61話 星刻石

 倒れた二人を急いで介抱し、大地魔法をかける。回復効果は無いが、俺がGランクの時にお世話になったAランクパーティーのシズルさん曰く、混乱や恐怖耐性があるかもと言っていた。今はそれに賭けるしかない。


「―――獅子王の心ライオンズハート!」


……。


 ―――う、うーん


 効いた…のか?

 反応があるという事は何かしらの効果はあったようだ。むくっと二人は起き上がり、目をぱちぱちさせている。因みに獅子の心ライオンハートは単体、獅子王の心ライオンズハートは複数に効果がある。まさかここで使う事になるとは思いもよらなかったが、この二人が倒れたのは俺のせいだ。やれる事はやらなければならない。


「はっ! 俺は倒れて…な、情けねぇ!」

「なんか身体が熱いなぁ」


「驚かせてしまったようで、すみませんお二人共。効果があるか分からなかったのですが、耐性魔法レジストを掛けさせて頂きました。その影響で血流が上がって少し熱く感じるかもしれません」


 二人は水を飲み、落ち着いてから再びテーブルに着いた。


「こ、これが星刻石かぁ…人生十周してもお目に掛かれるもんじゃねぇ。カミラ、拝んどくぞ」


「「ははぁーっ!」」


 二人とも石に拝み始めた。地人ドワーフの作法なのだろう。俺は何も言わず見届ける。


 ◇


「それで、星刻石を刀身に使うだったか」


「はい。可能でしょうか。魔力核は脆く、武具には向かないと聞いたことがあります。しかし、この石自体の硬度と竜の鱗があれば、十分な強度を保つことが出来るのではと思ったのです」


「ば」


「?」


「馬鹿野郎! 最初に言いやがれってんだ! おめぇ俺らを殺す気か!」


「は、はい!?」


「いいか! 星刻石ってのはな、地人ドワーフからしてみりゃ夢のような素材なんだ! これにお目にかかるなんざ千年に一度あるか無いかなんだよ!」


「ヒドいよジン君…そんなの後出しするなんて」


「た、確かにクシュナー先生もこの石が帝国の国宝になっていると仰っていましたが、私にとってはただのお守りでしたので…」


「まぁ、価値を見誤るのは仕方がないし、悪意が無かったのは認めてやる。本来なら俺は感謝すべきところを逆に怒っちまった。そこは謝罪しよう。だが…あまりに無造作! あまりに無防備! これの価値を知っておくんだな」


「はい…すみませんでした。」


「ジン君。神聖ロマヌスの宝剣クラウ・ソレスって聞いたことある」


「すみません、神聖ロマヌスの存在は知っていますが、宝剣の事は知りません」


「そっか。まぁその宝剣はね、剣全てが星刻石で出来てるのよ。三百年以上前に私達地人ドワーフのご先祖様が十人掛かりで打った剣なの。未だにあの剣以上のものは打たれていないわ。これは地人ドワーフなら小さい頃に全員教えられる事よ」


「星刻石を加工できるのは俺ら地人ドワーフだけだ。その宝剣を打った際の知識や技能ノウハウ地人ドワーフ以外には門外不出として、俺達の里のドルムンドに伝わっている。クラウ・ソレスは俺達の誇りなんだ」


「そのような…軽々しく扱ってよい物では無かったという事ですね。申し訳ありませんでした」


「勘違いしないで欲しい! ジン君を責めてる訳じゃないの! この石が目の前にある事がまだ整理できないだけ!」


「そういう事だ。こっちこそすまなかった。だから正直に言おう、俺は戸惑ってんだ」


「戸惑い…ですか」


「ああ。本当に俺でいいのか、俺に出来るのか、ってな」


「…この石は十五年前に、神獣ロードフェニクスがスルト村に置いて行ったの内の一つです。皇帝陛下に献上した石以外にも実はもう一つあった。この事実はおそらく当時の一部の村人しか知らない事では無いかと思っています。別に元々は村が神獣様から賜った物ですから、国に隠したところで罪にはなりません。そして神獣様から村へ、村から母上へ、母上から私へ渡り、母上は私の好きにしろと仰いました。そのような石を持った私が、ここへ導かれたのも運命なのでしょう」


