86話 瞬殺

「な、なんだあの数…」

「あれだけの体術に、属性魔法まで使うのか!」

「だが、ベルドゥ隊長には及ぶまい」

「し、しかし、あれだけの使い手は見た事無いぞ!」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴ―――



 ジンの浮かべる火球魔法イグ・スフィアの数を見て、方々から恐れの声が上がる。


 だが、明らかなジンの挑発を受けても気怠けだるさを隠さず、魔人はおもむろに立ち上がった。


「はぁ…で? お前は何をしにここへ来たんだ?」


に会いに来たのです。お話が聞きたくて」


 ジンに名を呼ばれ、漏らした兵士を睨みつけるベルドゥ。兵士はビクッとなり『も、申し訳ありませんっ!』と平身低頭する。


「ちっ…まぁいい。俺に会いに来たってか。だがなぁ、冒険者はとっ捕まえるか殺すかのどっちかなんだが、お前はどっちがいい?」


 ベルドゥは睨みつける対象を兵士からジンに切り替える。


 睨みつけるその眼は黒く、瞳が赤い。


 なるほど、人間との差は目に出る訳か。


「怖いのでどちらもお断りします。ところで、貴方は魔人にされたのですか? それとも自ら進んで成ったのですか?」


 ジンから魔人と言う言葉が出た事にベルドゥは反応し、同時に周囲の兵士にざわめきが広がる。


「ふん、我儘なガキだ。だが魔人の存在を知る冒険者か。さしずめギルドの偵察要員と言ったところだな? こんなガキを戦場に寄こすとは、ギルドもヤキが回ったもんだなぁ」


 ベルドゥは携えるツヴァイハンダ―を抜き、全身を強化する。その魔力から発せられる圧力は凄まじく、空気が震える。


 戦闘に入る事を察知した俺は、マーナに頭の中で指示を飛ばした。


《 マーナ。その女を連れてここを離れてくれ 》


《 わかったー。 でもこの人くわえたままじゃ、追いかけられたら逃げられないよぉ 》


《 大丈夫。すぐに相手はそれどころじゃ無くなる 》


 マーナは気絶している女の襟をパクっとくわえ、パタパタと飛んでいく。さすが聖獣。人一人の重さは何てことは無いようだ。


 俺と魔人ベルドゥの戦闘開始前の雰囲気に緊張状態の兵士は、マーナから意識は外れている。


「話してやる事なんざねーよ。数人吹っ飛ばして粋がってるみてぇだが…相手の力を見抜けなかった、自分の無能さを恨んで死んで行け!」


 剣を持ち、すさまじい速度で突進してくるベルドゥ。俺は腕を振り、火球魔法イグ・スフィア全弾を叩きこんだ。



 ズドドドドドドドド!



 その衝撃に砂塵が舞い上がり、周囲に熱風が吹き荒れる。


 だが、周りの兵士ならまだしも、あれだけの魔力で周囲を圧していた魔人には効かないだろう。


 すぐに腰を落とし柄に手を掛け、魔人の魔力反応を注視する。


 ボバッ!


「はーっはぁ! 効かねーなぁ!」


 爆発の中心地から無傷で脱し、こちらへ突進してきた。


「ビビッて抜けねぇか! ザコが!」


 強化されたツヴァイハンダ―の縦薙ぎの一閃が目の前に降りかかる。


 瞬間、腰を切り、夜桜ヤオウを抜き放つ。



 シュオン



 静けさが周囲を支配する。


 納刀し、ベルドゥの顔を覗きこんだ。


 魔人は何が起こったのか分からないといった様子で、仰向けに倒れている。


「……は? 空?」


「両断されて即死しないとは恐れ入りました。でも身体から魔力が大量に失われてますし、再生は難しいようですね」


「ゴフッ、何をしやが…あ、脚がねぇ!? うわぁぁぁぁ!!」


 ツヴァイハンダ―もろとも魔人ベルドゥの身体は文字通り一刀両断されていた。側には魔人の下半身だけが立ち尽くし、倒れた上半身の手には剣先の無いツヴァイハンダ―が握られている。


