23話 ジンの勝負Ⅲ

 森の中を駆けるジンは、先程の戦闘の興奮から冷め、冷静に頭を回転させていた。


 なぜエドガーさんはこんな事をしたのだろうか。確かに乱暴で粗野なところはあるが、自分の勝利欲しさに村を囮にするような人ではない。しかし、囮にしていたのは事実。では自分の勝利の為ではないという事になる。


 …そうか、だから始まる前に父上に頼んでいたのか。俺が間に合わない可能性があるから、それに、俺が五匹の暴走に気づかない可能性もあった。


 なら、村では俺が追いかけていなくても防衛線は張られていたという事だ。さっきは俺が夢中になり過ぎて村の様子を観察出来ていなかっただけで、人が集まっていたのかもしれない。焦りと怒りで我を忘れ、周りが見えていなかったということか。


「情けなし…」


 だがこの予想が的外れで、俺が対処できず、村に怪我人が出ていたら俺は悔やんでも悔やみきれない。勝負など二の次でいい。


『たとえ自分を犠牲にしてでも、大切な人を守れるような人になりなさい』


 母上が俺が小さい頃にお教え下さった言葉だ。今はそうありたいという、俺の意思でもある。


 つまりエドガーさんは、村の守りを万全にした上で、俺一人でも対処可能な魔物に村を襲わせ、自分と村のどちらを取るのかを確認したかった可能性が高い。


 ここで問題なのは、エドガーさんは俺が村を取る事は分かっているという点だ。ならば、答えは一つ。村を守った上で己の勝利を掴めという事。


 冒険者なら大事な物を両方掴むつもりでいろ。どちらかを諦めなければならないなら自分を諦めろ。最初に言っていた『冒険者としての力を見せてみろ』とはこういう意味だったのだ。


「さすがエドガーさん! 俺の性格を知り尽くして、心得と実力が見合っているかの試練だったんですね!」


 ここまでしてもらって、負けるわけにはいかない。

 待っていて下さい! エドガーさん!


 ◇


 その後、ボーッとしていたエドガーを発見したジンは、『隙ありっ!』の一声と共に樹霊の縛ドリアドバインドでエドガーを捕らえ、勝負はジンの完勝となった。


 激怒されることを覚悟していたエドガーはションボリしていたが、ジンに深々と頭を下げながら礼を言われ、混乱しているところに―――


「両方掴んで見せましたよ! エドガーさん!」


 と笑顔で言われ、さらに混乱。


「や、やるじゃねぇか。がっはっは!…は?」


 ジンの一周回った解釈に助けられたエドガーは、二人で森を出るまでの間に、ローグバイソン五匹を全て倒したこと、我を忘れ周りを見ていなかった事等の、ジンの言葉の端々からヒントを得て、なぜジンが第一声で怒らず、感謝を伝えて来たのかを理解した。


(さっきの木属性魔法と言い、ロンの頭の速さも実力も目じゃねぇなこれは…)


「ジン、お前はすげぇよ。さすがロンとジェシカの息子だ。おまけにコーデリアもな」


「エドガーさんとオプトさんもですよ? 今更何を仰るのです」


「ぐおっ!…て、てめぇ…泣かすんじゃねぇ!」


「男が泣く事を許されるのは、大切な人との別れの時だけだとコーデリアさんは仰っていました」


「ああもう、うるせーよ!」



◇ ◇ ◇ ◇



 森から出て来たジンとエドガーを見て皆固唾かたずをのむ。

 事の成り行きを知らない村人たちは、エドガーが負かされて泣いていると思い大喜び。『ジン今年こそ勝ち抜けよ!』などと次々に声を上げ、ジンを祝福した。


 一方のロンとオプトは泣いているエドガーを見てたじろぐ。


(な、泣くほど怒られたのかっ!)


