18話 父の条件Ⅱ

 二年目の勝負。


 この年から『ジンの勝負』は聖誕祭の初日に行われるようになった。何故かはわからないが、村長様がそうしろと言ったらしい。まぁ、俺にはそんな事はどうでもよかった。エドガーさんを捕まえる事以外に頭にはない。


「では、ジンは五秒後だ!」


「ジン坊、去年よりかは楽しませてくれよ?」


 そういってエドガーさんは影のように森に消える。


「三、二、一 …始めっ!」


 俺は脚に強化魔法をかけて飛び上がり、木に着地。即座に強化魔法と探知魔法サーチを切り替えエドガーさんの魔力を探る。しかし動いている魔力反応が無い。どうやらこちらの動きを伺っているようだ。一つの魔力反応に適当に突っ込むと、遠くにあった魔力反応が、突っ込む先に回り込もうとしているのが分かった。


「そこですね! エドガーさん!」


 即座に強化魔法を解除し、この一年の魔法修行の成果である風属性魔法『風刃ウィンドエッジ』を発動する。今日この日まで誰にも教えていない魔法。発射と同時に再度探知魔法サーチを使いながら風刃を発射した方向へ突進すると、前方でエドガーさんの声がする。


「うおっ、あぶねぇ! なんじゃこりゃ!」


 即座に探知魔法サーチを解除、身体強化魔法に切り替え、声の方に向かって猛スピードで木々を渡る。一泡吹かせてやった嬉しさは声には出さない。


「ジン坊の仕業か! やっべぇ!」


 エドガーさんがこれまでに無い全力で逃げの体勢に入った。どうやら今までは手を抜いていた、と言うより様子を見ていたようで、逃げに徹する彼との差はなかなか縮まらない。


(くそっ、ここで身体強化の差が大きいか!)


 結局時間終了までエドガーさんに逃げ切られ、去年に続き二連敗。勝負はここで終了となった。森から二人揃って出てくるのを村人が見つけ結果を聞こうとしたが、俺の様子で大体わかったようだ。


 エドガーさんが肩で息をしているのを見て、案外いい勝負だったことが、慰め程度に広まった。


 ちっとも嬉しくない。


「頑張ったなジン!」

「気を落とすなよ! 来年とっ捕まえりゃいい!」


 そんな慰めは俺に届くはずもなく…


(くっ、悔しい! しかしここで泣いてはあの人に叱られるっ!)


「―――ジン」


 母上が目の前まで来て、しゃがんで俺を抱きしめた。


「ジン。あの人を見て」


 涙ぐむ目をガシガシと袖でこすり、母上に言われた通りエドガーさんの方を見る。

 エドガーさんは仰向けに大の字になってゼーハー言っていた。


「エドガーさん倒せたね。すごいわ」


 母上が褒めてくれている。


「ありがとうございます、母上! エドガーさんにお礼を言ってきます!」


 嬉しくなって、敗戦を早々に払しょくした。


「えらいわ。いってらっしゃい」


 エドガーさんは二〇分間の全力鬼ごっこで体力を使い果たし、強化魔法によって魔力も大量に消費していた。さすがの彼も普段の魔物との戦闘時より遥かに疲れている様子だ。


「あ、ありえねぇ…はぁっ、はぁっ…ジン坊のヤツ、見た事ねぇ魔法使ってきやがった…はぁはぁ…全っ然、引き離せねぇし…」


「おいおい、そのザマじゃどっちが勝ったかわかんねぇな」


 その様子を見てオプトや見物人はエドガーを笑っていたが、ロンだけはエドガーの言ったに興味が行っていた。


「エドガーさん! ありがとうございました! 来年はもっと強くなってみせます!」


 駆け寄ってきたジンが深々と頭を下げ、去っていく。

 なにげに途中で村人から飲み物をもらい、笑いながら敗戦を口にしていた。


「なんでジンはあんなに元気なんだ?」


 村人は呆気にとられながらも、ジンの様子を見て口々に『来年はジンの勝ちだな』という予想が大半となった。


 その様子を見ていたオプトは、徐々に顔が引きつっていた。


(さっきジンのヤツ”強くなる”とか言ってたよな…エドガーには触れればいいっていうルールじゃなかったっけか? 来年は本気でやらねぇとエドガーの二の舞になるぞこれは。)


