106話 ドルムンド防衛XIII 魔人兵 対 軍神の娘Ⅰ

 アリアを先頭に走り出した迎撃部隊は外壁に繋がる門の前で停止。当年十一歳になるアリアが剣を胸に当てたまま前を見据え、慣れないながらも指示を出す。


「あの門の入り口で迎え撃ちます。敵を一か所に集めた方が戦力を分散せずに済みますので、皆様は門の両脇に隠れて下さい。私が目の前で待ち受けて敵が入門次第、魔法を放ちます。着弾と同時にダメージありと判断出来れば、私とマルコさんが強襲します。そこで即座に一体…いいえ、二体は必ず倒して見せますので、あとの一体に皆様で襲い掛かって頂き、敵が怯んだその隙に私が体勢を立て直し―――」


「じょ、嬢ちゃん先生! ちょっと待った!」


「あ、はい! 何か不都合がござい――えっ!?」


 呼び止められ振り返ると、地人ドワーフの全員が頭を抱え、フルフルと震えて苦しそうな顔をしている。


「大丈夫ですか皆様!? 疲労が重なったのかもしれない! すぐに丸薬を!」


 アリアは慌てて体力回復の効果がある丸薬を腰に下げた布袋から取り出そうとするが、おさのワジルがそれを手で制した。


「ち、違うんじゃ! 儂は大丈夫じゃが、皆は嬢ちゃん先生が何を言うとるのかさっぱり分からんのじゃ!」


「すまねぇ、一か所…までしか覚えとらん…」

「もちっとこう…一個で頼むっ」

「お主ら阿呆じゃのぉ、わしゃあ嬢ちゃん先生が魔法を撃つとこまで覚えとるわぃ」

おさぁ、嘘はいけねぇ! あんたが一番最初に頭ぁ抱え取ったじゃろう!」


 いざ自分の専門外の事となると、途端に思考を放棄するのが地人ドワーフの特徴である。実は開戦前の軍議でも、おさのワジルはウムウムとうなずいてはいたが、さっぱりついていけてなかった。後でこっそり司令官のヒューブレストに結局何をやればいいかを聞いたほどである。


 勘のいいヒューブレストは『なんと爽快な』と笑い、『自分の右手を見て、振り下ろした方向の敵を攻撃して欲しい』と言われ、意を得たりという経緯がある。


 ワイワイと騒ぎ出す地人ドワーフ達を見て、アリアは何とか場を収めようとあれこれ考えるが、敵が近い事もあって焦りと混乱が増してゆく。


「あ…あの、分かりにくくて申し訳ありません…」


(ど、どうすればっ!?)


 何が悪かったのか、アリアには分からない。そこでかたわらで目を閉じ、冷汗を流しながら事の成り行きを見守っていた従者のマルコが、とうとう助け舟を出した。


「お嬢様、僭越せんえつながら」

「マルコさん! わたくし何をすれば!」

「はい。まずは、皆を信なされればよいかと」

「皆さんを、信頼…ですか? 私は、皆様の事は信用して…」


(信…用? 今マルコさんは信頼と仰いました…わたくしは皆様を信じているけど頼っていなかった…と? 皆様いい人ばかりで、その上帝国軍の背を預かられております。だからこそ、そのような方々の窮地をお救いしたいと思い敵を排除せねばと…)



「――っ」



 アリアは皆に怪我をさせたくないと言う一心で、全て自分でやるつもりでいた。信用はしていても、信頼はしていなかったのではないか。信じて共に戦おうとしていなかった。よく考えて見ると、それがどれほど危うく、傲慢な事か。



 二体倒す?

 敵の戦力も測れないのに? 

 倒すどころかそもそも魔法を当てられるの?


 ただでさえ危険なのに、

 穴だらけの妄想に付き合わされた挙句、

 皆様を更なる死地に追い込もうとしていた。

 私は償いきれない罪を犯すところだった。


 私の為すべき事とは…



「ふふ、ふふふっ…」


「じょ、嬢ちゃん先生?」


 突如うつむいたまま笑い出した”嬢ちゃん先生”に一同がギョッとする。


「…皆様、傲慢で滑稽で浅はかな、何より罪深い私をどうかお許し下さい」


「ん!?」

「突然何を言っとるんだい? 嬢ちゃん先生は」

「早いとこ何とかしねぇとマズいんじゃないかの?」


 一人で決め、一人で悩み、こっそり助言を得て、一人で吹っ切ったアリアの発言の真意は、誰にも分らない。

 