 徐々に消えゆく魔人に話しかける。


「もう一度最後にお聞きしたい。貴方は魔人にされたのですか? それとも自ら進んで成ったのですか?」


 平然と話しかけてくるジンに、ベルドゥはギリギリと歯噛みしながら先の無い剣を振り回す。


「お、俺の剣が…ちーくーしょぉぉっ!! 何なんだてめぇは!」


 そうする間にもベルドゥの身体は薄くなってゆく。どうやら怒りでまともに話は出来ないらしい。


「もう結構。貴方は『相手の力を見抜けなかった自分の無能さを恨んで』消えて下さい」


 消えるという言葉にビクッと反応し、途端に怯えた表情に変わる。


「い、いやだ…死にたくねぇ! 消えたくねぇ! てめぇらなんとかしろ! 早く、早く助けやがれっ! はや…く……」


 橙の魔力核を残し、魔人ベルドゥは音も無く消えて行った。


 足元に転がっている魔力核を拾いあげる。


 橙の魔力核、B級だな。しかし強さは並のB級どころでは無かった。強さは魔物でいうと厄介なBからAと言ったところか。夜桜が無ければもう少し時間が掛かっただろう。相手が舐めてくれたおかげで、単純な攻撃を誘う事ができた。


 だが、そこを鑑みてもあの程度の魔人なら油断なくとも勝てる。一対一と言う条件付きだが、十分に参考になったな。


「隊の責任者は他に居ますか!? 聞きたいことがあります! 出て来て下さい!」


 俺は周囲で固まって動けずにいる兵士に声を上げた。


「…私だ。副隊長に任じられている」


「よかった。逃げようとしたら、皆殺しにしなければならない所でした」


 ビクッと身体を震わせる副隊長。もちろん皆殺しなんてしないし、ただの脅しである。それが可能である事を最初に伝えておくことで、スムーズに質問に答えてもらう事が目的だ。


「あなた方はジオルディーネ軍で間違いありませんか? 女を攫う目的は?」


 ガクガクと膝を震わせ、副隊長は俺の質問に答える。


「そう…です。女は本国に送られる予定…でした」


「なるほど。予想は付きますが、あなた方の任務は何ですか?」


風人エルフ族の制圧と女の捕獲が任です」


「では最後の質問です。ジオルディーネ軍に魔人は何体いますか? それと、さっきの方は魔人の中でどれほどの強さでしょうか?」


「知る限りでは十人おられます。強さは…私では測りかねます」


「わかりました。もう行っていいですよ。ですが今度お見掛けしたら命は無いと思ってください」


「はい…」


 そういうと副隊長は配下を引き連れ、俺が来た方向とは逆に歩いて行くのを見届ける。


 さて、マーナの所へ戻るか。


 ◇


《 お帰りー♪ ジン強いねー。スパッて、一回だったよ一回! 》


「ただいま。まぁ運が良かっただけだよ。相手が油断してくれたみたいだ。マーナは、あー…楽しかったかい?」


《 まぁまぁだね! でもいつものに比べたら遅かった 》


 いつもの…ね。そりゃ魔物や魔獣と比べたら人間の、しかも練度の低い兵士じゃ仕方が無いか。感謝だけはしておかないとな。マーナが居なかったら多少は面倒になっていたはずだ。


「そうか。手伝ってくれてありがとうな。あとでライツを…ってあれ? 女は?」


《 あっちにいるよー。目が覚めたら隠れちゃった。やっぱり私の声は聞こえないみたい。残念 》


 マーナの視線の先に探知魔法サーチを向けると魔力反応が一つ。警戒するのも無理は無い。一応マーナも魔獣だし、女からすれば、俺も正体不明の人間だ。


 だがあの怪我でよく動けたもんだな。魔人とも戦ってたし、根性はあるようだ。


 このまま放って置く事も出来ない。


「おーい、何もしないから出て来てくれないか。この魔獣も俺の仲間で、君に危害は加えないから」


「―――――」


 反応が無い。


 魔力は感じるから死んではいないんだろうが、動けないっていう可能性もある。


 だが、ここで安易に近寄っては余計に警戒されるかもしれない。ここは持久戦と行くか…言っとくが、忍耐力では負けない自信がある。


「怪我の治療も出来る範囲でやりたいんだ。ここで酒でも飲んで待ってるから、気が向いたら出てきてくれよ」


「―――――」


 ダメか。致し方なし。


 気を取り直し、収納魔法スクエアガーデンから七輪、蜂蜜酒ミードとショウガ、各種キノコ類と腸詰めソーセージ、それとキノコに振りかける塩を取り出し、最後にライツを取り出す。


「はい、マーナの分な」


 ポンッとマーナにライツを二つ手渡してやる。


《 やったー! 今日は気前がいいね。いっつも一日一回しかくれないのに! 》


「さっきはよく手伝ってくれたからな。ついでに蜂蜜酒ミードも飲んで見るか? 甘くておいしいぞ?」


《 のむぅ! ちょーだい! ちょーだい! 》


こうして俺と女の持久戦、マーナとの飲み会が始まった。

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