19話 父の条件Ⅲ

 三年目の勝負、つまり去年の勝負だ。

 結論から言うと、俺はエドガーさんとオプトさんに勝った。


 エドガーさんの作戦はとにかく発見されないよう、身を潜めるという事だったらしい。発見され持久力勝負に持ち込まれたら、もう逃げ切る体力が無いとの判断だった。


 だが俺はこの一年でまた成長していた。俺の探知魔法サーチはおぼろげながら魔力の形が見えるようになっており、魔物の魔力か人の魔力かぐらいは判別できるようになっていた。


 後から知った事だが、これは探知魔法サーチの上位魔法、遠視魔法ディヴィジョンと言うらしい。この遠視魔法ディヴィジョンで、魔物の魔力に紛れる事を選択したエドガーさんをすぐに発見。持久戦に突入することが確定すると、エドガーさんはすぐに両手を上げ、俺の勝ちとなった。


「まさか、俺が未だに出来ねぇ遠視魔法ディヴィジョンをもう習得してるとはなぁ。ジン坊の成長っぷりを侮った俺の負けだ。よくやったな


 エドガーさんがそういって褒めてくれた。


 次の勝負はオプトさん。一年目の勝負以来だ。当時は明らかに俺の力不足だった事は、今となってははっきりと分かる。二年前、先に打たれた矢をすべて撃ち落とす、という離れ業をやってのけたようにオプトさんだったが、ただ単に俺の矢速が遅かっただけ。トドメの腹の一撃も、弓を少し強化しただけの速射だった。矢自体は強化されておらず、威力も最小限だったらしい。


 俺はオプトさんに持久力戦、つまり小細工無しの打ち合いに持ち込んだ。矢の威力は必要ない。目と弓を強化し、オプトさんの矢を避け、こちらは速射を放ち続ける。オプトさんも『付き合ってやるよ!』と言って、真っ向勝負を買ってくれた。結果は先ほど言ったように俺の勝ち。オプトさんは三〇分ほどで弓を引く力が入らなくなり、わざと円の外に出て両手を上げた。


「体力勝負に持ち込んだ俺が馬鹿だった…。もう腕が上がらねぇ。弓の基本はいう事無しだぜ、ジン」


 オプトさんがそう言って認めてくれた。

 

 三年目にして初めての二人抜き。俺は高揚感を抱きながらも、三人目の相手を気にせざるを得なかった。三人目は俺の剣の師匠三人の内の一人、そしてもう一人の母といっても差し支えのない人。


 コーデリア・レイムヘイト・ティズウェル


 九年前まで女性で初、しかも最年少二十一歳でマイルズ騎士団番隊長に任命され、以降四年間一番隊長を務めていたらしいが、隊長時代から暇を見つけてはこの村に出入りし、俺を可愛がってくれた。俺がある程度大きくなってからは、剣と礼節を叩きこんでくれた、強く、美しい人だ。


 俺はこの、もう一人の母以上に強い女性を知らない。


「やはりコーデリアさんですか」


「私では不満ですか?」


「いいえ。お義母上ははうえに認めて頂かなければ、私は旅に出る事はできません」


「ああ、私の愛しいジン…私の元を離れるなんて、ジェシカが認めても私が認めません」


 昔からそうだ。時折、愛が重い。


「ふふっ、コーデリアはいつまでたってもジンが大好きですね」


「有り難いやら、怖いやら…」


「いや、あれもう狂気の沙汰―――」


「何か言いましたか? ロンさん、エドガーさん」


 ジェシカの微笑みをよそに、冷たい視線と細剣レイピアの切先が二人に向けられる。


 即座に『なんでもありません!』と二人は背筋を伸ばした。

 

