63話 前夜
ウォルター工房を出て、寒空の中宿に向かっている。外はすっかり暗くなり雪がちらつき始めていた。
「雪か。懐かしいな…」
スルト村にも季節の変遷はあるにはあったが、一年を通して過ごしやすい気候だった。冬は雪が降る事は無く、そんなに寒くもない。雪は前世ぶりで何となく嬉しくなってしまう。そんな事を考え雪を懐かしみながら宿に着くと、レオ、ミコト、オルガナ、ケンの四人が宿の前で待っていた。
「みんな外で何してるんだ?」
「ジンおっそーい!」
「何って、待ってたんだよ! 遅いっつーの!」
「心配しちゃったよジンくーん」
「さ、寒い…さっさと入ろう」
レオはガタガタ震えていた。五人揃って宿の食堂の席に着く。
「すまないな、遅くなって。先に始めてもらってもよかったのに」
そんな事しねぇとケンが言い、他の三人も頷く。その後料理と酒が出てくるのを待ち、皆で乾杯。各々今日の収穫について話し出す。やはり職人の街という事で、色々な店があったらしく皆充実した時間を送ったようだ。
「でもねぇ、ちょっといいなって思ったやつが
「それはミコトちゃんの欲しい装備が全部魔道具だからだよ…」
「魔道具じゃなきゃ意味ないじゃん! オルガナだって、早くゴブリンの
「うーん、これだって金貨一枚したしなぁ。これ以上は高望み出来ないよ…」
オルガナの
「俺も値段には驚いたぜ。そろそろ剣もすり減って来たし、防具も新調したいと思ったんだが、フライバンシーの羽の剣が金貨四枚するし、アルクドゥスとかいう魔獣の爪の剣なんざ大金貨二枚だぞ!? 買えねぇっつーの。しばらく安い鉱石系で我慢するしか無いわ」
え? アルクドゥスの爪ってそんなにするの!?
ニットさん、俺なんかに大盤振る舞いが過ぎたのでは!?
自分が何気なく振るっていた舶刀がそんな値段だったとは…剣と舶刀では素材自体の量が違うかもしれないが、高級品であることは間違いない。
「いやいやレオはまだマシだろ…俺なんか盾と剣と防具だぞ? 剣は今はブロンズソードで十分だが、盾はそうはいかねぇ。今の鉄盾を1ランク上げようにも金貨数枚は要るんだぜ?」
これが普通なんだろうな…正直武器で困った事が無いし、防具なんて付けた事も無かった。
「ジンはウォルター工房どうだったの? 結構時間かかったみたいだけど」
「本物だったよ。腕は確かだと思う。特注だからその説明に時間が掛かったんだ」
「「やっぱ作るのか!?」」
男二人が
「そんなに珍しい事か? 素材は持ってたからな。手間賃だけ置いてきたよ」
「今日武具屋のおっさんに聞いたんだが、やっぱ鍛冶屋で直に依頼するのは高いって言っててな。中でもウォルター工房はこの街の三名工の一つで別格らしい。数年前からウォルター工房は店に武具を卸さなくなった上に、注文も全然受けなくなって、今ある武具の相場が高騰してるんだってよ」
「あーっ、それあたしも装飾屋で聞いた! めっちゃ綺麗と思った魔力を上げるブレスレットが大金貨一枚もしたのよ! なんでこんなに高いのって聞いたらウォルター工房で作られたやつでさ、今は細工師の娘さんのしか出回って無いんだって」
そもそも卸値と売値は違うし、ジェンキンスさんの件を踏まえても、本人たちの思う金額以上で取引されてるんだろう。それにしてもカミラさんのまで高騰してるのか。いい仕事してる証拠だろうな。
「あー…確かにそんな感じの人だったよ。俺も最初は帰れって追い出されそうになったし。でもちゃんと話は聞いてくれたし、最終的には受けてくれた。ウォルターさんが頑固なのは間違いないけど、娘さんは普通にいい人だったよ」
「そんなウォルター工房にも認められるジン君がすごいんだよぉ。そういえば、シスじゃ食事代とか宿代全然気にして無かったよね?
ズバリ聞いてくるなオルガナ…確かに帝都でかかる費用よりシスは遥かに安かったから、値段は全く気にしていなかったが。
「金持ちかどうかは分からないな…金銭感覚が帝都基準になってるからシス村が安く感じたのは間違いないけど、多分普通のBランク冒険者と変わらないよ」
「いいや、ジンは普通じゃない。俺らはよく知っている。ウォルター工房の依頼料はいくらって言われたんだ?」
「おぅレオ、いい事聞くな。俺も気になる、今後の参考にしたい!」
「あたしも聞きたーい! ウォルター工房の特注とか夢だよね!」
「D級の魔力核で作った
この四人に隠す必要も無いが、さっきの会話を聞いてると非常に言いづらい。むやみに広めるんじゃないぞと前置きをして、正直に教えてやることにする。
「値段は本当に聞いて無いんだ。珍しい仕事だしタダでいいと言われたんだが、それじゃ俺が納得いかないってなって。手持ち全部、白金貨十枚置いてきた」
「は、白金貨十枚? ははは…家建っちまうよ」
「白金貨って金貨何枚?」
「馬鹿! 金貨五十枚で白金貨1枚! ……はぁ!?」
「タダにしてくれるって言ったんだよね?」
大声で四人に無茶苦茶非難されてしまった。他の客の迷惑になると店員に怒られて四人は大人しくなったが、まだ信じられないと言った目つきでこっちを見てくる。
ほら、こうなる事は分かってたんだ。
「あ!!」
「「「「 今度はなに!! 」」」」
「すまん。有り金全部置いてきたからこの食事代が払えない。奢ってくれ」
――――!?
◇
ひと悶着した後、明日からの話になる。俺は武器を作るためにダンジョンに潜る必要がある事を伝えると、レオとケンが事前にこの街の鉱山にある『塔のダンジョン』について調べていてくれた。
塔のとは言っても本物の塔では無く、他のダンジョンとは違って下に下に深く潜っていくダンジョンの様だ。時折現れる広い空間や横穴の配置から、まるで階層化されているように見えるので、地中に埋まった巨大な塔のようだという事で塔のダンジョンとなったらしい。
鉱山の山頂付近が入り口となっており、川底のダンジョンと並ぶ、帝国屈指の人気ダンジョンとの事だ。現在発見されている帰還魔法陣は全部で十。三つ目までは上層、四~六つ目までが中層、七~九つ目までが下層。十以降が深層と呼ばれているらしいが、例のごとく底が分からない。考えようによっては人類は未だ上層に居るのかもしれない。
「行こう皆で」
「いいのか!?」
ダンジョンに誘われてレオは少し驚く。今まで俺から誘った事は無かったからな…。
「俺もダンジョンには1度しか入った事は無いが、レオ達なら上層は余裕だろう。焦る必要はないんだしじっくりやっていけば大丈夫だと思う。それに、依頼をこなすよりダンジョンの方が儲けに繋がるかもしれないぞ?」
「ほんと!?」
ミコトが真っ先に食いついた。
「ああ、行かない事には何とも言えないけどな。ヘタしたらギルドの依頼料を4等分するより、遥かに儲かるかもしれない」
四人はダンジョンに入った事は無いが、もともと興味はあったらしく俺の一言でダンジョン挑戦が決まった。皆は新しい装備のため、俺はゴルゴノプス討伐のため、明日から本格参戦だ。
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