85話 要撃


 ズゴォォォォン!


「うおっ!」


 近くですさまじい衝撃が響いた。衝撃から察するに、なかなかの使い手だぞこれは。


 さっき遠視魔法ディヴィジョンで捕らえた位置から考えれば、魔物と思わしき魔力と人間に近い魔力が一対一で戦っているが、離れた所に百人程の人間の反応もある。


 どう考えても一対百の構図だ。


『気持ち悪い人と普通の人が戦ってたよぉ』


 マーナ。もうちょっと細かく…まぁ間違っちゃいないから何も言えないんだが。


 ドッキアを出てから初めて本気で走っているのだが、マーナはふわふわと普通に俺の横を走って、いや、飛んでいる。この速度に難なく付いて来られるなら、大抵の魔物や魔獣はけるはず。以前魔獣を連れて来たのはやはりワザとだったか…あの時は『気付かなかったんだよぉ…』とか言ってたが、後で問い詰めてやろう。


 そんな事を考えながら現地へ到着すると、周りの木々が円形になぎ倒され、凄まじい衝撃の跡が見て取れた。木陰に隠れながら様子を伺うと、一人の女が兵士らしき大男に担がれている。


 女の魔力はまだ感じるので死んではいないだろうが、酷く痛めつけられたようで肩の上でぐったりしている。


「もう戦いは終わったようだな」


《 ありゃー。やっぱり負けちゃったねぇ 》


「マーナは女が負けるって分かってたのか?」


《 んー、何となくかな? あと魔力量があっちの方が多かったから。クリスは魔力の量だけが勝敗を分けないって言ってたけど、やっぱり桁が違うとねー 》


「まぁクリスさんが正しいと俺も思うけど、圧倒的に差があるとそうなるな」


 マーナは相手の魔力量は分かるが、魔力出力や魔力操作と言うような、体系化された『魔法学』についてはからっきしだ。


 いくら魔力量が多くても出力が低ければ威力のある魔法は放てないし、魔力操作が未熟なら発動までに時間が掛かったり、イメージ通りの属性変換はおぼつかない。


 以前マーナ唯一の魔法にして、俺が喉から手が出る程真似したいと思った『万物の選別エレクシオン』について聞いてみたが、『分からないよぉ』で終わった。


 せめて属性だけでも分からないかと思ったが、これも分からず仕舞い。だが、これを解明するのがマーナと共に旅する間の俺の密かな目標になっていた。


「おっ、動き出したな」


 様子を伺っていると隊が動き出したようだ。


《 どうするー、追いかけるー? 》


 マーナは気楽でいいなぁ…なんだか楽しそうだし。


「さて、どうするか…」


 目の前の隊は間違いなくジオルディーネ軍だろう。そして明らかに戦闘後であろう、両腕の装備が弾けている者が一人。魔力反応からしても奴が魔人で間違いない。


 見た目は完全に人間だな。そして持っている武器は両手剣なので剣士の類なのは明白。


「クリスさんには魔人には気を付けるように言われてるが、何かしらの情報を得れば今後の方針も立てやすいか…よし、マーナ。手伝って欲しいんだけどいいか?」


《 なになに!? 》


「あの女を担いでる大男に纏わりついて…いや、大男と遊んで来てくれないか? それで女を落としたら、女の側に居てあげて欲しいんだ。離れちゃダメだぞ?」


《 うけまたわった! 》


 するとマーナは狼の姿に変わり、尻尾を振りながらさっさと敵軍に突っ込んでいく。


 マーナ…一切の躊躇が無い君は凄いよ。


 あと、股は割るなよ。



『アオォォォォン!』



 俺以外にも聞こえるように遠吠えしながら駆けてゆくマーナ。言葉は俺にしか聞こえないが、こういった遠吠えや鳴き声は誰にでも聞こえる。この辺りは普通の魔獣と変わらない。


「な、なんだ!?」

「小っせえ犬が寄って来るぞ!」

「おい! 羽生えてるぞ! 見た事ねぇ魔獣だ!」

「希少種だ! とっ捕まえて売っぱらうぞ!」


《 あはは♪ いっぱい来たー! 捕まえてごらんよぉ 》


 いい感じで乱してくれている。くだんの大男は何とか片手で払いのけようとしているが、女を降ろすのも時間の問題だろう。


「この! こいつっ!」

「すばしっこい奴め!」

「離れろってんだ! この犬、女目当てか!?」


《 失礼な! 犬じゃないよっ、翼狼だよ! 》


 翼狼よくろうって言うのか。初めて知った。


 しばらく木陰に隠れながら様子を見ていると、やっと大男が女を降ろし、背負っていた両手斧を握り締めてマーナに攻撃し始めた。


 丁寧に降ろしていたところを見ると、どうやら殺したりこれ以上痛めつけたりするつもりは無いらしい。人質もしくは魔人にするために自陣へ連れ帰るのだろう。


 これでとりあえずの懸念は無くなった。後は俺が魔人を倒せるか否かに掛かっている。


 俺は敵軍真正面へ何事も無かったかのように歩き出す。


「こんにちは」


 ―――!?