「も、もしかして…絶縁!? た、助けてくれジェシカ!」

「あああーっ、すまねぇジン! 馬鹿なおっさんを許してくれぇ!」


 すがるロンと地に伏すオプトに、笑顔を向けるジェシカ。

 正反対の凍り付いた目で二人を見るコーデリア。


「馬鹿な事仰ってないで、二人共、ジン達を迎えに行きますよ」

「私も人のことは言えませんが…さすがに情けないですよ。二人とも」


 ジンはジェシカとコーデリア、アリアに迎えられ、エドガーはロンとオプトにそーっと迎えられた。


「母上、コーデリアさん。何とか二つを掴むことが出来ました。エドガーさんから伺いました。村をお守り下さっていたのですね。私の為にありがとうございました」


 憑き物が取れたような、爽快感をにじませるジンの様子に、二人の母はこみ上げる物を必死に抑えていた。思った通り、ジンは微塵も怒っていないし、エドガーの考えも見事にんでいた。一周しての事だが。


「いいえ…村を守ってくれてありがとうジン。それに貴方を試すような事をしてしまいました。ごめんなさい。こんな母を許して下さい」


「最後の一撃、見事でした。皆の為にありがとう。私もジェシカと同じです。許して頂けますか…?」


 頭を下げる二人の母を見てジンは困惑したが、『お、お顔を上げて下さい』と、ジェシカとコーデリアの手を握り、


「皆さん私の為にして下さったことでしょう? 何を責められましょうか。許すも何も、母上達を憎む事などありえません」


 と二人の母の目を見て、力強く宣言する。


「ふふっ…あなたって子は…本当に…」

「ま、また泣いてしまい、ますから…あまり強く握らないでください」


 『エドガーさんが泣いていたのはこういう事だったんですね』と、ジェシカとコーデリアは顔を見合わせ、お互い目に涙を浮かべて笑った。


 ◇


「ジンさま、ジンさま! お帰りなさい!」


 二人の母の陰に隠れていたアリアが、元気よく俺を呼んだ。


「お怪我はありませんか?」


 と、まるで怪我をしていて欲しそうに見上げてくる。しゃがんで『大丈夫だよ』と言いかけたが、右わき腹の服が破れている事に気が付き、そこに左手をやると指先に血がついていた。


「ただいまアリア。どうもお腹を怪我していたみたいなんだ。治してもらえるかな」


「それはいけません! すぐに私が治しますっ!」


 そういって俺が見せるまでもなく、アリアは服をたくし上げて傷口を見る。


 すると、ふるふると震え出した。


 どうやらこれ程の傷を見るのは初めてのようだな。実際は気付かない程度の浅い傷なのだが、普段アリアが治しているのは、村人の小さなり傷や切り傷。怖がるのも無理はないかもしれない。


「あー…ちょっとアリアには早かったかもしれないね。大丈夫だよ。痛くないし、傷薬でも塗っておけば、そのうち治るからさ」


 と言ってアリアの頭を撫でつつ、実際はジェシカに治してもらうつもりだった。立ち上がり服を戻そうとしたが、服が固く握られ戻せない。


「アリア? 大丈夫かい?」


「だ、大丈夫ではないのはジンさまです! 申し訳ありません、少し驚いただけです! 私にお任せください!」


 そう宣言して口をつぐみ、治癒魔法ヒールをかけてくれた。

 暖かい感触と共に傷口がどんどん塞がっていき、すぐに完治する。


「すごいじゃないかアリア! ありがとう! もう立派な治癒術師ヒーラーだ!」


 そう言うも、アリアは顔を伏せてスカートの裾をギュッと握っている。


「ありがとうございます。ですが、私はみじゅくものです。傷を見て驚いてしまうなんて…ジェシカお母さまには遠くおよびません」


 目の前の天才を、凡人オレがどうなぐさめればいいのか分からない。この九歳の子は目標が高すぎる。


 いや、もしかして…去年俺が『母上達にみたいに――』とか言ったせいで…

 俺が何と言葉をかけてよいかオロオロしていると、


「その通りですアリア。傷を見て驚くなど、治癒術師ヒーラーとしてあるまじき行為です。もっと深い傷でここが戦場の前線だったなら、アリアが躊躇ためらっている間に、ジンは死んでいたかもしれません」


