62話 神剣と宝剣

「オルロワス大火山は標高二万メートルって言われている事は知ってるよね?」


「はい。誰も登った事が無いので推定止まりだと。常に山頂付近から黒煙を吹いているため、山は黒煙に覆われて地上から山頂を確認できず、途中までの傾斜で予測されていると」


「そうそう。その途中、一万メートルまで登った人が探検家ディオス・アルバートっていう人よ。この人類最高到達点は未だ破られてないらしいわ」


「ディオス・アルバート? はて、どこかで……あっ! 皇帝陛下の同じ御名!!」


「さすがに気付くよね。その探検家ディオス・アルバートにはあと三人の仲間がいてね。残念ながらその三人の名前は伝わってないわ。一人は人間、後の二人は亜人だったって言う説はあるけど、真偽は定かじゃない。これもどこかに伝わっているのかもね。ディオス・アルバートを含む探検家四人は、世界中を旅して様々な功績を残してるの。大陸南に広がるサントル大樹海に入って二年も過ごしたとか、西の海に浮かぶとされる幻の島の発見、北東の海に浮かぶアクアピール島上陸とかね」


「ああ…すばらしい…私はそのような方が作った国に生まれたのですね」


 俺はこれぞ冒険譚とも言える話に、震えが止まらなかった。


「晩年にディオス・アルバートは王国を樹立して、今のアルバート帝国に繋がるってわけ。その王国から帝国に変わった原因がクラウ・ソレスと言われているわ。ここからが、地人ドワーフと王家、それと王家に近しい者しか知らない話。他言無用よ?」


「わ、わかりました…他言致しません」


 若干緊張しながら話の続きを聞く。


「ディオス・アルバートはオルロワス大火山の登頂に挑戦したけど、その過酷な環境に勝てず、命果てようとしていた。そこで一匹の魔獣に出会うの。それが神獣ロードフェニクス」


「…っ!」


「神獣の力によって生還したディオス・アルバートはここまで来た証拠、まぁ人類からしたら褒美みたいなものね。その褒美として神獣から一つの石を授かったの。それが星刻石」


「オルロワス大火山登頂を諦め、星刻石を持ち帰ったディオス・アルバートは、それを地人ドワーフの里ドルムンドに持ち込んだ。この時に地人ドワーフの鍛冶師によって打たれたのが、クラウ・ソレスよ」


「神剣? 宝剣ではなく? いやちょっと待て…そもそもディオス・アルバートの持ち物だった剣がなぜ」


「そこは順番にね! それで、ディオス・アルバートは神剣クラウ・ソレスを手に建国を宣言した。そこから群雄割拠の時代に名乗りを上げて、瞬く間に周辺諸国を平定して広大な版図を統べる王となったわ。だけど建国から十数年後のある日、神剣クラウ・ソレスは盗まれてしまったの」


「ま、まさか…その盗んだのが…」


「創世教の信者よ。教皇との関りは分からないけど。その信者は当時はまだ少数派だった創世教を広めるために、神剣クラウ・ソレスの力を使って神の御業として創世教の力を認知させたの。そうやって影響力を東大陸に広めて、今の神聖ロマヌスがあるってわけ」


「創世教は盗人ぬすっとが広めた教義という訳ですか…恐ろしいというか何というか。その心意気は逆に驚嘆に値しますね」


「あははっ、そう取るのね! なかなか面白いね!」


今代こんだいの人間には関りようの無い事ですし…創世教は良く知りませんが、創造神ゼウスを唯一神として崇めているんでしたよね? でも、教義自体は人道に反したものでは無いのでしょう?」


「まぁそうね。他の宗教を邪教呼ばわりする事以外は、別に何てことないわ。で、話を戻すと、神剣クラウ・ソレスの成り立ちは話した通り。でもその成り立ちが創世教の教義に反したのよ」


