20話 前世の記憶

 俺は村から少し離れ、西の森までやって来ていた。通称ブカの森。


 ここまで来ると、魔素が濃くなり村周辺より強い魔物が出没する。去年の聖誕祭まで村周辺の森以外は一人で行ってはならない、と父上に固く禁じられていたが、聖誕祭が終わった翌日に解禁して頂いた。エドガーさん、オプトさん、コーデリアさんが許可を出してくれたそうで、父上も三人が言うならと渋々了承してくれた。


 初めてこのブカの森まで来たときは、森の空気の重さに冷や汗をかいたが、今はもう気にはならなくなっている。解禁からほぼ毎日この森まで足を運んでいたので、その植生や生息している魔物は把握している。近寄ってはまずい魔物が三匹分かっているが、遠視魔法ディヴィジョンを使える俺に不意の遭遇はあり得ない。


 半年前、森の中で苔むした岩場をなぞる、小さな滝のある小川を見つけた。その小川の中央にある石の上で、母上から言いつけられている”暖かさを思い出す作業”を行ったところ、俺は幼い頃から何度も抱いてきた既視感の正体を知る事になる。


 初めて自分の名を認識し、

 母上に”ジン”の名の由来を聞いた時何故か泣いた。

 初めて森に入った時に何故か懐かしい感じがした。

 初めて剣を握った時に妙な違和感を感じた。

 初めて魔物と遭遇して戦った時、不思議と恐怖は無かった。


 つまり、俺はこれらを経験したことがあるのではないか、と考えた。


 十五の歳を迎えた俺が、小さな滝と小川を見つけ、”暖かさを思い出す作業”をしたことで、前世の記憶の扉が開いた。


 ”暖かさを思い出す作業”、前世で言うところの”瞑想”を、前世の俺は十五の歳に小さな滝のある小川で始めていた事だった。現世と前世の行動が一致した瞬間が引き金だったという事だろう。後から俺は八歳から瞑想していたのかと自分で驚いたものだ。


 俺の前世の名は甚之助。武士だ。元服を終え、初陣は馬を走らせただけだったが勝ち戦だった。物や風景、鍛錬した経験などは全て思い出せる。だが前世の俺にも父や母、それに友が居てもおかしくは無いがその記憶は全くない。


 思い出せないというより、という方が近いだろう。とは言っても前世の者などどうでも良い。今俺には大切な人が大勢いる。それで十分だ。


 前世があるという事は、前世では死んだという事だ。なぜ死んだのか覚えていないという事は、今俺が十五歳であるというのが関係しているのではないだろうか。仮に年を重ねるごとに記憶を徐々に取り戻すのであれば、それは悪くは無いと思う。そちらの方が、今を一生懸命に生きることが出来る気がするから。


 四年前、なぜ冒険者になりたいと父上と母上に言ったのか。ただ単純に両親の後を追いたいと思ったのがきっかけなのは間違いない。だが、前世も関係しているのでは無いかと今は少なからず思っている。そうでなければ、憧れだけでは説明できない、使命感のようなものが今の俺の中にはあるからだ。


 冒険者というより、世界を見て周りたい、という前世の記憶や感情がこみ上げてくる。この湧き上がってくる渇望を満たす為にも、俺は今日彼らに勝たなければならない。



◇ ◇ ◇ ◇



 「太刀が欲しい…」


 俺はそうつぶやく。前世で太刀というものを手に戦っていた。父上にお借りした直刀両刃の片手剣は斬撃には向かない。と言うものは”斬る”事も出来るが、基本的には”突き”で運用する物ではないかと今の俺は思っていた。初めて剣を握った時に感じた違和感は”太刀とは違う”からだった。


 ならばとコーデリアさんと同じ細剣レイピアを試したが、確かに剣よりは扱いやすかったものの、如何せん軽すぎる。あれは身軽な女性が速度を生かす為、加えて相手との距離を保つ為の武器だと俺は思った。両手剣という事でロングソードも試したが、長く、逆に重すぎた。父ともう一人の師匠は軽々振っていたが、あれは体格に恵まれ、腕力が必要な代物だ。俺は父の体格を受け継いでおらず、身長も特段高いわけではないし、どちらかと言えば線の細い母親の特徴が濃かった。その部分は鍛えたところで限界があるので、早々に諦めた。