 コーデリアさんには八歳になる娘のアリアがいる。最近は母に似て、とても美しく育っているようだ。コーデリアさんは昔、スルト村を任務で訪れた際に村を気に入り、子育てをスルト村ですると決めていたようだ。夫のハッシュ・ティズウェル男爵様の許可を得て、今は娘のアリアと共に一年の半分はこの村で過ごしている。貴族然とした立ち居振る舞いだが、やっている事はおおよそ貴族らしくない。


 俺はそんなコーデリアさんが大好きだった。


「さぁジン。勝負は一回、どちらかが先に決定打を打ち込めば勝ちです。今年も諦めて頂きますよ!」


 コーデリアさんが細剣レイピアを構え、切先を天に向ける。騎士の決闘時の構えだ。対する俺は舶刀はくとうを右手に持ち、正面に構える。この時既に二人は全身強化を終えていて、切先と刃はあらかじめ潰してある。


「参ります!」


 ズバン、とコーデリアさんが踏み込み、鋭い突きが俺の胸を目掛けて飛んでくる。体を捻りこれを躱すが、コーデリアさんには細剣レイピア特有の動作が全くない。


 正確には無いのではなく、巧みな足捌きと上半身の動きで、細剣レイピアに有利な間合いを維持し続けているのだ。


 俺は回避と受け流しに専念するが、徐々に腕や肩にかすり出す。


「どうしました。避けているだけでは私には勝てませんよ」


 話しながらも、怒涛の攻撃はやまない。


 コーデリアさんとの一対一の相手は、ひたすら猛攻撃にさらされる。返す暇がないのだ。強引に武器を振りかぶると、胸を打たれるか、振り上げた腕を打たれる。隙が無い。いったん距離を取るため、大きく後ろに飛ぶが、それとほぼ同時に追撃してくる。


 だが、俺の狙いはそこにあった。追撃後の初撃は大振りになるもの。それを見逃さず俺は自ら踏み込み、初撃を舶刀の腹で受け止める。舶刀は突きの衝撃に耐えきれず割れしまったが、それを無視して腕が伸び切ったコーデリアさんの懐に入り、強化した左手で突きを繰り出した。


「はっ!」


 ドンッ!


 コーデリアさんは宙に浮き、俺を飛び越えてスッと後ろに立つ。

 そして細剣レイピアを俺の首筋に当てた。


「見事なカウンターでした。本当に危なかったです。ですが、私の反射が勝りましたね」


 さっきの音は俺の突きが当たった音ではなく、コーデリアさんの踏み込んだ音。ほとんどノーモーションで宙に浮くほどの強化を脚にほどこしていたという事だ。


 しかし彼女はと言った。という事は、俺のカウンターを確認してから強化したのだ。


 これには敵わない。背中越しに両手を上げ、


「はぁ…参りました。私の負けです」


 と膝を突いて降参した。剣を折られ、会心のカウンターをかわされ、背中を取られるなんて、負け以外の何物でもない。俺の負け宣言で観戦者が歓声を上げた。


「すげー戦いだったぞ! 坊主!」

「お前さん本当に14歳かよ!?」

「レイムヘイト隊長全然衰えてねぇな!」


 コーデリアの強さは常駐する帝都アルバニアのスルト駐屯隊にも広まっていて、中には現役時のコーデリアの強さを知っている者もいる。そのコーデリアの戦いを一目見ようと皆警備もそこそこに集まっていた。


「警備隊の皆さん。聖誕祭の初日です。あまりサボらない様にお願いします」


 凛と立ち尽くすコーデリアの一言で、『はいぃぃ!』と警備隊は散っていく。それを見た村人や巡礼者は皆一様に笑い、毎年恒例となった三回目『ジンの勝負』は幕を閉じた。


 散っていった警備隊を確認し、コーデリアはしゃがんで背中越しに俺を抱きしめる。


「まだまだ子供だと思っていた私を許して下さい。強くなりましたね」


「はは…お止め下さい。そのような事を言われると悔しさも散ってしまします」


「狙い通りですよ」


 彼女は意地悪くそう言った。

 父上と母上、エドガーさん、オプトさんが寄ってきて皆俺をねぎらってくれた。すると母上に付き添われていたアリアが、


「ジンさまっ!」


 ぼふっ、と俺に抱き着いてくる。小さいころからアリアの面倒を見ていたから、それなりに懐いてくれている。俺は『そんなにくっ付いたら汚れるよ』と両手を上げたままにしていると…


