84話 暗黒

「マーナ。ここで一息つきがてら食事にしよう。何か食べたいものはあるか?」


《 わーい。じゃあ赤いやつがいい! 》


「ライツな。本当に好きだなぁ」


 収納魔法スクエアガーデンから三、四センチ程の大きさの赤くて丸い、うろこ状の果物を二つ出してマーナに渡してやる。果肉は白く半透明で果汁が多く甘さ控えめ。確かに美味いが、マーナは毎食ライツを要求してくる。


《 至高だよ! これさえあれば何もいらないよね! 》


 と言ってくるので、流石に身体に悪い気がして二回に一回は別のものを渡す。聖獣にそんな気遣いが必要なのかと問われると疑問だが、マーナはぶつぶつ言いながらも基本何でも食うのでそうしている。


「俺はこれにするか…」


 同じく収納魔法スクエアガーデンからを出す。


 そう、俺はドッキアで気付いてしまった。何も食材から調理しなくても、料理そのものを買ってしまえばいいという事に。流石に一皿ずつというのはあまりにも非効率なので、大きな鍋や寸胴の様な物を用意し、それを食堂に持ち込んで十人分単位で料理を作ってもらっていた。


 買ってすぐに収納魔法スクエアガーデンに入れてしまえば、温かいものは温かいまま。冷たいものは冷たいまま。なにせ時間が止まるのだから。


 我ながら素晴らしい発想だ。因みに収納魔法スクエアガーデンには、ドッキアで作ってもらった大量の様々な料理が入っている。肉系、魚系、野菜系や果物はもちろん、汁物ものまで何でもござれだ。


 という事で、今日は肉団子入りのスープ。


「はぁ、美味い。温まる…」


 ドッキアを出て二週間余りが経過しただろうか。俺は竜人イグニスの国ドラゴニア経由で、風人エルフの国エーデルタクトに入っている。


 西大陸西方に位置するミトレス連邦は基本的には寒帯で、何処へ行っても寒い。


 だがミトレス連邦の中でも東に位置するエーデルタクトは、ホワイトリムという雪人ニクスが住まう雪山地帯の山々のお陰で、降雪はあまりなく人間でも住める地域とされている。


 ついでに言うとドラゴニアでは何も無かった。


 魔物や魔獣には遭遇したが、ジオルディーネ軍や魔人には遭遇せず、難民にもほとんど出くわさなかった。


 たまたまだったのかもしれないが、事前にドラゴニアは人間が住むには適さない地だと聞いていた通り、荒涼こうりょうとした大地に岩肌が目立つ山々が続き、見た限りでは実りが少なく、隠れ住む場所も少ない土地だった。


 それに引き換え今居るエーデルタクトは緑豊かな、というか原生林に近いが、ここなら実りも多そうだし、隠れ住める場所も多い。竜人イグニスには悪いが、ドラゴニアよりエーデルタクトの方が住みやすいのは間違いない。


「それにしてもこの森の木は大きいな…」


 俺の知っている森の木々の四、五倍はありそうだ。


《 この辺りの森は元気だねー。ジンー、わたしお散歩行ってもいい? 》


 好物のライツを頬張りながらマーナが聞いてくる。こっちはまだ食事中だし、マーナに敵は居ないので俺が心配する必要も無い。


「ああ、行っておいで。俺は食べ終わったら昼寝してるから、戻ったら起こしてくれ」


《 わかったよー。じゃあ行ってきまーす! 》


 悪いクセが出なければいいがな…


 マーナに敵は確かに居ない。だが、それが俺にとって悪い方に働くことがある。


 それは好奇心から来るイタズラめいたもの。マーナは百年以上生きているくせに、未だに好奇心旺盛なのだ。無敵なのをいい事に、魔物や魔獣に寄っていくのである。そして相手に攻撃させ、それを避けたり、無効化したりしてキャッキャするのだ。


 魔物に狙われたまま戻ってきた事がこの二週間で二度ほどあった。その時は簡単に倒せる程度の魔物だったので事なきを得たが、とんでもない強者を引っ張ってこられた日にはたまったもんじゃない。


 二度目にそれをやらかした時、流石にダメだと思いちょっと強めにいましめた。


 シュンとしていたが、ライツを上げたら機嫌が直ったので良かったが、もうしない事を祈るばかりだ。あんまりあれこれ言いたくないからな。


 ◇


《 ジンー、おきてー、ジンー 》


「ん、くあぁぁ…ああ、お帰りマーナ。楽しかったかい?」


 暫くした後、マーナが起しにやってきた。防寒具を収納魔法スクエアガーデンに片付けながら、冷たい空気を肺に取り込んで身体を覚ます。


 日が傾き始めているな。少し昼寝が過ぎたか…


《 楽しかった! でも、途中で気持ち悪い人と普通の人が戦ってたよぉ。 またジンに怒られちゃうからそっとしておいた! 》


 気持ち悪い人?


