21話 ジンの勝負Ⅰ

 聖誕祭が行われる五日間は大いに賑わう。


 スルト村は人口一千人程の小さな村だが、俺が生まれた頃はその五分の一程の村人しか居なかったらしい。だが、聖誕祭が行われる五日間は村の人口が十倍程になる。帝国各地から神獣様のお力にあやかりたい者や、敬虔けいけんな八神教の信者、それに観光客があふれるのだ。


 この村は十五年前、俺が生まれた年にアルバート帝国第三の聖地となった。もちろん当時の記憶は無いが、神獣ロードフェニクスが飛来した日から、雷帝と謳われるウィンザルフ帝がこの村を聖地と認定した日までが地が生した日を祝うりとして、”聖誕祭”が行われるようになったと、母上に教えてもらったことがある。


 ”神獣の足跡”と呼ばれる村の隣にある大きな窪みは、その名の通り神獣が降り立った時に出来た足跡だ。これだけ大きな足跡を残せる魔物とは一体どれほどの大きさなのかと幼い頃恐怖したが、母上曰く、神獣様はとてもお優しく偉大な方だと仰っていた。母上が仰るのなら間違いない。神獣は畏怖すべき存在ではなく、敬愛すべき存在なのであろう。


 ならば神獣様の足跡の中で出張商売している出店の方々は不敬なのでは、と母上に聞いたが、母上は神獣様は寛容なのでそんな事ではお怒りにならないと仰った。それに、遠くから遥々聖地まで来て商売すること自体に意味があり、聖地で何かを買う事に意味があるのだと、後々この村で一番古い商店を営むニットさんが教えてくれた。なるほど、神獣様は寛容なのだ。


 聖地で生まれ育った俺からしてみれば、この村の聖地としての有り難さは取り立てて感じてはいない。ただただ故郷としての誇りがあるだけだ。



◇ ◇ ◇ ◇



 血が滴り落ちないようコカトリスを強化魔法で覆い、頭上に持ち上げたままブカの森から戻った俺を見て、村人たちは大喜びする。


「おお、ジン! 初日に良い獲物とれたな! 幸先いいじゃないか!」

「今年こそは勝てよぉ!」

「コカトリスを一人で仕留める子供はお前だけだよ」


 色々皆が応援してくれる。俺だって勝ちたいですよ。


 ドスン、と村の解体作業場に獲物を置き、いつも通り代金は母上にと言いい残し、その場を後にする。俺は捉えた獲物の報酬は全て母上にお渡ししている。この村にいる限り金銭はほとんど必要ないからだ。呼吸を整え、その足で俺は決戦の場に向かう。


 ◇


「来たか、ジン」


「はい。今年もよろしくお願いしますエドガーさん」


「コカトリス狩ったんだって?」


「早耳ですね。はい、先程解体屋さんにお渡ししてきました」


「がっはっは! 当日に狩猟するなんて余裕じゃないか!」


「いいえ、たまたま相性が良い相手だったというだけです」


「相性ねぇ…まぁいい。ルールは同じ、今年は俺も本気だ! 冒険者としてのお前の力を見せてみろ! 早速始めるか!」


「よろしくお願いします!」


「頼んだぜ!ロン!」


 仕方ねぇなと返事をする父上。何を頼まれたのだ?

 負けるから後は頼んだという事か?

 

 そう言うとエドガーさんは森に消え、五秒後に俺は森に入る。


 ―――遠視魔法ディヴィジョン


 頭の中に浮かび上がるエドガーさんの位置を確認し、彼を一直線に追う。


 今年も持久力勝負になるか? いや、エドガーさんは本気を出すと言っていた。油断はならない。


 暫く追いかけ徐々に距離を詰めていくと、エドガーさんの行き先に魔獣、ローグバイソン五匹の反応がある。気付かれては面倒だなと思っていると、エドガーさんとローグバイソンの距離が縮まり続ける。あの人が魔獣に気付いていないはずがないし、仮に魔獣の魔力に紛れても、俺には意味が無い事は去年で知っているはずだ。気付かれて襲われているのか?


 あれこれ考えていると、エドガーさんと五匹の魔力反応が重なり、会敵を覚悟した瞬間、五匹の反応が同時にこちらに向かってくる。エドガーさんはそのまま五匹を通り過ぎ、結果的に魔獣とは逆方向へ移動を始めた。


「なに! 俺は気付かれる距離じゃないはず…けし掛けられた? いやそんな事出来るなんて聞いたことが無い」


「倒してる暇はない! やり過ごしてエドガーさんを追う!」


 俺は五匹を無視してエドガーさんを追う事にした。どの道ローグバイソンでは俺に追いつけない。引き連れて追いかける事にした。少しすると五匹と会敵する距離になり、相手を目視する。


 さぁついてこい!


 ――ドドドドドドド


 なんとローグバイソンは、俺を無視して通り過ぎていった。どういうことか全くわからなかったが、俺を混乱させる事には成功している。エドガーさんの仕業なら後で聞けばいいと思い、引き続き追いかけたが、ふと普段嗅ぐことが無い、甘い匂いがローグバイソンの通った跡からする。


「この匂いどこかで…アルシナ草? でもこの森には無いはず、いや…まさか!」


「あやつら幻覚で暴走しているのか!!」


 五匹のローグバイソンは、幻覚作用をもつアルシナ草を煎じた物を食べたようで、幻覚、恐慌状態に陥り暴走していたのだ。ローグバイソンは一直線にスルト村へ向かっている。エドガーさんは引き続き村とは逆の方へ進んでいる。


「くそっ、やられた! 村を人質にするとはなんと卑怯な!」


 村には聖誕祭初日という事もあって大勢の人がいる。父上も騎士団もいるから討伐は出来るだろうが、不意の魔獣に怪我人が出る事は間違いない。


 俺は迷わずローグバイソンを追った。


「村に到達する前に倒す! 覚えてて下さいよエドガーさんっ!」


 進んだ道を引き返し、全身を強化して二本の舶刀を抜く。


 最後尾にいた一匹を即座に捉え、樹上から首へ舶刀二本を深々と突き刺す。あと四匹。


 前にいた二匹に近づき全身強化を解除して、風魔法を二本の舶刀に乗せて切りつけた。


「―――風刃!」


 ズバンズバン!


 一頭は縦に真っ二つ、もう一頭は横なぎの風刃により後ろ脚を二本切り取られ、行動不能になる。あと二匹。


 もう一度全身を強化し残りの二頭を追いかける。



◇ ◇ ◇ ◇



 一方のエドガー。

 ジンがローグバイソンを追うべく引き返したのを確認すると、木の上であぐらをかいた。


「やっぱ追いかけたか。…お、もう一匹消えた。がっはっは! 流石だなジンのやつ! でも、アイツ絶対怒ってるよなぁ…」


 事が終わってからジンに怒られるのは容易く想像できる。


 ジェシカにそっくりな目で怒られるのだ。想像しただけで恐怖で身震いする。ロンよ、俺達は生涯ジェシカとジンに敵わなねぇ事になるんだろうな。


「しかしなんだなぁ…寂しくなるなぁ…」


 感傷的になるのはここまでだ。

 事が片付くまで、せめてこのまま待っててやろう。

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