「はやくお母さまにかって、わたくしをおよめさまにしてくださいませ」


 とんでもない事を言い出した。


「え、えっとアリア。それは何のことかな?」


「はい。お母さまはつよくてやさしい方をだんなさまにしなさいと、いつもおっしゃっています。だからジンさまがかてばつよいということでしょう? つよくておやさしいジンさまなら、お母さまはよいとおっしゃいました」


 ブンと俺の首は回り、コーデリアさん達を見上げる。母上は笑顔、コーデリアさんは真顔、男性陣はそっぽを向いていた。


「コーデリアさん。どういうことですか。何を吹き込まれたらこうなるのですか」


「はい? どうもこうもありませんよ。アリアに相応しい男性は貴方以外にいるはずがないでしょう」


 無表情で何を言うのだこの人は。


「いやいや、アリアはまだ幼子おさなごではありませんか。それにれっきとした貴族ですよ? 母上も何か仰って下さい」


「もうお嫁さんを見つけたのね。母として嬉しいですよ」


 何かを仰った。


「ジン。貴方は私のアリアをどこの馬の骨とも知らない男に嫁にやれというのですか。それに身分など下らない。私達には存在しません」


 いや、存在しますよ。帝国貴族と辺境の村人ですよ。

 この方々はおかしいのではないのだろうか。


「父上! エドガーさん! オプトさん! 御助力を!」


「お前は俺達に死ねというのか?」

「い、いやーめでたいな! がっはっは!」

「そ、そうだジン、酒付き合ってやるよ!」


 情けなし。


 そんなやり取りをしていると、しがみ付いているアリアがこちらを見上げ、目に涙を溜めている。


「ジンさま。わたくしのことはおきらいですか?」


「ち、違う! 違うんだアリア! 嫌いなわけがないじゃないか! でもね、えっと…ほら、アリアはまだ小さいだろう? だからまだお嫁さんは早いと思うんだ」


「では大きくなったらおよめさまにしていただけますか?」


「そ、そうだね…あの…ああ! アリアが母上とアリアのお母様と同じくらい強くなったらね!」


「ほんとうですか? わかりましたっ! わたくしお母さまやジェシカお母さまのようにつよくなります!」


 さすがにこの条件なら容易くはないだろう。

 俺は冒険者になるんだ。そんな根無し草に、貴族であるアリアには相応しくない。それにアリアには、既に方々から婚約の話が来ているというではないか。前にコーデリアさんと母上が話しているのを聞いた。


 コーデリアさんは片っ端から断っているらしいが…


「アリア。ジンにあれをやってあげてみて。できますか?」


 母上がアリアに何かを言うと、アリアは『はい!』と元気に返事をし、両手で俺の手を握り集中しだした。すると、


「なっ、これは治癒魔法ヒール!?」


 効果はまだまだ弱いが、いつの日か母上が俺にしてくれたのと同じ、やさしい魔力の暖かみを感じる。


 母上がお教えしたのは間違いない。当時八歳の俺に教えてくれなかったのに、同じ八歳のアリアに教えているのはどういう事なんだ。


 だが、今はそんなことどうでもいい。俺と同じように、父上以下三名が口を開けたまま閉じることが出来ないでいた。


「アリア、本当にすごいわ。将来が楽しみですね」


 そう母上に言われにっこり笑うアリアに、得意げな顔をしているコーデリアさん。『フフン』と声が聞こえてくるようだ。


 これが天才というものなのだろう。


 外堀が埋められていく様に、俺はもう苦笑いするしかなった。

 

 戦いの後の心地よい風が頬を撫でている。

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