 その後も長柄武器や短剣といろいろ試したが、結局船乗りたちが多く愛用するという『舶刀はくとう』という武器に落ち着いた。だがこれも刀身が湾曲してはいるが、斬撃に向いているというだけで最善ではない。少し長い短剣ダガーと言ったところか。


 そこで俺は木刀を作る事にした。エドガーさんとオプトさんに森で一番固いハビロという木を教えてもらい、何度も失敗しながらやっと完成した。重さも十分、もちろん斬る事は出来ないが、舶刀を強化しても削るのに苦労した程なので、硬さは申し分なかった。


 完成した木刀を手にした瞬間、前世の刀術の記憶が蘇り、抜刀術の基礎も思い出した。今ではその木刀を使い、舶刀で培った受け流しや体捌たいさばき、魔法を色々組み合わせ独自の戦闘術を編み出した。剣の師匠三人には少し申し訳ない気もしたが、武器の特性や相手の動きなどは体に染みついている。教わった事は決して無駄ではなかった。



 齢十五にしてやっとたどり着いた最善に近い武器。ジンの成長はここから更なる飛躍を遂げることになる。



◇ ◇ ◇ ◇



 この気配、ニワトリか。


 魔獣と言えども無為むいな殺生は避けたいが、襲ってくるなら焼いて食ってやろう。


 瞑想中のジンの後ろから、ゆっくりと近づいてくる魔力反応がある。この一年、ジンは『魔物』と『魔獣』の違いを父から聞いていた。ほとんど意識して区別されてはいないが、『魔物』とは魔素から発生する人類にとっての災害、『魔獣』とは動植物が魔素の影響で巨大化や凶暴化といった変態したものだという。


 共通する点は、人を襲う点である。

 違う点は、魔獣は初めからその土地に棲んでいた生き物であり、その土地の生態系の一部を担っている。そして魔獣は繁殖する。


 人への脅威という視点で見れば、魔物も魔獣も何ら変わりは無い。だが、魔物はただ人を襲う存在だが、魔獣は人を喰うために襲う。俺は害されない限り、一方的に魔獣を敵視しないようになっていた。魔獣には弱肉強食の世界があるのだ。


「ビョーロロロ! ビョーロロロロ!」


 ゆっくり動いていた魔力反応が、鳴き声を上げたと同時に速度を上げてこちらに向かってくる。餌と認められたようだ。木刀を置き二本の舶刀を抜いて構え、会敵ポイントに魔法を発動する準備をする。


(来い、来い…今だ!)

「―――樹霊の縛ドリアドバインド!」


 周囲の木々が幹を曲げ、枝を伸ばし、目前に迫った対象をがんじがらめに拘束する。


「ビョ!? ビョロー! ビョ、ゴモモ…」


 目の前に餌を発見したとたんに周りの木に拘束された魔獣はさぞ驚いたであろう。じたばた動いて木々がミシミシと音を立てるが、なかなか破壊できないでいる。


 木属性魔法『樹霊の縛ドリアドバインド』は対象を木々で拘束する魔法である。強力な魔法だが、周りに木が無いと使えない。


 今の俺には大地から木を生やすことは出来ないが、高位の使い手にもなると、そこが砂漠でも木を生やすことが出来るようになると言う。木属性魔法は森との相性が抜群だった。


 拘束されたのはコカトリスと呼ばれる魔獣。口から吐く毒液と蛇のような尻尾の先端から繰り出される毒針、それに加え強靭な膂力りょりょくがある。だがそれらは全てジンの魔法で封じられた。


「長くはもたない。早々に決着をつけさせてもらう!」


 ジンは二本の舶刀を持った腕を交差させ、コカトリスの喉元へ突進し両腕を解放、コカトリスの首は地面に落ち勝負は決した。


「こいつに草原で出くわしたらさぞ苦戦するのだろうな…」


 コカトリスの死体を見ながら思う。それほど木属性魔法を覚えた森での戦いは優位だった。全身強化で死骸を持ち上げ、スルト村へ帰っていく。村では四人との戦いが待っている。

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