 そして意を決し、叫んだ。


「訂正します! しかとお聞き下さい!」


 突然の変容に地人ドワーフのみならず、マルコまでもがポカンと口を開けて固まる。


 しかし、彼女は躊躇ためらうことなく続ける。


 ひざ下まであるフレアスカートの左すそをビリビリと腰まで破り、両端を腰辺りでギュッと結ぶ。すると右脚が膝上まで、左脚が太ももまであらわになる。


 あられもない少女の姿を見て、その場の全員が我に返り大いに慌てた。


「お嬢様!?」

「い、いけねぇ! 嬢ちゃん先生!」

「ちゃんと聞くでの! はやまっちゃならん!」

「このクソジジイ共、興奮してんじゃないよ!」


「今、この場になる者はおりません! もしもその者を呼んだら…嫌いになります! これより私の事はアリアと、そうお呼び下さい!」


「なぬっ!?」

「あわわわ…」

「そりゃいかん、嫌われとうないわい!」


 アリアの鋭い眼光がその場にいる全員に突き刺さる。十一歳の少女が放つ眼光とは思えないあまりの迫力に、皆が緊張した。


「これより皆にやって頂きたい事は二つです。門の陰に隠れ、私の声で敵に襲い掛かって下さい! 以上です!」


「そ、それだけ?」

「隠れて、襲う…簡単じゃあ!」

「やらいでか!」



 短剣を空に掲げ、アリアは皆を振るい立たせようと最後に檄を飛ばす。



「ドルムンドを皆で守ります! ―――侵略者に怒りの鉄槌を!」



 ―――侵略者に怒りの鉄槌を!



 地人ドワーフの長ワジルを含む三十人が大槌を空に掲げ、一斉にアリアに続く。


 その姿を見た従者マルコは、お嬢様にあられもない姿をさらさせてしまった後悔は一瞬で吹き飛び、支えるはずの自身までをも巻き込み、士気を高められている事に気が付く。


地人ドワーフ達はお嬢様が軍神の子であるという素性は知りません。これは完全にお嬢様ご自身のお力でまとめ上げられたもの。温厚な閣下が今のお嬢様のお姿をご覧になれば、卒倒されるやもしれませんね)


「さすが、お嬢様です」

「マルコさん、何か?」


 そっとつぶやいたマルコにアリアが反応する。


「いいえお嬢様。不得手な私ですが、精一杯やらせて頂きます」

「頑張りましょう! お怪我をなさっても私に任せて下さい!」


 フンスと両拳を握るアリア。


「お手をわずらわせぬよう、頑張ります」


 マルコは十も年下の、微笑ましくも勇敢な少女に尊敬の眼差しを向けた。


 ◇


『ギャギャギャ!』

『コッチガクセーゾォ!』

『ヒヒヒヒヒ!』


「来たぞー! 三体だ! 鉄のフルメイルに鉄の長剣ロングソード! エビルプラントの胸当てに下はローグバイソンの革製、得物えものはバーサクトードの戦棍メイス! 最後はアミーモスの糸のローブ、魔法使いだ! 得物はインプの魔法長杖ロッド!」


 物見の地人ドワーフが魔人兵三体の特徴を次々と叫び、敵の接近を警告する。


「目算百メートルから二十メートル毎にカウントをお願いします!」

「はいさぁ!」


「あ、あの…長老様」

「なんじゃアリア嬢」


 今、アリアとマルコ、そしておさのワジルが門正面で魔人兵を待ち構えている。アリアはどうしても気になった事をつい聞いてしまう。


「装備はまだしも、どうして物見の方は素材までご存じなのですか?」

「ご存じ? 見たままを言うとるだけじゃ」

「はい?」

「ん?」

「え、えと…遠くから見ただけで武具の素材が分かるのですか?」

「そりゃあのう。お主はまだ若いでの、その内分かるようになるじゃろうて」


 固まるアリアをよそに、ワジルは大槌を握りなおす。アリアは同じく横にいるマルコを見上げるが、マルコもあきれ顔でフルフルと首を横に振る。


 そんな芸当が出来るのは地人ドワーフだけですよ、と。


「し、しかし良い情報を頂きました。長老様はフルメイルの敵をお願いします。私の短剣やマルコさんの剣では通りません。打撃武器の方が相性が良いかと思います」

「じゃの。任せろぃ」


「マルコさんは戦棍メイスの敵を。私は魔法師を相手します」

「承知致しました」


「あと百!」


 物見の声でアリアは気を取り直し、魔法発動の準備に取り掛かる。短剣を前に突き出し、目を閉じ精神を集中する。すると、短剣の刃が白く光り輝いた。


「八十!…六十!…四十!…二十!」


(ジェシカお母様、お力をお貸し下さい!)


『ギャッハーミツケター!』

『コロスコロス!』

『スクナイ、スクナイ!』



 シュオォォォ――――



 瞬間、短剣の切先に白い光の矢が現れる。アリアは目を見開き、敵をはっきりと見据えた。


「ゼロ!!」



「―――浄化の矢オーバーレイ!!」



 キィィン――――



 開幕即先制。


 甲高い音を立て、光の矢が目視不可のスピードでフルメイルの魔人兵を貫いた。

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