 全員が突然の来客に驚き、こちらに振り向く。マーナの周りにいる兵士はそれどころでは無いようだが。


 そして兵士の一人が近づいて来て声を上げた。


「おい、貴様何者だ! それに斥候は何をしていた! 探知魔法サーチに掛かっていたはずだろ!!」


「え!? いや、ずっと探知魔法ひろげていたんですが…」


 敵の探知使いには申し訳ないが、俺は探知魔法サーチに掛からない。なぜなら魔力を完全に遮断するエルナト鉱糸で編んだ外套を着ているから。


 元々は魔力探知に優れた魔物や魔獣除けを想定して、ジェンキンスさんにお願いしたものだ。作成前の注意事項として、エルナト鉱糸で編まれた衣類に強化魔法の効果が無いが、同じ無属性魔法の探知魔法サーチ遠視魔法ディヴィジョンと言った探査系の魔法にも効果が無い、つまり掛からないとの事だった。


 アヴィオール鉱とエルナト鉱はほとんどがドッキア産で入手困難、運よく購入の機会があったとしても非常に高価な品物だが、その労力と対価に見合っただけの性能を有している。


 それ故に、奇しくも今回の依頼の様な潜入調査には、相性抜群の装備なのだ。


 さらに俺の探知魔法サーチは、既に水面を揺らす波紋の如くにまで練度が上がっている。常に魔力を広げ続けるような探知魔法サーチとは一線を画しており、中級クラスの探査士サーチャー暗潜士アサシンでは気付けない域に達していた。


 まぁ、そんな事を正直に敵に教える必要はない。それにマーナの魔力は視えていたはずだ。小さすぎて気付けなかったとしたら、敵の探知魔法サーチが未熟な証拠である。


 俺の装備や能力から考えれば、森の中で敵に遭遇すれば、ほぼ確実に奇襲は成功すると言っていい。だが、仮に奇襲が成功して魔人を討つことが出来たとしても、そこから得られるものは特にない。


 今回は相手の力量を図る必要がある。


「私は一介の冒険者です。この隊についてお伺いしても良いですか?」


 俺の前に立つ兵士に丁寧口調で話しかけてみる。


「冒険者だと? よくもまぁノコノコとミトレスここに入って来たな。 世情を知らねぇ馬鹿は死ぬぞ?」


 そう言うと、後ろに居た数人の兵士が俺を取り囲むように配置につき、兵士が魔人に目線をやる。すると魔人は無言のまま、めんどくさそうに片手でヒラヒラと払うしぐさをする。


「まさか。ここが戦地なのは存じております」


「…そうか。今し方お前の死刑が決定した。文句はあの世で言うがいい!」


 ブンッと剣が頭上に振り下ろされるが、俺はそれを難なく回避。続けざまに言葉を発した。


「問答無用ですか」


「チッ! この人数相手にどうにかなると思ってんのか!」


 四方から剣と槍が襲い掛かる。だが一人を相手に複数人が効果的に機能するには、そこそこの訓練が必要なのだが、どうやらこの隊はその手の訓練はしていないようだ。


 兵の練度は低い…と。


 因みにまだ武器は抜いていない。この程度の相手なら素手で十分だし、力の差を示すにはこれ以上に効果的な方法は無い。


 一直線に襲い来る槍の突きを躱し、脚を引っ掛けて転ばせる。後ろから振り下ろされる剣を見ずに躱し、振り向きざまに相手の顎に一撃を入れる。


 同時に身体を回転させ、横から来る敵に強化した脚で回し蹴りを食らわせると、敵は二人を巻き込み、激しく木に打ち付けられる。


「まだやりますか?」


 瞬時に五人が無力化されると、周囲の敵兵が色めき立っているのがありありと見て取れた。


「な、舐めるなぁ!」


 性懲りも無く単純な攻撃を繰り出してくる敵兵の攻撃を軽くいなして、今度は思いっきり腹を殴りつけた。


 バガン!


「ぐぼぁ!」


 強化された拳は鎧を砕き、敵兵は戦いの様子を見ていた魔人が座る目の前まで吹き飛ぶ。


「もうよいでしょう、そこの隊長さん。さっさと止めさせないと配下が全滅しますよ?」


 俺は掌を正面に向け円を描くように右手を回し、その軌道延長線上に百の火球魔法イグ・スフィアを浮かばせた。

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