「その気持ち悪い人と普通の人はどこが違ったんだ?」


《 魔力だよ! 見た目は人だけど魔力は魔物だったんだ! 初めて見たよ。あんなの居たんだねぇ 》


 …それって魔人じゃないか?


 魔人と戦えてるという事は冒険者か。戦いの邪魔しちゃ悪いけど、俺も魔人は一目見ておきたい。


「マーナ。そこに案内してくれるかい?」


《 うん! ついて来て! 》



◇ ◇ ◇ ◇



 くっ! こんな所でこいつ等に見つかるなんて! 逃げ切れない!


「――塵の悪魔ワールウィンド!」


「ふんっ!」


 ブワッ!


 魔人の一振りが、舞い上がる塵風を掻き消す。


「なっ!?」


「そんな目くらまし効かねーよ。大人しく捕まれよ。もう終わりだってお前らは」


「はぁはぁ…うるさいっ!」


 先の大戦の数少ない生き残りの一人であり、風人エルフ随一の戦士であるアイレは、目の前の甲冑を着た魔人に自身の細剣レイピアを向ける。


 戦いに巻き込まれないよう、魔人の配下らしきジオルディーネ兵は剣を槍をと構え、少し離れた所で戦況を見ていた。


「みんな殺したくせに! 私を捕まえてどうする気よっ!!」


 キンキンキン!


 怒気と共に甲冑の魔人に細剣レイピアを振るうが、相手の持つツヴァイハンダーにことごとく防がれる。細剣レイピアの攻撃を避けるのではなく、ツヴァイハンダーという巨剣で全て受け止められている時点で、もはや細剣レイピアの俊敏さという優位性は皆無と言っていい。


 ブンッ ――ガキィィン!


「ぐうっ!」


 魔人の強烈な横薙ぎを空中でギリギリ受け流すが、体勢は崩され吹き飛ばされる。


「あんた風人エルフのお姫さんなんだろ? とっ捕まえて、たっぷり可愛がってやるさ。そこそこベッピンだしなぁ」


「っ、下衆がっ!」


 蔑みの目を向けたまま、アイレは空に向かって左手を掲げ、ありったけの魔力を注ぎ込む。


 コイツに半端な攻撃は効かない! 食らわせてやる!


 シュンシュンシュン ――ゴオォォォォ!


 上空に圧縮された巨大な空気の塊が出現し、塊を中心に風の渦が出現する。


「おおっ。これはなかなか。さすが風人エルフ一の使い手なだけはあるな!」



「潰れろ!――風の巨星エア・アステラ!」



 ズゴォォォォン!



 巨大な空気の塊が地面に衝突した瞬間、圧縮された空気が爆発。衝撃波と共に周囲に暴風が吹き荒れる。だが、


「―――っ!?」


「うおぁぁっ!」


 衝撃波の中心が突如弾け、そこには兜の半分と両腕の防具が欠けた魔人が両足で立っていた。顔と両腕から流れる血は瞬く間に止まり、傷が治っていく。


風の巨星あれをまともに食らって…人を捨てた魔物め!」


「ああ?」


 アイレの言葉に魔人は苛立つ。瞬時にアイレに近づき、首を掴み上げた。


「く…ぁっ…」


「よく聞け。俺はだ。選ばれた者だけが辿り着ける上位の存在なんだよ。お前ら劣等種と一緒にするんじゃねぇ!」


 ドガァ!


「がはっ! うぅ…」


 首を掴み上げられたまま振り回され、岩に叩きつけれれる。


「さっきので打ち止めだろ? 劣等種のお前らにしてはまぁまぁの威力だったぜ。ミスリルの甲冑がボロボロだ。でもまぁ、ちょっと攻撃しただけで吹っ飛ぶしさぁ―――」


 ぐったりするアイレに魔人は詰め寄り、顔や腹に何度も蹴りを入れわらう。


「はーっはっは! 弱えーなぁ! これで分かっただろ! おいてめぇら、さっさとに首輪付けろ!」


「「「 はっ! 」」」


「ぅぅ…」


「こいつがここでウロチョロしてるって事は、まだこの近くに風人エルフの野営があるはずだ! 探せっ! 俺ら三番隊でこの国の奴ら根絶やしだ!」

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