「あ…神獣によってもたらされたというのが、都合が悪かったのか」


「その通り! 神は創造神ゼウスだけなのに、彼らにとってはによってもたらされた剣は、神剣とは呼べない。だからに改めたってわけね」


「盗まれた本人であるディオス・アルバートは取り返そうとしなかったのですか?」


「ええ、しなかった。相手は東大陸で遠く離れているし、何よりそんな大事な剣を盗まれたー、なんて言ったらどうなると思う?」


「国として大恥ですね…」


「でしょ? だからもう王国もある程度版図を拡大して安定してきていた事もあって、ディオス・アルバートは諦めたらしいわ。取り戻す為だけに戦争する訳にはいかないってね。一方の神聖ロマヌスも盗んだ事は絶対に秘密にしたいってのもあって、この盗難騒動はしばらく表沙汰にはならなかった。だけど―――」


「次の国王が許さなかったと。なるほど…それで東大陸から遠く離れた王都ディオスを捨てて、東大陸の入り口近く、王国南東部に新たな都を造ったのですね」


「ジン君ほんと賢いねぇ…それが今の帝都アルバニアよ。遷都に伴って王政から帝政に移行したのも色々事情があるんだろうけど、一番は戦争をしやすくする為と言われているわ」


「剣一本の為にそこまでしますか。いや、影響力を考えれば…あれ? ちょっと待ってください…なら、今帝国とリーゼリア王国が戦争しているのはもしかして」


「そ。帝国が神聖ロマヌスを攻めるには、必ず東大陸の入り口を通らなきゃいけない。そこに軍を進めたら、そこにある国が黙って無いよね? 当時は多くの有力者が争っていた場所だったらしいんだけど、帝国が侵攻してくると思った当時の有力者達は、力を合わせてこれに対抗する事にしたの。そうして出来た国がリーゼリア王国よ」


「元を辿れば、帝国は神聖ロマヌスから剣を取り返したいだけ。リーゼリア王国は侵略されると勘違いしているだけ。でも帝国は『ロマヌスに盗まれた剣を取り返したいだけ』とは恥ずかしくて言えない。だからなし崩し的に両国は戦争をし始めたのか。なんと馬鹿な…」


「たまんないよね。今戦ってる騎士達も、元々の発端はもう誰も知らないかもね。もうとっくに『大陸統一を目指す国』と『侵略者から国を守る為に戦う国』の戦争に変わってしまってるから」


 前世の戦でも大義名分は欠かせなかった。現世にもそれは大事な事なんだろうが、大陸最大の版図を有する帝国が、今更一本の剣の為とは到底言えない。だから歴代の皇帝達は大陸統一を掲げ、今に至っているのだろう。だが、十五年前にクラウ・ソレスと同じ素材が手に入ってしまった。もはや力として剣を取り戻す必要は無くなった訳だ。あとは威信の問題か――


「ところで、なぜ盗まれたという情報が地人ドワーフに伝わっているんですか? お話を聞く限り、王家以外には伝わり様が無いですよね」


「ああ、それはな」


 今度はカミラさんからグリンデルさんに交代。これまでの話は、確かに星刻石を持つ者は聞いておかなければならない内容だった。


「里の伝承によれば盗まれた後、そのディオス・アルバートがドルムンドに来たんだ。『剣が盗まれちまった。素材余ってたらもう一回作ってくれー』ってな」


「お、おもしろい方だったんですね…」


「ああ、元々は冒険者の前身の探検家だった奴だからな。全く王族然とはして無かったんだと。それに地人ドワーフの口の堅さを分かってたんだろう。んで、星刻石が余ってる訳も無く、無い事が分かったディオス・アルバートは魔法に傾倒していったらしい。あんな剣持った後、普通の剣なんざ使えるかってな」


「ははは…」

 

 相棒を盗まれ、利用され、さぞ悔しい思いをしたのだろうと思ったが、案外そうでもなかったのだろうか。俺はそれに近い武器を作ってもらおうとしているのだ。


「だから今代も含めて、歴代皇族は皆強力な魔法師でもあるっつーわけだ」


 雷魔法の使い手であり、皇帝でもある。なので―――


「建国当時から帝国と地人ドワーフは縁があるのよ。だからドワーフわたしたちは帝国が好きだし、少なくとも嫌いな人はいないわ。もしかしたら人間の言う亜人は皆そうかもね。ディオス・アルバートは何かしら亜人に影響を及ぼした人だから」


