22話 ジンの勝負Ⅱ

「待てと言ってるだ、ろっ! くっ! 浅い!」


『ブルゴァァァァ!』


 俺の背中への一撃で幻覚から覚めたのか、一匹のローグバイソンがこちらに向かって突進してきた。


「いいぞ! 来い!」


 ギリギリで突進を躱すと、ローグバイソンは岩に激突する。


 この突進を真っ向から受け止める父上はやっぱりすごいな…と、今更そんなことを思うが、そんなことを考えている場合ではない。俺に対して後ろを向きながら頭を振っているローグバイソンに止めを刺す。肩甲骨中央を深く刺せば、こいつらを即座に無力化できる。


 先程のように胴体真っ二つは本来やってはいけない倒し方。肉が腐るのが早くなり、食べることが出来なくなるからだ。糧とすべき命を無残に殺してしまった。


 だが、今はそれどころではない。激突の衝撃から醒める前に無力化し、最後の一匹。


「最後! だいぶ離れたか!?」


 即座に追いかけながら遠視魔法ディヴィジョンを発動し位置を確認、全身強化に切り替えて全力で追いかける。


 森が切れる! 間に合うか!?


「うおぉぉぉぉ!」


 気合の咆哮を上げ、前方に最後の一匹を確認。

 木から飛び上がり二本の舶刀を抜く。同時に森が切れ、村の柵が見えると、間に合わないかもしれないと大声で警告する。


「皆さん! 気を付けて!」


「とーまーれぇーっ!」


―――ズバンッ!


 最後の一匹が村の柵に接触するギリギリで両刃は届き、ローグバイソンの首が落ちる。

 

「フーッ、フーッ、間に合った! エドガーさん…許しませんよ!」


 額の汗を振りまきながら即座に森へきびすを返し遠視魔法ディヴィジョンを発動。エドガーさんの位置を確認して、全身強化に切り替え再び森へ突進した。



◇ ◇ ◇ ◇



 エドガーとジンが森へ入った後、ロン、ジェシカ、オプトとコーデリアに加え騎士団二十名が森への警戒態勢に入っていた。


「皆、さっきのエドガーの話では五頭確認しているらしい。ジンがエドガーを選んだ場合、もしくはローグバイソンの異変に気付かなかった場合、最大五頭はここに届くとの事だ。一匹は俺が受け止めるから、オプトはそいつの止めと、他のやつらの牽制を。コーデリア、後の四匹を騎士団と頼めるか」


「はいよ~。美味い肉の為に完璧に処理してやるよ」


「愚問です。ロンさんこそ大丈夫ですか?」


「それこそ愚問だぞ!…だが、万が一の事もある。村の人は理解してくれるかもしれないが、それ以外の人達に怪我でもさせたらそれこそ事だ」


「そうですね。万全を期しましょう。騎士団の方々は四名で一匹受け止めて下さい。私が四匹を即座に処理します。残りの四名は念のためサポートに回ってください」


―――はっ!


 コーデリアは既に騎士団を退団した身であり、騎士への命令権は無い。それに彼女はマイルズ騎士団であり、ここに居る駐屯隊はアルバニアの騎士団所属である。所属していた騎士団すらも違うのだが、皆コーデリアをうやまっており、ジンの為ならと快く承諾してくれた。


「皆、息子の為にありがとう」


 ロンは皆に頭を下げる。


「ジンの為ならしょーがないですよ!」

「ロンさん、気にしないで下さい! 俺らも肉の為なら働くってもんです!」

「ジンは私の愛しい息子です。ジンの為ならなんだってしますよ私は」

「ふっ…そうだったな」


 コーデリアの相変わらずのジン愛は恐ろしい。ロンはコーデリアの娘のアリアに目線をやり、『お母様はすごいな』とつぶやいた。


「ジェシカ、アリアを頼んだよ」


「任せて下さいあなた」


 快く引き受けるジェシカだが、後の言葉はコーデリアにしか届かない。


「でも、皆さんのお役目は回ってこないと思いますけどね」


「私もそんな気はしています。アリア、ジェシカの側を離れてはいけませんよ」


「はいお母様!」


 ロンは二人の会話の意味がこの時は分からなかった。


 ジェシカとアリアは皆のいる森のそばから少し離れ、事を見守る。


「あの…ジェシカお母様。魔物が来るのですか?」


「そうですね、もしかしたら来るかもしれません。でも安心してアリア。ジンがやっつけてくれますよ」


「本当ですか! さすがジン様です! でも怪我をされているかもしれません。その時は私が治して差し上げます!」


「お願いしておきますねアリア」


 アリアはこの一年で治癒魔法ヒールをマスターしていた。

 並大抵の事ではない。


 そう、これはエドガーが事前にロンに相談して仕組んでいたこと。冒険者となるからには、いつか必ず重大な選択を迫られる時が来る。その時にどちらを選ぶか。自分の欲や恐怖心に負け仲間を見捨てるか、自分を犠牲にしても仲間を選べるか。ロン達はジンには後者のような人間であってほしいと心から願い、そのように育ててきた。


 今回のエドガーとの勝負は、そんな心が試される勝負にしたいとエドガーが言ったのだ。そんな事をせずともジンは大丈夫だとロンとジェシカは言ったが、経験させておくことが大事だとエドガーにしては珍しく引かなかった。ロンはしぶしぶ了承し、コーデリアの意見を聞かないと後でどうなるか分からないといい、コーデリアにも聞いてみると、


