機会を見逃すはずが無い。再生が間に合わないほどのダメージを与えなければ、魔人は倒せないのは先刻の通りだ。
「ガフッ!……あんたっ、今の体術…
「
極至近距離では
これが対人戦経験の差だった。
息を切らし、血を流しながらも気を吐くコーデリア。
顎への一撃で
「参ります!」
「な、舐めるなぁ!」
どちらかが死ぬのが先か、ヒューブレストとアスケリノの挟撃が敵本陣を落とすのが先か。
両者の死闘はなお続く。
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