 何という事だ…

 星刻石は本当に気軽に出してよい物では無かったのだ。歴史がそう物語っている。本当に俺が刀の素材として、使って良い物かどうかの覚悟が試されるだろう。


「どうでぇ。今の話を聞いて。言っとくが、俺はもう引かねぇぞ」


「確かに今のお話を聞けば二の足を踏まざるを得ません。しかし、もう決めた事です。武器は扱う者次第です。私は国造りを行うなど大それた事は考えておりませんし、出来たなら相棒として迎えるだけです」


「ふふっ、じゃあ決まりだね!」


「そう来なくっちゃな。俺一人では手が足らん。この街にいる信頼できる地人ドワーフの仲間が二人いる。そいつ等を手伝わせて問題は無いな?」


「はい。お任せします」


「よし。それでだ。竜の鱗の加工は今すぐにでも始められる。だが、星刻石こいつを加工するにはより強い火が必要なんだ。火を強める強力な魔力核が必要になる」


「火魔法の増幅に適した魔力核という事でしょうか?」


「ああ。それをお前さんに採って来てもらいたい。これは強い冒険者にしか出来ない事だ。場所は鉱山にある塔のダンジョン。魔物はゴルゴノプス」


「お、おっ父! ホントにそんなのいるの!?」


 カミラさんの様子から、並大抵の魔物ではないようだ。


「必要だ。ダンジョンの事は詳しくねぇ。そこはもうジンに任せるしかないんだ。この街には売って無いしな」


「分かりました。お任せください」


 どの道この街のダンジョンには挑戦する予定だったし丁度いい。

 どんな相手だろうがやってやる。


「では、料金を教えて下さい」


「素材は殆どお前さんの持ち込みだ。かかるのは手間賃だけだ。…と言いたいところだが、金は要らねぇ。俺は今回は仕事じゃなく誇りを掛けた戦いだと思ってる」


「あたしも別にいいかなぁ。黒王竜の鱗を使って、造った事のないモノに挑戦できるなんて、お金には代えられない経験だからね!」


「何を仰っているのですか、お二人共。それで私が『はいそうですか』と言うとお思いですか?」


「言わないだろうな」

「言わないでしょうね」


「恐らくですが、完成まで掛かりきりになるでしょうし、それにお二人の事です。どうせ他のお仕事を断る気でいるでしょう。お手伝い頂く地人ドワーフのお二人にも申し訳が立ちません」


 ギクッ


 二人は肩をすぼめる。助っ人をタダ働きさせる気満々だったようだ。


「私の今の手持ち全てをお渡しします」


 金袋を取り出し、テーブルに置いた。


「ちっ…手伝わせる奴らを言われちゃあ仕方がねぇ」

「じゃあ、あたしは手間賃貰っちゃうよ!」


「では、明日からダンジョンに入るための準備をします。当面の拠点は宿ですので、何かありましたら連絡ください」


 宿の名前を伝えて、俺は深々と頭を下げた。


「どうかよろしくお願いします!」


「ああ、任せろ! 魔力核頼んだぜ!」


「ジン君! こちらこそよろしくお願いしますっ!」


 そうして俺はウォルター工房を出て宿に戻る。すっかり遅くなってしまった。宿でレオ達が待っているだろう。



◇ ◇ ◇ ◇



 ジンを見送った二人は深くため息をついた。疲れたのではなく、武者震いを抑えるためだ。これからの大仕事への覚悟が見える。


「カミラ、いつもの炉じゃ無理だ。大炉を使うぞ」

「久々だね。二年ぶりぐらい?」

「煙突が綺麗なままってのも締らねぇもんだ」


 カミラは『やるぞー!』の掛け声とともに、何気なく置かれた金袋を手に取る。ジャラジャラと音がする金袋の中を確かめてみると、瞬間、カミラに寒気が走る。


「お、お、おっ父!」

「ん?どうした―――!?」


 袋から出て来たのは、十枚の白金貨だった。


「は、は、白金!? ブクブクブク」

「ジン君多すぎ!! ブクブクブク」


 これはジンの確信犯である。大金貨で渡せば袋の膨らみで警戒されてしまうと思い、あえて白金貨にしたのだ。ジンは黒王竜の素材でかなり潤っている。使い道が無いから半分渡したぐらいの気持ちだった。

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