「「………」」


「グリンデルさん、カミラさん。申し訳ありませんが、あなた方はもう私の運命の上にいらっしゃいます。最早こちら以外でこの石を出す事は無いでしょう。逃げる事は出来ないと思って下さい」


 このジンの言葉で、グリンデルはうつむいて自問自答する。



 こ、子供のクセに何が運命だ。

 誰が逃げるって?

 しかし本当に出来るか?

 伝説の素材だぞ?

 ご先祖が十人掛かりでやっとの思いで打てた素材だぞ?

 これを打てるのは地人ドワーフだけ。

 ここでやらねぇとあの石はもうジンの目の黒い内は眠ったままだろう。

 ジンこいつは本気で言っている。

 それはだけは直感で分かる。

 そんなモンが俺の目の前に試すかのように置いてある。

 俺が、地人ドワーフが、石に試されてやがる!

 ならやるしか無いんじゃねぇか!?


 ……やる…やってやる

 やってやる やってやる! やってやるぞ!!



「やるぞジン。覚悟は出来た! 地人ドワーフ舐めんじゃねぇ! あとは全て任せろ!」


 グリンデルさんの瞳に褐色の魔力が揺らめいている。側に居るカミラさんは、またも目に涙を溜めながら満面の笑みを俺に向け、涙声で『こんなおっ父に、ありがとう』とつぶやいた。


 ◇


「さてジン。先に色々覚えといて欲しい事がある。星刻石と宝剣についてだ。これは本来地人ドワーフにしか伝えてはなんねぇ事だが、星刻石の持ち主であるお前さんなら構わないだろう。だが、絶対他に漏らしちゃなんねぇ」


「誓って誰にも話しません。お願いします」


 これは聞いておきたかった。如何せん情報が少なすぎる。だが、先程聞いたように星刻石で剣が打てるというのは朗報だ。俺を見据えて、グリンデルさんは話し始める。


「星刻石は聖属性の魔力を何十倍にも引き上げる力を持っている。何故だか分かるか?」


「…神獣様に関係する気がします」


「そうだ。神獣ロードフェニクスには癒しの力があると言われている。これはお前さんの故郷にも伝わっているはずだ」


「はい。母上も神獣様のお力で病が癒えたと」


「神獣ロードフェニクスはオルロワス大火山に居るとされててな、そのオルロワス大火山の山頂付近に星刻石は有るとされてるんだ。もちろん生物が近寄れるような場所じゃねぇから採りには行けねぇ」


「なるほど。もともと星刻石に魔力核は備わっているが、神獣様の力の影響で癒しの力、つまり聖属性の魔力と相性が良くなったのですね」


「正解だ。だからと言って他の属性が強化されない訳じゃねぇ。数倍は魔力が上がる。そんでその魔力核は、通常のモノとは段違いに堅ぇんだ。ここは何故だか分かってねぇんだが、十分武器に使用できる次元レベルのものだ。石自体、まぁ金属に近いんだが信じられねぇ堅さなもんだから、クラウ・ソレスはその強固さと魔力を増幅する力で、未だに世界最高峰の武器として存在する」


「数倍ですか。凄いですね」


 なぜ魔力核が堅いのか、ここが地人ドワーフが専門外とする所なんだろう。クシュナー先生の、通常の魔力核ではなく原素から出来た魔力核なのでは、という推論がここで当てはまる。


「ここからはクラウ・ソレスにまつわる歴史の勉強よ!」


 横からカミラさんが割って入る。グリンデルさんは一通りは話したという顔で、カミラさんに話を譲った。

 



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ここまで四話、工房での会話が続いております。

 時間軸は非常に短いですが、結構重要なので長々と書かせて頂いております。

 もう少々お付き合い頂ければ幸いです。

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