「今年俺当たらなくてよかったぁ…」


 天を仰ぎながら、手に持った杯をグィと飲み干した。


 ◇


「ジン!」


「父上! すみません、負けてしまいました」


「いいや、良くやった。エドガーはボロボロだ。来年こそ勝てるぞ!」


 自分が息子に課した試練なのにも関わらず、ロンは応援する側に回っている。


「精進します!」


「いい子だ! 頑張れよ! そういえばジン」


「はい?」


「エドガーが言ってたんだが、何か新しい魔法を覚えたのか?」


露見ばれてしまいましたか。これです」


 ジンは右手に風を生み出し、前に誰もいない事を確認して右手を前に突き出した。すると、シュッっと音がしたが、祭りの騒音に掻き消える。


「目には見えませんが、風刃と名付けました! 木の枝くらいなら簡単に切れますよ!」


 ロンは目を見開いて言葉を失う。同時にジェシカの方を見るが、ジェシカも眉尻をさげて首を振る。


「いつの間に風魔法を覚えたんだ? 騎士団の誰かに教わったのか?」


「いいえ、父上。森に教わりました」


「も、森に?」


「はい。森で狩猟をしていた時に、木の上で休んでいたら強い風が吹いたのです。その時、脚が切れて割れていました。痛みは無いし血も出なかったんですが、周りに魔物はいなかったし、木の枝で切った覚えも無かったので、と思ったのです。それをイメージして魔法にしてみました!」


「な、なるほど…鎌鼬かまいたちというやつか。話には聞くが、食らった事がある奴なんて初めてだ」


「あの時、脚を怪我していたのはそういう事だったのね」


「不思議ですね! 攻撃されたのに痛くないって!」


無邪気に笑うジンだったが、ロンはもちろん、ジェシカも持っていない風属性を持っているかもしれない。


 父は息子の頭をガシガシ撫でるのであった。



◇ ◇ ◇ ◇



 イメージを強く持つ事は、属性魔法を使うに際して最初の一歩となる。それにはその現象を見たり体験したりすることが一番早い。魔力を自然現象に変換し、最初の一歩を越えて効果的に運用できるようになるには、強いイメージ力が必要になる。


 あたかも、で生まれるかのようにだ。


 それが魔法師と呼べる最低限度必要な能力であり、そこに最大魔力量、魔力出力量、魔力操作力の三大資質が、魔法師としての優劣に繋がる。この三つの資質は先天的な部分が大きいが、後天的にも伸ばすことが出来るので、鍛錬も非常に重要な要素となる。


 この世界には基本属性として『地・木・風・水・氷・火・雷』の七大基本属性があり、また、魔力を基本属性に変換せず、そのまま事象に干渉することを無属性魔法と言う。身体強化や探知魔法サーチがこれに該当し、さらに、複合属性と呼ばれる属性も存在する。


 その代表的なものが、聖属性である。地属性と木属性を扱える者は、五割の確率で聖属性などに適正を示す場合がある。


 勘違いしやすいのが、七大基本属性魔法は、イメージさえ出来れば誰にでも発動させることが出来るという点。その効果の強弱がイメージ力、資質、鍛錬に左右されるだけであり、例えば戦士ウォーリアであるロンにも火種程度の火属性魔法は扱える。


 だが、ロンには七大基本属性全てに『相性』がなく、基本属性魔法は成長性がない。全てに相性が無いのは珍しい事ではあったが、ロンにとっては相性が必要のない無属性魔法を育てた方が、遥かに有意義なのである。


 別の角度からもう一つ例を挙げよう。


 例えば火属性の相性はあるが、魔力量が少なければすぐにガス欠になるし、魔力出力が低ければ威力のある魔法は撃てない。魔力操作を苦手としていたら、狙ったところに撃てない、発動に時間がかかり過ぎる、といった弊害が出てくる。


 つまり、三大資質のいずれかが欠けている状態で火属性を育てるのと、無属性を育てるのでは、後者の方が戦力となりやすいのだ。


 近接職を選んでいる者達の多くは、七大基本属性のいずれかの相性は持っているが、この三大資質のいずれかが欠けている場合が多いのである。欠けている資質を伸ばしてから属性魔法を育てるより、無属性魔法を育てた方が遥かに早い段階で戦力として通用する。


 魔法師と呼ばれる者は、この三大資質、すなわち最大魔力量、魔力出力量、魔力操作力の全てが実戦に足るレベルにあるという事だ。


 ジェシカを例に挙げると、彼女はイメージ力も申し分は無く、地属性と木属性の相性を持っていた。しかも、その複合属性である聖属性の適性も持っていたため、彼女は魔法師の一角である治癒術師ヒーラーとして、その実力を伸ばすことが出来ている。


 ちなみに、ジェシカは聖属性に特化して訓練していたため、相性があったとしても地属性と木属性の魔法は苦手なのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る