「っ! コーデリアさん! さすがにそれは言い過ぎ――」


 そう言ってアリアを見ると、落ち込むどころか強い意志を湛えた目で、コーデリアさんの方を見上げていた。


「もうしわけありません! お母さま、ジェシカお母さま! 次はぜったいににこのような事にはなりません!」


「ふふっ。早く強くなって、ジンに追いつきましょうね」

「そうです。同じ失敗をしなければ良いのです。それでこそ私の娘です」


 母上の言葉に少し引っかかったが、アリアはもう俺が思っている以上に強くなっている様だった。俺が九歳の頃はどうだったのかと少し思い出そうとしたが、遥かに及ばなかったら落ち込む事になるので、考えるのを止めた。



◇ ◇ ◇ ◇



「傷は治ったか?」


「はい、アリアに治してもらいました。それに休息も取れましたので、オプトさんとの勝負に参ります」


「そうか。だがその前に…」


―――すまなかった! ジンっ!


 父上とオプトさんが、ものすごい速度で頭を下げた。

 俺はため息混じりに続ける。


「もうそのお話は良いではありませんか。それに私は父上とオプトさんにも感謝しておるのです。私の方こそ周りが見えておらず未熟を晒しました。申し訳ありませんでした」


「お前ってやつはぁぁ~」


 くしゃくしゃになった顔でオプトさんが抱き着いてきた。さすがにご勘弁頂きたい。


 抱き着いてきたオプトさんを引きはがして笑顔を向ける。すると、オプトさんは一歩引き『す、すまん。嬉しくてつい』といって、すぐに離れる。相変わらず俺に弱い、というより母上に似た俺の笑顔に弱い。


「そ、そうか。そういってもらえるとこっちも助かる」


「ではオプトさん。勝負です! よろしくお願いします!」


「あー、その事なんだが。オプトとはもういいぞ。お前の勝ちだ」


「…え?」


 父上によると、オプトさんはもう俺には教える事は無いし、勝てる見込みも無いとの事で、不戦勝でいいとの事だった。少し楽しみにしていた部分はあったが、別に戦狂いくさぐるいではないので、有難く勝ちを頂く事にする。


「お認め頂き、ありがとうございます。オプトさん」


「くっ…嫌味にしか聞こえねぇよ! お前さんはもう村一番の射手いてだ!」


「ふふっ、嫌味だなんてそんな。思ってませんよ」


「私ももう良いですよ。ジン」


 ねるオプトさんと笑いながら話していると、後ろからコーデリアさんも勝ちを譲ると言ってきた。


「な、なぜですか? まだコーデリアさんにはまだまだ及んでいないのですが」


 何をお企みなんだろうか。少し怖い。


「それはどうでしょうね。もちろんやってみないと分かりませんが、私は戦闘狂ではありません。ジンが相応の実力だと分かれば、それでよいのです。先程の戦いも不利な状況にもかかわらず、予想を超えて見事に成し遂げました。既に旅の道中、貴方に危害を加えられる者もいないと思います」


 コーデリアさんはうつむき、目を閉じながら理由を話し、『ですが』と続けた。


「ジン。貴方と離れるのは心身を引き裂かれる思いです。私の気が変わらないうちに、貴方の父に勝つ事をお勧めしますよ」


「コーデリアさん…はい! ありがとうございます!」


 そういって深々と頭を下げた。


「それじゃあ、最後は俺だ」


 そう言って父上が俺の前に立つ。

 その目は先程の、愛する息子を見るような目ではない。


「四年待ったぞ。俺はコーデリアのように優しくはせん。お前が行くと母さんが悲しむからな。殺す気で行く。殺す気でかかって来い」


 父上はこれまでに見たことの無い、敵を見るかのような目で俺を見る。

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