「試すようであまり気が進みませんが…、元冒険者であるエドガーさんがジンの為に考えた事ですし、協力します。あの子がエドガーさんを選ぶなんてありえませんが、気付かない可能性は否定できません。騎士団にも声を掛けておきましょう」


 という訳で、今回の運びとなった訳である。つまるところ、ジンはローグバイソンの異変に気付いて引き返した時点で、もうエドガーとの勝負はジンの勝ちにしようと皆が考えていた。どの道、普通に勝負したところで今のジンに敵わない事は、エドガー本人がよくわかっていた。


 ◇


 ロンにエドガーから通信魔法トランスミヨンが入り、ジンが引き返してローグバイソンを追っている事が知らされる。しかも既に一匹倒したとの事だ。このペースだとエドガーの予想では二匹届くとの事だった。


「皆、ジンが気付いて引き返し、一匹倒したらしい。このペースだと二匹ここに届きそうだとの事だ。予想より少ないが気合入れておいてくれ」


「おぅ!」


「さすが私のジン…分かっていたとはいえ嬉しいですね」


「ああ、そうだな」


 しばらくすると、森のすぐそこでジンの咆哮が響き渡る。


「うおぉぉぉぉ!」


「ジン、なぜこんな近くに!? 皆来るぞ! 構えろ!」


 ロンの一言で一斉に戦闘態勢に入る。それと同時に一匹のローグバイソンが森から飛び出してくるが、その後ろからジンが木から跳躍し、空中でこちらに警告を発した。


「皆さん! 気を付けて!」


「とーまーれぇーっ!」


 ―――ズバンッ!


 皆の目の前でローグバイソンの首が落ちる。皆が呆気にとられてジンを見ると、顔を汗だくにしながら鋭い目つきで、本気の戦闘態勢に入っていた。


 完全に怒っている。そこでロンが我に返り、ジンに声を掛けた。


「ジン! これで最後か!? 心配させて悪かった。これでお前の勝―――」

 

「フーッ、フーッ、間に合った! エドガーさん…許しませんよ!」


 全く聞こえていないようだ。すぐに踵を返し森へ突進していくジンを、誰も止める事が出来なかった。


「な、なぁ。あいつ多分ものすごく怒ってたよな…?」


「ああ。これは非常にマズイ事になるかもしれん」


「それはそうですよ」


 アリアを連れたジェシカが、皆のところへ戻って来るなりそういった。察したロンがジェシカを見て、


「やっぱりジンは」


「そうですね。ジンにとっては村の皆を人質に取られた気持ちでしょうから。怒って当然です」


――これは本当にマズイかもしれない


 事情を察したロン達は冷汗が止まらない。

 怒れるジンに恐怖しながらも、ロンは騎士団の皆に解散するよう声を上げた。


「騎士団の皆! ありがとう! 獲物は全て息子が倒してしまったようだ。後で肉持っていくから待っててくれ!」


「やっぱすごかったんだなジンのやつ!」

「さっきの一撃はヤバいだろ、末恐ろしい子だな」


 ロンの言葉で、事情を知らない騎士団はコーデリアの様子が少しおかしい事を気にしながらも、ゾロゾロと任務に戻っていった。


「ふぅ…っし、覚悟は決まった。ジンには悪い事をした。俺は全力で息子に謝って怒られる」


「俺もだ。肉に目がくらんだ自分が情けない。罰として聖誕祭終わるまで肉は食わねぇ…」


 ロンとオプトの覚悟をよそに、コーデリアは両膝を突き、両手で顔を覆っている。


「わ、私は何てことを…ごめんなさいジン。私は貴方の母親を名乗る資格はありませんでした…うううっ!」


 そんなコーデリアを見て、ジェシカはそっと肩に手を当てる。


「大丈夫ですよコーデリア。何が起ころうと貴方もジンの母親です。そんなに泣いていてはジンが逆に困ってしまいますよ。先程は際どい戦闘で興奮していましたが、そろそろエドガーさんが教えたかった事にも気付いているはずです。きっと頭を冷やして戻ってきます。それに私も貴方と同じです。一緒にジンに謝りましょう」


「それに、アリアも見ていますよ」


「っ! ジェシカ…ありがとうございます。私が泣いたところであの子が困るだけ…その通りですね」


「貴方はりんとしていないとねっ!」


「はいっ」


 ジェシカはコーデリアを元気づけるようにガッツポーズをし、コーデリアはすっくと立ち上がり、両手でアリアの手を握った。


「アリア、母はジンを怒らせてしまいました。だからジンに謝らなければなりません。もう大丈夫ですから心配しなくていいですよ」


 アリアは泣いている母をじっと見つめ、不思議そうに二人の母親に言う。


「あ、あの、お母さま、ジェシカお母さま。先ほどジンさまは皆さまをお守りくださったのでしょう? でしたら謝るのではなく、感謝のお言葉の方がいいのではないでしょうか」


 アリアの何気ない言葉に、その場にいた大人全員が衝撃を受けた。


「っ!…アリアの言う通りですね。大切な事を教えてもらいました。ありがとうアリア」


「ああ…愛する私の。未熟な母を許して下さい。貴方が正しい」


 アリアを抱きしめるコーデリアと、横で微笑んでいるジェシカ。


「…なぁロン」

「なんだ。皆まで言うなよ。泣きたくなる」


「アリアが天使から女神になった」

「…同意だ」


 アリアはコーデリアに抱きしめられ、嬉しそうにしている。


「そういえばお母さま、ジェシカお母さま。ジンさまはどこへ行かれたのですか?」

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